第12話 沙織5

準備に手間取った私は、気が付けば公共交通機関の最終便だった。

しかし、その分、準備は万端である。


今日の可憐ちゃんのような大人びた化粧に服装もお母さんのセクシーな服を無断で借りた。

もちろん下着は勝負下着!

前に買ったけど恥ずかしくて、タンスの奥にしまっていた紐っぽいやつ!


私は完全武装して和樹の深夜のお見舞いに挑む。

心は決まっている……告白をするつもり!


だけど……告白すると考えるだけで手が震える。

震える手足を抑えつつ病院へ到着。


しかし、問題が発生した。

入る手段を何も考えていなかった。


もうすでに面会時間は終わっている。


今までならお母さんに言えばすぐに入れてくれた。

だけど、今はお母さんを頼ることができない。


どうやって入ろうかと病院の前で狼狽える。

そんな時にナース服を着た人に話しかけられた。


「どうされましたか?……え、美香?……じゃないわね……もしかして、沙織ちゃん?」


私に話しかけてくれたのはお母さんの同僚の看護婦さん。

子供の頃からお世話になっており、相手家族と一緒に遊園地に旅行したこともある。


その看護婦さんの名前は山田花子(やまだはなこ)と言うのだけど、名前と外見が本当に一致しない人。

純日本人という名前なんだけど、イギリス人の母を持つハーフ。

ただ、花子さんは金髪に青い瞳を持っているため、ぱっと見は外国の人だと見間違えてしまう。


更に足が長くスタイル抜群で隣に立つのは恥ずかしいぐらい。

多分何も知らない人から見たら二児の母には見えないよね。


ただ、私はこのタイミングで出会ったのが花子さんで良かったと思っている。


「あの……和樹と話がしたくて」


私は愚直に用件だけを花子さんに伝える。

しばらく考えた後に花子さんは親指を立てそれを私に向ける。


「……OK、いいよ」


花子さんは何も聞くことなく病院の中に案内してくれた。

ちなみに花子さんには以前、私が和樹のことを好きだということを話をしたことがある。


「そうだ、沙織ちゃん」

「はい」


静まり返った病院の廊下に二人分の足音しか聞こえない中、花子さんに声を掛けられる。


「和樹君のことはもういいの?」

「え?」

「いや、今日、彼氏連れてきていたって聞いたから」

「あ、あれは……その、違うんです」


私は正直に話すことにした。


「ん?違うって……彼氏じゃないの?」

「えっと、本当の彼氏じゃないというか」


花子さんは歩きながら腕組み「うーん」と考える。


「もしかしてだけど……男避け?」

「はい」

「なるほどね、沙織ちゃん可愛いから!」

「そんなことはないです」


花子さんに褒められて嬉しい。

ちょっと照れてしまって会話が途切れる。


幸い、深夜の病院なのでその後はおしゃべりな花子さんも会話を控えた。


そして、和樹の病室前で花子さんと別れる。


「それじゃあ、頑張って」

「は、はい」


花子さんは笑顔で踵を返して控室へと移動する。

その後ろ姿は女性ですら見とれてしまうほどカッコイイ。


少しばかり見とれてボーっとしてしまったが、我に返り携帯の時計を見る。

もう和樹は寝ているかもしれない。起こしていいものか悩む。


そんな時に、カタカタとパソコンをタイピングする音が病室から聞こえてくる。

もしかして、まだ起きてる?

