第31話 勾玉の光射す先へ


 ヒラクは意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた。


「だいじょうぶか? ヒラク」


 キッドが心配そうに顔をのぞきこんでいる。

 ヒラクはまず自分の体を見て、すでに亀の姿ではないことを確かめた。

 ゆっくりと体を起こすと、自分が今いかだの上にいて、海を進んでいることがわかった。

 三つのいかだは蔓をなったロープで結び付けられ、縦に並んで固定されている。 

 ウナルベが体に結びつけたロープで先頭のいかだを引いて飛んでいる。ウナルベに誘導されながら、櫂をこぎ波に乗りいかだは進む。


「よかった、全員無事なんだね」


 ヒラクはほっとした。


「死んだように眠っていたおまえが、急にうなされだしたから、あわてて甲羅の島を離れたんだぜ」キッドが得意げに言うと、


「その前から準備してたって」と、隣ですかさずリクが言う。


「そろそろウミガメの生息海域を越えるだろうってのは予測済みでさぁ」


 ハンスもヒラクに言った。


「そっか、よかった」


「それより、なんであんなにうなされてたんだ? 意識が戻るときってそうなるのか?」キッドはヒラクに尋ねた。


「それは……」


 ヒラクの脳裏にまざまざと冷たいユピの横顔が浮かぶ。


「ねえ、みんな」


 ヒラクは同じいかだに乗るリクとハンスとキッドを見て言った。


「呪術師の島は見た?」


「たぶん、あれでさぁ」


 ハンスは後方にかすんで見える島を指さした。


「あれも噴火の影響ですかねぇ。木々がへし折れてひどい様子でさぁ」


「海の民から聞いたが、噴火の時には高波が遠くの島まで押し寄せるらしい」リクが言うと、


「それであれだけの被害が出るのか……すさまじいな」キッドはぶるっと身震いした。


「噴火のせいじゃないよ」ヒラクは表情を曇らせた。


「どういうことです?」ハンスはヒラクに聞き返した。


「おれ、見たんだ。岩の巨人が島を踏みつぶしていた。手のひらにはユピと、それからジークの姿もあった。あれは、きっと水に残った記録だ。おれはそれを読み取ったんだ」


 ヒラクは自分が見たものが幻覚などではないと確信していた。


「あれは、おれの知っているユピじゃなかった……。いや、ちがう。本当は、おれは知っていたのかもしれない」


 ヒラクはそれまで認めたくなかった思いを口にした。

 これまで目をそむけてきたことに向き合おうとするヒラクの表情から何か覚悟のようなものを読み取ったリクが、今まで黙っていたことを口にする。


「ヒラク、これは今まで言わなかったことだが……」


 リクは、呪術師の島で起きた出来事について語り始めた。

 ヒラクたちが船に戻ってきたときのことだ。

 発狂した七人が船から姿を消していた。

 何らかの呪いの力が働いたということだった。

 だがリクはそれがユピの仕業ではないかとずっと思っていた。


「あの日、いなくなった奴らのうち、四人はユピに手を出そうとした連中だ」


「手を出すって? 殴ろうとしたってこと?」


 ヒラクは驚いてリクに聞き返した。


「うん、まあ、それ以上の暴力ともいえるかな……」


 リクは言いにくそうに答える。


「とにかく、ユピを襲った連中が全員消えた。あとの三人はわからない。けれど、ユピがこれにまったく関わってないとは思えない」


「なんでそう思うんだよ」


 キッドが言うと、リクは表情を固くして、ごくりとつばを飲み込んだ。


「笑ったんだよ。発狂した連中が船から飛び出していく中、残った仲間たちも半狂乱になっていた。次は自分が殺されるんじゃないかっておびえていた。異様な光景だった。そんな中で、ユピはまるでその辺の景色でも眺めるようにおれたちを見て、そして確かに、笑ったんだ」


 その光景をヒラクは容易に想像することができた。

 似たようなことがこれまでにも何度もあった気がする。


「おれはずっと、自分に優しいユピだけを求めてきただけなのかもしれない。本当の姿なんて知ろうとしなくて、ただ、自分にとって都合のいいユピを作り上げてきたんだ。それって同じだ……」


 ヒラクは、それまで出会ってきた偽神信仰者たちのことを思い出していた。


「おれはいつから真実を知ることを怖れ、自分の目で確かめることができなくなってしまったんだろう。心地よいユピの存在に甘えて、その口から語られる言葉に真実を求めていた」


