第2話 33番のバンガロー 1/2★

 俺が仕事を辞めるきっかけになった話を聞いてほしい。


 3年前まで俺は雑誌の記者をしていた。

 当時の出版業界はまさに冬の時代で、売り上げは右肩下がりが続いてた。


 俺の担当している雑誌も例に漏れず不振が続いており、何かいいネタはないのかってせっつかれる毎日だった。


 で、ある日の企画会議で「都市伝説」の特集をすることが決まった。噂話を調べて、それが本当かどうか検証してみよう、みたいなやつだ。


 そんなんで売り上げが伸びるのかって話なんだけど、編集長もそれはわかってて、やるなら攻めた事しないとって方向で話が進んだ。


 それで決まったのが、実際に死人が出たキャンプ場の取材だった。

 小学生の姉弟きょうだいが水難事故で亡くなった場所で、幽霊の目撃情報があるらしい。


 下手をしなくても炎上しそうな企画だ。

 けど炎上でもしないと注目されないだろって感じで、誰も反対しなかった。そういう企業風土だったんだと思う。


 当時は俺もあんまり違和感を覚えずに、取材に行くことに同意した。


 結論から言えば、俺はこの取材の直後に仕事を辞めた。

 ちょっとシャレにならない目に遭ったからだ。




 

 例のキャンプ場へは俺が一人で行くことになった。特集って言っても誌面は見開き1ページだけだし、力の入れ具合はその程度のものだった。


 本当に幽霊が出るなんて編集部の誰も信じてなかったんだと思う。俺もそうだった。

 

 けど実際に取材の日が近づくと「もし本当だったら怖いな」っていうのが正直あった。


 で、友達に霊感のあるやつがいたから、そいつを連れていくことにした。実家が神社で、今は神主の見習いみたいなことをしているらしい。


 名前はひとまずKってことにしておく。


 キャンプ場に向かう車内で、Kには噂話の確認をした。

 これから行くキャンプ場には幽霊の目撃情報がある。数年前に小学生の姉弟きょうだいが川遊びの途中に溺れて亡くなり、二人の幽霊ではないかと言われている。


 目撃されているのは33番のバンガロー付近。

 亡くなる直前、二人はそこに両親と宿泊していたのだという。


 それが原因かはわからないが、33番のバンガローは現在使われていない。それどころか、周辺にある29番〜37番までのバンガローが全て予約の受付を停止していた。


 問題のバンガローがあるエリアそのものが閉鎖されている。そんなイメージだ。

 

 そんな話をKはどうでもよさそうに聞いていた。霊感のあるKにとっては、俺以上に“よく聞く噂”だったのかもしれない。


 Kはそれよりもバーベキューと酒を楽しむ話ばかりしていた。まあ俺も、実際に霊が出なくてもそれっぽい記事を捏造するだけだし、半分そのつもりでいた。


 けどキャンプ場まであとちょっとってところまでくると、Kの表情が変わった。


 そんで駐車場に着くと、Kは車を降りてすぐにキャンプ場の北側の方を見て、


「あー……これはマジかも」


 と言った。


「マジって、え? ここってやっぱり出んの」


 俺がそう聞くと「出るかどうかは知らんけど、いるね」って真顔で即答するK。


「バーベキューに釣られるんじゃなかったな」


 そう言ってKは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。何かを感じたのだろうか。

 しかし何も感じない俺はというと、逆にテンションが上がっていた。


 取材なんて成果があることの方が少ない。噂話の検証なんて、徒労に終わることがほとんどだ。

 今回も期待なんてしてなかったが、もしかしたらボーナスをゲットできるチャンスかもしれない。


 そんな俺の内心を見透かしたのか、Kは「来るまでは、どうせ噂だろとしか思ってなかったんだけどさ」と頭を掻いた。


「あんまりヘタなことしない方がいいと思うわ。ここで」

「ヘタなことってなんだよ?」


「あっち行く道にロープ貼ってあるじゃん。

 ちょうどそのロープから向こうのエリアに、何か感じがする」


 Kが指した先には道が伸びていて、両脇の木に括られたロープが道をふさぐように垂れ下がっていた。


 事前に取り寄せたパンフレットを見ると、案の定、それは現在使用されていない宿泊エリアに続く道だった。


 33番のバンガローもその先にある。


「—お前は仕事で来てるから、今すぐ帰ろうとは言えんけどさ。例のバンガローに行くのはやめとこう、っていうかやめとけ。

 かなり危険かもしれない」


 Kの話を聞きながら、俺は内心で「いや幽霊がいるっていうから来たんじゃん」って思った。これで取材をやめたらなんのために来たのかわからない。


 けど車の中で話を聞き流していた様子とはうって変わり、Kのトーンは真剣そのものだ。反論したら言い争いになる気がしたんで、ひとまず俺は話を合わせた。


 33番のバンガローに行く時は、Kにも同行してもらうつもりだったが仕方がない。


 Kが眠ったら一人で写真を撮りに行こう。腹の中でそんなことを考えながら、チェックインの手続きへと向かった。

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