私は音を立てない様にゆっくりと病室の中へ入っていく。


真っ暗闇の中で和樹のパソコンのモニターだけが光っていた。

パソコンのモニターの光で和樹の顔が良く分かる。


とても真剣にパソコンのキーを打つ和樹の表情を見て鼓動が高鳴った。

その後、しばらく和樹に見とれてしまったが、起きているなら問題ないだろうと声を掛ける。


「か、和樹?」

「うわ!」


驚かそうとするつもりはなかったのだが、声を掛けると大きな声を出して驚く和樹。

周りの病室にも聞こえそうなほど大きな声なので和樹の口を手で塞ぐ。


「しー」

「ん?ん、んんん?(え?さ、沙織?)」


口を手で塞いでいるので声が出ない和樹。

しかし、何を言っているのかは見当がついた。


「うん、ごめんね。来ちゃった」


私は和樹に笑顔を向ける。

その後、和樹は落ち着いているのを確認すると、口をふさいでいた手をゆっくりと和樹から離していく。

少しばかりだけど、和樹のよだれが手のひらに付着していた。

今はその涎を色々な意味で我慢して握りつぶす。


「来ちゃったって、こんな時間にどうした?」


落ち着いたトーンで話しかけてくれる和樹。


「えっと、昼にも来たんだけど話がしたくて……」

「そうだったな。あっ、そういえば、お見舞いの果物、ありがとうな」


和樹は優しい笑顔でお礼を言ってくれる。

正直、ずるいと思った。

私は表情を見られない様に俯く。


「ううん、気にしないで」


素っ気ない態度に自己嫌悪。

でも、まだ顔が熱を帯びているので顔を上げられない。


「なんか、様子がおかしいが大丈夫か?まだ、体調が悪いとか」

「そ、そんなことないよ。もう大丈夫!」


私は顔だけ見られない様にそっぽ向きながらも元気だよとアピール。

そのアピール方法がおかしいのか和樹はクスッと笑う。


「なんだよ、そのポーズは」


クスクスと笑う和樹の笑顔を横目で見る。

屈託のない表情がパソコンのモニターの光で照らされていた。


和樹の笑うところなんて久しぶりに見た気がする。

私は笑われているのに嬉しかった。

和樹の笑顔が見れることがこんなにも嬉しいなんて……。


「沙織」

「ん、何?」


和樹は真剣な表情で私を見つめてくる。


「一応、忠告だ。こんな時間に男に会いに来るなんて、見舞いだとしてもよくないぞ」

「え?どういうこと?」


和樹は怒っている?ううん、なんか悲しい表情になっている。


「あのな、お前は彼氏がいるんだろ?それなのにこんな時間に……もし、俺が彼氏だったら面白くない」


心配してくれているんだ……でも、やっぱり和樹に誤解されたままなのは辛い。

だから、ここで誤解を解く必要がある。

私が本当に好きなのは……和樹なんだから!


「あのね、和樹……聞いて欲しいの」

「何をだ?俺達が幼馴染だから大丈夫なんて言うのは違うぞ」

「違う……川崎君はね……偽の恋人なの」


私の言葉に和樹の体と表情は硬直する。

時間にしたら10秒以上は無表情で微動だにしない和樹。


「……え?……は?……え?……え?…………どういうこと?」


私は慌て始める和樹に事の詳細を話す。

最初は真剣に聞いてくれていたのだが途中から溜息をつく和樹。


「はぁ、なんだよ、それ」


和樹は頭を抱える。

たぶん、幼馴染とはいえ、長い付き合いの私に嘘を付かれたのが余程ショックなのだろう。


「ごめんなさい。和樹を騙すことになって」


説明しながら和樹を騙していたことへの罪悪感が押し寄せる。

正直、和樹に怒られる覚悟はあった。

「バカヤロウ!」なんて怒鳴られたところで私は受け入れる覚悟なのに、和樹は……。


「まあ、いいよ」


何故か怒ることなく許してくれる。

これには私も焦ってしまう。

嘘を付いたのに……騙したのに……もしかして、もう嫌われた?


「怒ってない?嫌いにならない?」

「ああ、怒ってないし、嫌いになるわけないだろ」

「「…………」」


その後、二人とも会話が無くなり、深夜の病院に相応しい静寂が訪れる。


もしかして、私という幼馴染に愛想が尽きた?

幼馴染としてすら居られないの?


私は和樹が怒らないことに恐怖する。


和樹は再度、パソコンに向かい仕事を始めようとした。

だけど、それを遮り私は話を始めた。


「あ、あの……和樹」

「ん?」


パソコンに手を伸ばした和樹の手が止まる。

こちらを向く和樹と目が合う。


「えっと、その……」


勇気を出さないといけない。

そうしないとまた後悔する。


私はパソコンに伸ばす和樹の手を取り自分の方へ寄せる。


「和樹、彼女いるの?」

「いないけど」


和樹に彼女がいないことに、私は喜びを隠せず俯いてしまう。

しかし、ここで引くわけにはいかない。


和樹の手を握る自分の手が熱を帯びているのは分かっている。

それでも、今は勇気を出して……言わないと!


「あ、あの……ね。そうしたら、私と恋人にならない?」


私は和樹の目を見る。

すると、和樹も真っ直ぐに私を見てくれるので目が合っている。

でも、返事が返ってこない


覆水盆に返らず

和樹からの返事が返ってこないことに後悔した。


ああ、私は断られるんだ……それに幼馴染としての関係も今後、難しいよね。

でも、でも、でも……偽の恋人でもいいから、和樹と離れたくない!


「なあ、それって……」


和樹に断られる!

そう思って私は和樹に別の提案をする。


「えっとね、偽の恋人にね……なって欲しいなぁ……なんて」


私は必死に和樹との関係をどんなものでもいいからつなぎ留めたかった。


「あ……ああ、なんだ……そういうことか……お安い御用だ」


和樹は笑顔で答えてくれる。

私はホッと胸をなでおろした。

断られると思ったけど、これで、当面は何とか和樹の傍に居ることができる。


「でも、沙織……なんで俺が偽の恋人?その川崎って奴じゃダメなのか?」


どうしよう……何も考えていない。

本物の恋人がダメなら偽の恋人で妥協するという目論見を正直に言うわけにはいかない。


そこで私は昼の可憐ちゃんのことを思い出す。


「えっとね、可憐ちゃんのことなんだけど」

「ん?妹の可憐と偽の恋人がどう繋がるんだ?」

「うん、実はね……」


私は和樹に今日のお昼にあった出来事を詳細に話す

すると和樹は腕を組んで考え始めた。


「そうか、そんなことが……」

「うん、私もびっくりしている」

「うーん」


何やら和樹は考え込んでいる。


「その、川崎君は悪い人じゃないよ」

「いやな……引っかかるんだ」


腕を組んだまま項垂れる和樹。

何かとても気にしているというか、心配?


