第11話 美香1
和樹が入院二日目の夜
とある居酒屋に美女二人とマ〇コデラック〇が入っていく。
店に入るなり店員が慌てて居酒屋の大将を呼びに行く。
店の奥でドタバタと物凄い勢いで出てくる大将
「ご苦労様です」
大将は3人にすぐに頭を下げる。
それは初めて頭を下げるという感じでない。
大将もかなり強面である。
以前は日常的に行われていたのでごく自然な光景。
大将の近づく女性は一言だけ、対象に声を掛ける。
「個室」
「へい、姉貴」
ちなみに、この居酒屋の大将は腰が低い。
…………訳ではなかった。
別の客が居酒屋に来店。
「すみません、個室を予約していた一条ですが」
如何にもヤから始まる職業の男性が複数人を連れて来店。
どの人物も全員、一目見ただけで普通の人は関わりを持たないだろう。
「すみません、一条さん。ちょっと個室が使えなくなったもんで」
「えー大将、それはないよ……こっちも大物ゲスト連れているんだから」
客はガンを飛ばし大将に文句をいう。
それにいら立つ大将は客にガンを飛ばす。
「あ゛?おまえ、命がいらないのか?」
大将は先ほどまでとは別人のような態度で客に接していた。
背筋が伸びて見下ろす眼光に一条という客は怯える。
「は?こっちは客だぞ……そんな横暴……」
「初代来店……分かるな?」
一条という客は「初代」という言葉を聞いた瞬間に青ざめる。
「た、た、大将……俺、別の店で個室とるよ」
「ほら、この店にしろ、空けてくれている」
大将は別の店の名刺を一条という客に渡す。
「おっ!ありがたい」
一条という客は名刺を受け取りそのまま全員を連れて引き上げた。
「ったく……来るなら来るって言ってくれれば……」
店先で大将はぼやいていた。
3人の急な来店に大将も大忙しなのだ。
真剣な顔で頭を抱える大将。
そんな大将の苦労などつゆ知らず、3人の女性がいる個室からオーダーが入る。
「それじゃあ、私は生で」
「姉さん、私も生で」
「わかった。おい、テツ、生3つ」
姉さんと呼ばれる女性が大将の名前を呼びながら注文を叫ぶ。
「へい、ただいま」
テツと呼ばれるのはこの店の大将だ。
大将は背を丸め、手の甲をすり合わせて個室の客に対応するのだった。
しばらくすると、個室にビールとおつまみの唐揚げが用意される。
「で、美香」
「なんですか?」
個室の床が抜けるのではないかと思うほどの重量級の女性が美香という美女に話しかける。
「あなた、再婚しないの?」
「ええ、もうこの年になると、恋するなんて」
重量級の女性が美香の弱気な発言を遮る。
「そんなことは聞いてないのよ」
「え?」
「和樹ちゃんなんていいんじゃないって言っているの」
重量級の女性の言葉に、美香は食べようとしてた唐揚げをテーブルの上に落とす。
「和樹君が?再婚相手?……え?え?え?ええええええええ」
「あら、その反応なら大丈夫そうね」
顔を真っ赤にする美香。
「成美も美香が義理の娘でも問題ないでしょ?」
重量級の女性は成美というこれまた美女に意思確認をする。
なぜなら、和樹は成美の息子になるからだ。
「別に和樹がいいと言えば、それまでだけど、沙織はどうするんだ?」
成美の問いに美香は悲しそうな表情で答える。
「沙織……和樹君以外の恋人がいるみたいなの。だから、その点は問題ないと思う」
成美は美香の答えに少しばかり思うところがあるのだろうが、黙っていた。
美香の言葉のあと、少し沈黙。
成美はビールのおかわりを大将に言いつける。
「テツ、おかわり」
「はい、ただいま!」
個室の直ぐそばに控えていた大将が注文を受ける。
ビールを待っている間、重量級の女性が美香に尋ねた。
「それで、娘というライバルがいないなら大丈夫なの?」
「そ、それは……」
「昔の男のことを思い出す?」
「そうですね、ただ、和樹君と真逆なんで最初が和樹君だったらなんてことは考えますよ」
「あらあら、まあまあ」
オホホと口を押えて微笑む重量級の女性。
すぐにお変わりは追加されテーブルの空いたグラスは下げられる。
「おかわり」
「……へい……ただいま」
しかし、重量級の女性は次の瞬間、ビールのジョッキを僅か3秒で飲み干しおかわりをする。
ただ、そんなことはどうでもよくて恋バナは続く。