 ヒラクの中で、優しいユピの面影が消えた。

 暗闇の中でユピはヒラクに背を向けている。

 今こそ自分の手をのばし、振り向かせたユピの顔を確かめたいとヒラクは強く思った。


「おれはもう怖れない。真実から目をそむけたりしない。自分の心で感じたすべてでありのままを知る」


 その時、ヒラクの全身からまばゆい光が放たれた。

 手のひらに熱いものがよみがえる。

 そこにはまばゆい光を放つ透明な勾玉があった。

 そして光は北に向かってのびていく。


「あっちの方向にあるのは……」ハンスが光の先を目で追う。


「ノルドだ」リクが言った。


 ノルド大陸はメーザのはるか北にある小大陸だ。

 ヒラクはそのノルドの更に最北端の少数部族アノイの村で生まれた。

 中心部にはセーカ、最南端には神帝国がある。

 勾玉の光は、神帝国に向かってまっすぐ伸びている。


「鏡か、はたまた剣が呼んでいるってことですかい?」


 ハンスはヒラクに言った。


「ちがうと思う」


 ヒラクが再び勾玉を強く握りしめると光が消えた。


 その時、いかだが大きく揺れた。

 前を飛んでいたウナルベが失速して海に落ちたのだ。

 ウナルベはそのまま海に沈んでいきそうになるのを、トカゲのように体全体をうねらせてて必死に泳いだ。

 そして、ヒラクたちが乗る先頭のいかだまで泳ぎ着くと、疲れきったように体をあずけた。


「あたし、もうだめ……もう飛べない……」


 しかたなく、ヒラクたちはそれぞれのいかだを櫂で必死にこぎだした。

 けれども海のうねりに翻弄されてなかなか前に進まない。


 そのうち日も暮れかけてきた。


「考えてみたら、海賊島までまだまだ遠いし、おれたちこのまま漂流民になっちまうかもな」


 キッドが弱音を吐き始めた。


「漂流民ならまだいいけどな。このまま海の藻屑になっちまうってこともあるかもな」


 リクも疲れきった様子で言った。


「おーい、あれ、見てみろよ」


 後方のいかだからカイが叫ぶ。

 空に小さな点がいくつか見える。

 それは、くちばしまで真っ白な鳥だった。

 鳥たちはみるみる近づいてきて、リクの肩やカイの腕に止まった。


「白羽鳥だ!」


 キッドはうれしそうに叫んだ。


「きっと、アニーが俺たちを探してるんだ」


「よし、いいか、俺たちの場所をうまく知らせてくれよ」


 リクは頭に巻いている黄色い布の端を切り裂いて、白羽鳥の足に結びつけて飛び立たせた。けれども希望にわいたのも束の間、あっというまに夜が来た。


 水平線の彼方に日が沈み、辺りは暗闇に包まれていく。

 夜の闇が深まるにつれ、


「ちゃんと探しに来てくれるかなぁ」


 キッドは不安そうに言った。


「こう暗くちゃみつけられねぇだろうしなぁ」


 リクも暗い声で言う。


「おれにまかせてよ」


 ヒラクはそう言うと、祈るように手を胸の前で組み合わせた。

 手のひらに再び勾玉が現れ、明るい光を放つ。


「すげぇな、それ、自由自在かよ」


 キッドは興味津々でヒラクの手の中にある勾玉をのぞきこんだ。


「真実の神につながる者を導く光だと思ってやしたが……」 


 首をかしげるハンスにヒラクは晴れ晴れとした顔で言う。


「おれ、気づいたんだ。勾玉の光がおれを導いていたんじゃない。おれの心が向かう方へと光がのびていただけなんだ。光を放つのはおれだ。勾玉はいつもここにあったんだ」


 ヒラクは手の中の光を慈しむように勾玉をじっと見た。


「だから、おれが希望を失わない限り、きっと光は届くよ」


 ヒラクの手の中の勾玉の光は海上を明るく照らした。

 遠くに船の影が見える。

 ヒラクは船に向けて光を放った。


 船は光に近づいてくる。

 

 やがて、舳先に立って手を振るアニーの姿が見えてきた。

 それを目に捉えたカイとクウは、いかだがひっくり返るぐらいの勢いで立ち上がり、力いっぱい手を振った。

 キッドは目から大粒の涙をこぼして泣いている。

 そんなキッドをリクは抱きしめて背中を叩く。

 蛇腹屋は壊れた手風琴を鳴らしながら声を枯らして歌っている。


 全員が喜びに沸き立つ中、ヒラクはじっとノルドの方向をみつめていた。


「行くんですかい」


 ハンスがヒラクの隣で言った。


 ヒラクは黙ってうなずいた。


 勾玉の光を映すヒラクの琥珀色の瞳は曇りなく澄みきっていた。


                             《完》


                          《神帝国編へつづく》


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【登場人物】

ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。最初の勾玉主である黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指すが、赤い勾玉主である神王は剣を求めていたことを知り混乱。ユピに心を支配され、勾玉の光を失った。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ルミネスキ女王やグレイシャにも巧みに取り入り、ヒラクの心さえも支配するが、目的は不明。破壊神の剣を手に入れると自ら剣の主と名乗りジークを連れて北へと去る。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、警戒心を抱いていたはずのユピになぜか従い、ヒラクの元を離れてしまう。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。酒好きなのが玉に瑕だが、ジークと共にヒラクに付き添い、助ける。


キッド……海賊島の女統領グレイシャの一人息子。三年前呪術師の島に来た時から髪が四季のように変色し最後には抜け落ちるようになった。呪いを解く旅としてヒラクを乗せて船を出し、やがて友情を芽生えさせる。ユピを嫌っている。


ウナルベ……破壊神の島で神としてあがめられていた偽神。鳥の翼と猪の体とトカゲのしっぽを持っていた化け物。ユピに持ち去られた剣を長年守ってきた。噴火する島をヒラクとともに脱出し、ヒラクに名前を与えられ、行動を共にする。


リク……海賊島の若い海賊。三兄弟の長男。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。周りをよく見ていて、海賊島でグレイシャと共にいるユピの不審な行動にいち早く気づいていた。


カイ……リク、カイ、クウ三兄弟の次男。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。呪術師の島ではヒラクたちと行動を共にするが、己の無力さを感じ、破壊神の島ではさきがけ号に留まる。


クウ……三兄弟の三男。バンダナの色は青。クールで人のことに興味がない。戦闘になるとめんどくさがりほとんど参加してこないが、総舵手として船には欠かせない存在。


蛇腹屋……海賊島の海賊。手風琴の演奏家だが剣を持たせれば戦闘力も高い。南多島海への好奇心から若い海賊たちの冒険に同行し、数々の窮地を救う。


アニー……三兄弟の母。島の連絡手段である白羽鳥の管理者。酒飲みで昼夜問わず酔っ払っている。五人の子供の父親はそれぞれ誰かはっきりしないが子供たちに対しての愛情は深い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神ひらく物語ー南多島海編ー 銀波蒼 @ginnamisou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