「何?」

「可憐ってその川崎と以前から親しかったのか?」


項垂れた首を持ち上げこちらに向いて質問してくる和樹。

目が合ったことで恥ずかしくなり俯いてしまう。


「え?どうなんだろう。聞いてみないとわからないけど」

「そうか」

「それが関係あるの?」

「いや、以前に可憐が同級生から告白されているを目撃したことがあるんだ」

「へえ、そうなんだ」


可憐ちゃんが告白……まあ、そうよね。

あんなにも可愛いしスタイル抜群で告白されない方がおかしいよ。


「あまり驚かないんだな?」

「いやだって、あれだけ可愛い子なら絶対に男子が放っておかないよ」

「まあ、そうだよな。俺も思う」

「今思うけど、和樹ってシスコンだよね」

「そんなことは……まあ、あるかもな。世界一可愛い妹だからな」


なんだろう……仮にでも私が恋人なんだから世界一可愛いのは私であって欲しいと思ってしまう。


「い、一応、和樹は私の恋人なんだから……可憐ちゃんよりも……わ、私のこと構ってよね」

「ああ、そのつもりだよ。愛してるぜ、沙織」


和樹の言葉に私は顔から火が出るのではないかと思うほど熱くなる。


「やめてよ、急に」

「おう、すまん」


顔を合わせることが出来ない。

たぶん、和樹は平気な顔をしているのだろうと思うとちょっと腹が立つ。

私だけ照れているのを想像すると怒りがこみ上げてきた。


「それよりも何が引っかかるのよ」


あまりに恥ずかしいせいで私の口調は少々乱暴なものになっている。

それでも和樹は気にせず話をしてくれた。


「いやな、そのとき好きな人がいるって話なんだ」

「それはいつの話」

「先月だったかな」

「そうなんだ……あれ?そうしたら一目惚れってことはない?」

「ああ、もし、お前らが恋人同士で妹の可憐が嫉妬すると仮定する。一目惚れという可能性を削除して、以前から知っている人物って言ったら?」


和樹の言葉を理解したとき一人の人物が浮かび上がる。


「ちょっと待って!それ……私になるじゃない」

「うーん、そうなんだよな」


和樹は腕を組んで唸る。

その後しばらく沈黙する二人。


「「……………………」」


えっと……私の好きな人は和樹……和樹の妹の可憐ちゃん、そして可憐ちゃんは同性の私が好き?

この問題をどう処理すればいいのだろう……考えがまとまるどころか、完全に思考停止する。


「おい、沙織、大丈夫か?」

「う、うん」


私が頭を抱えていると和樹が心配をしてくれる。


「大丈夫か?」

「う、うん」

「まあ、様子見だな。俺と沙織が偽の恋人であることは二人の秘密にしよう」

「そうね……私と和樹が、その……こ、恋人ってことを可憐ちゃんが知った時の反応を見てみましょう」

「ああ、喜ぶなら本命は川崎だろう、だけどそれでも態度が変わらないってなったら……」


和樹が口ごもるも続く言葉が分かっているので私はぞっとして背筋が凍る。


「……うっ……その時は私も腹を括る」

「え?受け入れるのか?」

「違う!それに私は好きな人がいるからダメなの」

「……そ、そうか」


私の好きな人が偽の恋人になったなんて言えないけど……

頭の後ろに手を回して苦笑いをする和樹。


もう、私の好きな人は和樹なの!気が付いてよ。

……鈍感!って思いながら、それを言えない私にも思うところがあり自己嫌悪に陥る。


「ちょっと、トイレ行ってくる」

「うん……あっ、何か手伝うことは?」

「大丈夫だ一人で行ける」

「……わかった」


和樹はベッドから立ち上がりゆっくりと病室を出る。


私は一人、病室へと残ることに

和樹のベッドの上に視線を向ける。


パソコンのモニターには中央にブライダルフェアと書かれたサイトが映っていた。


え?和樹……結婚するの?


……いや、彼女いないって言ってたから。

ううん、もしかしたら彼女じゃなくて婚約者だからいないって言ったの?


ふぅ……ありえないよね。


婚約者がいるなら偽の恋人なんてやってくれないよ。


もしかしてだけど、今の和樹の仕事なんだろうな。

そっか、こういう仕事してるんだ。


私は和樹のことを知ることが出来て嬉しかった。

中学までは和樹のことなら何でも分かっていた。

でも、中学三年生の時から和樹のことが分からなくなっている。


やっと、少し和樹に近づけた気がした。


ふと、ベッドの上の乱れたシーツを触る。

先ほどまで和樹がいたので暖かい。


私はあたりを見回して和樹がまだ帰ってこないことを確認する。


「恋人だからいいよね?」


私は和樹のベッドの上に乗りシーツを被る。

さっきまで和樹がいた証拠の温もりがとても気持ち良かった。


まるで和樹に包まれているみたい……。


時計を見ると深夜12時を回っている。

私は段々と気持ち良くなり、目を閉じるとそこからの意識はなかった。

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取り柄のない男の後悔 バカヤロウ @Greenonion

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