第10話 澪1

澪と芳樹は沙織が帰った後も病院へ残っていた。

なぜなら、和樹と話をするためだ。


「おい、澪、本当に言うのか?」

「ええ、沙織は和樹に恋人がいないって気が付いた。そうしたらあなたとの偽の恋人の関係も終わらせようとしてくる」

「まあ、そうだと思うけど……」


この二人の身長差はかなりある。


芳樹は180㎝を超えているが澪に至っては150㎝あるかないか。

しかし、傍から見ていても二人の上下関係は明らかであった。


「いいこと、沙織と、その……えっと……」

「澪、今ここで口に出すのが恥ずかしいぐらいならやめよう」

「違う、大丈夫よ。それよりも……え、えっちしたことを言うのよ」


澪は相当恥ずかしいのか顔を真っ赤にしていた。


「本当に大丈夫か?この作戦はその後、澪が和樹と強引に子作りって……」


芳樹の言葉も恥ずかしいのか大きな胸を抱えて腕を組みそっぽ向く澪。


「覚悟の上よ!」


澪はかなり強引な手段で和樹を引き離し、沙織と芳樹をくっつけようとしていた。

だが、芳樹本人はそこまでするつもりはあまりないようだ。


「なあ、澪……俺はそこまで望んでない」

「五月蝿い!これはもう決定したの。絶対にやる。退院後に何度も和樹に抱いてもらうの!それで芳樹には沙織とゴールしてもらうんだから」

「澪……」


芳樹は駄々をこねる澪にどうすればいいのか分からなくなっていた。

呆然と立ち尽くしていると一人の女性が芳樹の目に入る。


二人の横を抜けて一人の女性が和樹の病室へ入っていった。

女性はぱっと見、地味であるが横を通り抜けるときの香水の香りや仕草が一般人とは違った。


「お久しぶりです。和樹」

「え?花音????」


花音という女性と和樹は知り合いであった。

和樹の交友関係を把握していない二人は病室の外で聞き耳を立てる。


「はい、竜二さんの代理で来ちゃった」


澪は竜二という名前に聞き覚えがあった。

そして、この時、竜二が和樹の叔父であることは二人には分かっていなかった。


「来ちゃったって、忙しいのに、なんかごめん」

「ううん、私がお願いしたの」

「え?お願い?」

「あっ、その、えっと」


なにやら女性が真剣な声色で和樹に迫っている。


「どうしたの?なんでも気軽に言ってよ。俺に遠慮なんかいらないだろ」


だが、和樹は笑顔で対応しており余裕があるように思えた。


「和樹」

「ん?」


まるでこれから女性が和樹に愛の告白をするのではないかと思うほど真剣な声。


「竜二さんから話は聞いていると思います」

「うん、まあ……ね」


何やら、その竜二という人の紹介なのだろうか?

外で聞き耳を立てる二人には竜二、和樹、花音の関係がいまいち理解できないまま話を聞くことに。


二人はコッソリと病室の中を覗き込む。

すると、両手を胸の前で組み必死にお願いしている女性の姿が見える。


「付き合ってもらえるよね」


どう考えても、愛の告白だった。


「もちろん、OKだよ」

「ほ、本当!?」


和樹がOKをすると花音の表情は花が咲いたように笑顔になる。

しかし、澪はショックのあまり開いた口が塞がらない。


「う……うそ……でしょ」


澪は小さく呟く。

その声はすぐ隣にいる芳樹にも聞こえるか聞こえないかぐらいの絶望を含んだ小さな声


「ああ、男に二言はない」

「流石、私の和樹!……あ、そうだ。以前の私と違って今は稼ぎがありますので期待してください!」

「楽しみにしているよ。それよりも指輪とウエディングドレスのサイズが必要なんだ」

「ああ、大丈夫。もう測ってますよ」


和樹と花音の会話はまさしく、恋人から婚約者になる話だ。

付き合ってすぐに結婚の話……元々がそういった関係だったのだろうか?


「というか、今からホテル取れるのか?」

「和樹となら、一部屋で問題ないから余裕です」

「おいおい、狭いだろ?」

「我慢しましょう」

「まあ、仕方ないか」

「ただね、ダブルの部屋なのです」

「うーん、狭いよりはいいか」


二人で一部屋、ベッドが別ならまだ疑いようがあったのだろうか?

ツインは部屋にベッドが2つ

しかし、ダブルは部屋に大きなベッドが1つだけ


それを良しとするなんて、もう二人の関係はそこまで進んでいることが考えられる。

澪も芳樹も子供ではない。

今しがたの会話で二人が恋人以上であることを悟ってしまった。


「婚約者って、そ、そんな」


澪は顔を伏せて拳を強く握る。


その後、二人は他愛のない世間話をしていた。


「澪、帰ろう」


芳樹は澪の震える肩に手を乗せ優しく声を掛ける。


「……うん」


覇気が無くなった澪は静かに頷いた。


衝撃的な場面に遭遇してしまった二人は駅まで一切の話をしなかった。

二人の影は長く伸びておりオレンジの光が澪の哀愁を増長させる。


「なあ、澪、もう諦めよう」


駅に到着した芳樹は澪の前に立ちはだかり声を掛ける。


「…………」


芳樹が目の前に立ちはだかるので澪も足を止める。


「……はぁ?」


芳樹の顔を見て澪はため息をつく。

澪は先ほどまで俯いていたが、ここで初めて顔を上げる。


そして、澪の隣には大きな広告があり、それを目にした澪は何かに気が付く。


ネットサーフィンでも始めるのだろうか?

ブラウザを立ち上げるとニュースが飛び込んでくるのだが、そこには時の人であるHIMEKAが映っていた。


「……あっ!……クックックッ」


澪はハッとした表情のままゆっくりと暗い影を落とすような笑みをする。


「うわ……」


隣で芳樹は澪の表情にドン引きしていた。

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