大将がドン引きしながら注文を受ける傍で美香は少し落ち込んでいた。
「まあ、でも、あり得ないですよ」
「どうして?」
俯く美香に首を傾げる重量級の女性。
「私ももういい年で高齢出産になりますし、和樹君が大学行ったりすると考えるとまだ何年も待つ必要がありますし」
「あら、子供作る将来設計まであったのね」
「いえ、それは……その……」
「いいのよ、想像……したんでしょ?」
重量級の女性の言葉に耳まで赤く染まる美香
そして、彼女は小さくうなずいた。
「はい……」
「もう、可愛いわね、お酒が進むわ」
ビールのおかわりが重量級の女性の前に置かれる
「おかわり」
「……へい」
そう言って重量級の女性はおかわりで来たビールのジョッキを3秒で飲み干し、店員が下がる前におかわりをする。
「和樹ちゃんとの生活なら美香も楽できるようになるわよ」
「何を言っているんですか。大学ぐらいは行かないと良い就職先がないのでは?」
美香は一般的なことを言っているがそれを成美が否定する。
「そんなことないぞ。いずれ和樹は金持ちになるだろうな」
「え?でも、フリーターなんですよね?」
「いや、あいつは竜二に鍛えられているからな」
竜二という名前に重量級の女性も反応する。
「まあ、竜ちゃんの弟子なら問題ないわね」
「ええ、鍛えがいがあるって言われてますよ」
「あら、美香がいらないなら私が和樹ちゃんを貰いたい」
「ちょっと、婦長!」
バン!と机を叩いて身を乗り出して重量級の女性に詰め寄る美香。
「ほら、あまりムキにならないの。まあ、仕方ないか想い人のことだもんね」
「もう、からかわないでください」
「揶揄ってないわよ。本音を聞きたいのよ」
「私は……」
顔を真っ赤に口ごもる美香。
話が出来ずにビールをチビチビと飲み始めると成美が話を始める。
「和樹と一緒になったら経済的には楽になるよ」
「姉さん、自信満々ですね」
「ああ、既にその片鱗は見せているからな」
「え?」
成美の言葉に美香はビールから口を離してきょとんした顔で呆ける。
「えっと、HIMEKAって知ってるか?」
「ええ、あれだけ有名なら、ナース仲間でもかなり話題に上がりますよ」
「あれの最初の立ち上げメンバーがHIMEKA本人ともう一人の男だけだったんだ」
「はい?」
「その男ってのが和樹なんだよ」
「…………え?」
美香が成美の言葉を真剣に聞いている。
だが、婦長と呼ばれる重量級の女性には知っての事実のようで気にせず飲み続ける。
「あ、おかわり」
「へい、初代」
「ってか、コップが小さいわ。もっと大きいのにして頂戴」
「初代、これコップじゃなくて大ジョッキ……」
初代と呼ばれる重量級の女性は大ジョッキを小さいコップだと言い張る。
そして、それを正そうとする大将を睨みつける。
「あ゛?」
初代と呼ばれる重量級の女性に睨みつけられて動けなく大将
「了解、大ジョッキ……に変更します」
しばらくすると大将が持ってきたのはビールサーバーで使われるボンベだった。
「初代、大ジョッキです」
「あら、ありがとう」
ボンベの弁を開け噴き出るビールを口の中に入れる初代と言われる怪物。
それを隣で見ていた成美と美香は、ヤレヤレと頭を抱える。
「それよりもさっきの話は本当なんですか?それにしては和樹君、なんか自信がなさそうなんです。」
「母性本能をくすぐるのよね」
重量級の怪物はうっとりしながら母性本能という言葉を口にする。
「まあ、和樹ちゃんといい沙織ちゃんといい、自信がないのは周りの影響を受けてるから仕方ないわよね」
「どういうことですか?」
重量級の怪物に質問する美香。
「和樹ちゃんは父親の辰巳ちゃんや竜ちゃんと比べて劣等感を感じているし、沙織ちゃんは美香や成美、それに花子と比べて劣等感を感じている。そいうことよ?」
美香は何となくだが理解する。
要は周りのレベルが高すぎて二人はそれと比べて勝手に劣等感を感じているのだ。
和樹といい沙織といい、二人は18歳にしては能力が高い。
だからこそ、同年代の異性を惹きつける魅力を持っていた。
「そう……ですよね……あっ、そういえば、竜二さんってあまり会ったことないのですが、どういう人なのですか?
