自分の仕事

 かなでさん、どうしたんだろう。モヤモヤとした気持きもちは、布団ふとんなかにまできずった。

 

 翌日よくじつ、かなでさんは銭湯せんとうにはたが、風呂ふろはいっただけで、たたみにはなかった。リンゴジュースもわずにかえっていった。


 その翌日よくじつには、ついに銭湯せんとうにもなかった。ただ自分じぶん時間じかんがずれただけかもしれないが、めずらしく彼女かのじょわなかった。


 そのつぎ銭湯せんとうくと、かなでさんではない、わかおんなまえあらわれた。

松永まつなが愉太郎ゆたろうさん?」

「そうですけど」

わたしあねがあなたをきだってってましたから」

あね?」

木村きむらかなでです。わたしいもうとののぞみといいます」

「ジブンになにか……」

あねのことをあなたにはなしたくて」

 のぞみさんのはなしによると、会社員かいしゃいんをしているかなでさんは、不器用ぶきようでミスをかえしては、上司じょうし仲間なかまおこられて毎日まいにちで、ついに精神せいしんんで寝込ねこんだという。

「おねえちゃんは、不器用ぶきようなくせに真面目まじめで、完璧主義かんぺきしゅぎで、おもめちゃう。もっと気楽きらくきればいのに。もしも完璧かんぺき全部ぜんぶこなせて、出世しゅっせして、のぼめたら、そのさきになにかすっごい幸福こうふくでもっているのかな……」

「それ、ジブンもおもうよ。もし、テレビかい牛耳ぎゅうじ大御所おおごしょ太鼓判たいこばんされて、番組ばんぐみりだこになったら、しあわせなのかなって。

 でも、それはそれで大変たいへんで、からだにもよくないだろうし。なにより、ジブンがのぞんだ生活せいかつじゃないんだ」

 学生がくせいころ自分じぶん夢見ゆめみていた日々ひびは、いま生活せいかつのような自分じぶんげいひと笑顔えがおにすること。もうゆめかなってるし、これ以上望いじょうのぞむものもない。こんな人生じんせいだっていだろう。

 そして、たったいまあらたなゆめというか、目標もくひょうができた。たいした目標もくひょうではないが、自分じぶん人生じんせいじゃ最重要さいじゅうようなものである。

 

 わらえない状況じょうきょうにいるかなでさんにわらってもらうこと。


 自分じぶんは、いつもやっているネタの試行錯誤しこうさくごをより気合きあいれておこなった。のぞみさんや銭湯せんとう日向ひなた常連じょうれんのじいちゃん、ばあちゃんの協力きょうりょくて、を病んだかなでさんにもわらってもらえる面白おもしろいネタをかんがえた。


 とある日曜日にちようび所属しょぞくする事務所じむしょ劇場げきじょうりて、そこでネタを披露ひろうする。劇場げきじょうにはかなでさんやのぞみさん、いのひとたちをまねいた。

 芸人げいにん自分じぶんだけではりないので、なか芸人仲間げいにんなかまんだ。

 いよいよ自分じぶん出番でばんがやってきた。たくさん練習れんしゅうしてきたネタをかなでさんに、おかぎさんたちにせた。

 ステージうえからたかなでさんのかおは、目元めもとらしながらもわらっていた。


 ライブがわり、劇場げきじょうからると、「松永まつながさん」とこえをかけられ、かなでさんにぎゅっときしめられた。かおがびちょびちょにれていた。

「ありがとう。わたしのために頑張がんばったんだってね」

 おそおそ自分じぶんは、彼女かのじょあたまいた。

「これがジブンの仕事しごとだから」

 

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君が笑えば 桜野 叶う @kanacarp

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