美香は成美に竜二のことを聞く。
「食いつくね」
「それは……将来、沙織がもし和樹君と結婚でもしたら……義理の息子になるかもしれない人ですから、気に……なります」
言い訳がましい美香の問いに初代と呼ばれる重量級の怪物が一言。
「自分が和樹ちゃんの嫁になるじゃなくて?」
「そんなことは……」
成美は美香の態度を楽しむようにビールを一口。
ビールの泡が口の周りに付き白髭のようになる。
「まあ、竜二のこと教えてやるよ」
「は、はい?」
「そうだな、とりあえず実業家ってのは知ってるな?」
両手で大ジョッキを持ち、少しずつビールを飲む美香。
「そうですね、社長さんって感じですか?」
初代と呼ばれる重量級の怪物が二人の会話に割って入る。
「成美、年収でも教えてやればいいじゃないのかい?」
「まあ、いいけど、ざっくりしか知らないよ」
「そのざっくりでも天文学的な数字じゃないか」
「まあ、そうだけど」
初代と呼ばれる重量級の怪物ですら凄いという金額に美香も驚く。
「婦長がそこまで褒めるなんて、すごいんですね」
「んー、そうだな。まあ、私も本当にざっくりしか知らないんだが、竜二の昨年の年収って医者の生涯年収ぐらいだな」
それを聞いた美香は口にしていたビールを吹き出す。
「ブフー」
「きたねえな、おい」
「すみません、姉さん……っというか、その生涯年収って勤務医ですよね?」
「いや、開業医」
「……はい?姉さん、それ冗談ですよね?」
あまりの金額に美香は手が震えていた。
「いや、なんなら少なく見積もってだ」
「……なんかついていけなくなってきました」
「だろうな。私も旦那に聞くまで意味が分からなかったから」
美香に説明している成美もあまりビジネスについては詳しくなかった。
夫の辰巳の受け売りではある。
「そんな男に将来有望って言われる和樹ちゃんはすごいわね」
「ええ、自慢の息子ですよ」
「本当にあなたの息子じゃなかったら攫っていたかも」
「そうなれば初代だとしても、全力で阻止しますよ」
成美は初代という怪物に向かって枝豆の盛り合わせを差し出す。
「あら、できるかしら?」
「ええ、できますよ。愛する息子ですから」
怪物は枝豆の盛り合わせを皮ごと口の中へ、それも一口で平らげる。
「……あなた……子離れ出来そうにないわね」
「……そうなんですよ、初代……息子が可愛すぎて!」
かなりのアルコールが入っているのか成美は息子のことを考えると泣き始める。
「あれはですね……和樹が5歳の時なんですが……」
「姉さん、また始まりましたね」
美香は成美の隣に座り直して背中をさする。
既に10回は聞いているであろう和樹との思い出話に相槌を打つ美香。
その後もハイペースでビールを消費する成美はドンドン饒舌になっていき息子の自慢話が止まらない。
1時間ほどすると成美はかなりの泥酔状態になり呂律と思考が上手く回っていない。
「成美、これな和樹が3歳の時のにゃつで……こっちが、チューしてくれた時のヤツで……デヘ、デヘヘヘ」
携帯に入った息子の幼い姿に興奮する成美に美香は乾いた笑いしか出てこなかった。
「あはは、そうですね」
「ってか、美香ずるい!わだしだって和樹との子供が欲しい!」
終いには訳の分からないことを言い出す成美。
血は繋がっていないが母親であることすら無視して感情を爆発中。
「姉さん、だいぶ飲みましたね」
「そうね、私の半分ぐらい飲んでるのかしら」
成美はどうやら怪物の半分ぐらい飲んでしまったようで酔いつぶれている。
「それは……かなり飲みましたね」
「大丈夫よ、辰巳ちゃん呼んでるから」
「それなら大丈夫ですね」
「それよりも美香、自分のこと考えるのも悪くないからそれだけは忘れないでおくれ」
「……婦長……ありがとうございます」
初代と呼ばれる重量級の怪物は美香をまるで自分の娘の様に心配していた。
それに気が付く美香は嬉しくて微笑む。
しばらくすると、成美の夫の辰巳が迎えに来ていた。
辰巳は若々しい長身スポーツマンという男だ。
「(ちょっと、レベル高いって)」
「(すごい……お持ち帰りしてくれないかな?)」
背筋が伸びてブランドスーツを完全に着こなす辰巳は居酒屋の他の女性客の視線を一身に集める。
「あら、辰巳ちゃん、お久しぶり」
「お久しぶりです。千晶さん」
「いつ見てもいい男ね」
「ありがとうございます」
初代と呼ばれる重量級の怪物も辰巳の笑顔にはご満悦な様子。
先ほどまで飲んでいたアルコールのせいだろうか?
ほんのりとほほを染める。
辰巳はすぐに成美に近寄り体をゆすって起こそうとする。
「ほら、成美、帰るよ」
「辰巳ぃ~、抱っこ」
泥酔している成美は辰巳を見つけると勢いよく抱きついた。
「はいはい」
「デヘヘ」
辰巳は成美を軽々とお姫様抱っこをして初代と呼ばれる重量級の怪物に頭を下げる。
「それではこれで失礼しますね」
「はいはい、それじゃあね」
「あ、美香さんも車乗ってください」
「え?いいんですか?」
「もしかしてまだ飲まれます?」
辰巳は隣の家なので遠慮なく誘ってしまうがそれでは初代と呼ばれる重量級の怪物が一人になってしまうことに気が付く。
「いいわよ、帰りなさい」
「それでは婦長、私も先に帰ります」
「ええ、おやすみなさい」
「はい、お疲れ様でした。おやすみなさい」
こうしてその日の美女と怪物の女子会は終了した。
しかし、その後も日付が変わるまで重量級の怪物は一人で飲み続けたために店のアルコールが蒸発。
翌日、営業が出来なかったという。
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