第16話 ドクイチゴ



「さて、戦いが終わったなら、おれがここにいる必要はなくなった。そろそろおれも去るとしよう。英雄とは、事件が解決したらすぐに去るものだからな。」


 有野がそう言って、背を向けた。


「そうか、さっさと帰れ。二度と会わないことを祈ってる。」

「そうか?おれはおまえとまた会えそうな気がする!」

「うわぁ……」


 心底嫌そうな顔をした夕紗を気にすることなく、両腕を天に構えた。


「スーパーフライ!」


 マントがはためき、有野の体が中に浮き始める。


「じゃあなお前ら!また会おう!」


 次の瞬間、ビュンとすごい勢いで空を飛んでいった。

 戦った西園寺は、「まだあんな余力があったのか」と呟くほどに速く、実力の差を見せつけた。


「なんだ、こんなところにいたの。」


 並木が他のトップを引き連れて、グラウンドに集まる。

 皆がやりきったような表情で、竜胆を除いて自信に満ち溢れた表情であった。


「あれ?生意気な小坊主。」


 そこには、生徒会室で見覚えのあった青年がVRゴーグルをかけた姿で立っていた。

 そして、ボロボロの敵将が地に伏せており、

 さらには自分たちの大将もボロボロになっていた。


「あっれー……喜多倒れてる。とうとう会長やった?」

「遺憾だが、僕じゃない。」

「じゃあ誰?」


 心底不満げに西園寺が夕紗へ指をさした。


「え、変なのばっか。」

「へえ、やっぱり強かったんだ。」

「坂崎!」


 坂崎が自身の杖で攻撃を仕掛ける。

 風を纏って、上から狙いを定めた。


「さっき言ったよな!後で挑みに来るってよ!」

「面倒な。」


 夕紗も飛び、坂崎が蹴り落とされ、地面に落ちたところを坂崎は即座に立ち上がろうと。

 しかし、その上から夕紗が背中を押さえつけてのしかかる。

 そして、そのまま坂崎の頭に空気銃エア・ガンを突きつけた。


「ぐ……!」

Checkmateチェックメイトだ。」

「今のナシだ!俺は戦いの疲労が--」

「こんな連中相手に戦ったからと言い訳を並べているようでは、私には敵わぬ。」

「なに……!」


 タタッ


「む。」


 ガキィン!


「何持ってんだろうねえ。」


 竜胆が夕紗に切りにかかった。

 それを空気銃エア・ガンの銃身で防ぐ。


「行儀が悪いな。」


 もう一方の手に持つ空気銃エア・ガンを捨て、別のモノに持ち替える。


空気銃+エア・ガンプラス

「!」


 ギィン!


(太刀音?)


 あろうことか、夕紗は切りかかって来たのだ。

 攻撃を防いだ竜胆は、何を持っているのか疑問に思いながらも、手には間違いなく刃物が握られていることを察知した。


 そして、競り合いを力づくで制すとそのまま弾丸を放った。


「ヘェ……」


 さらに追い打ちをかけるように、斬撃を放つ。

 面食らった竜胆は、反射神経だけで刀で斬撃を逸らして見せた。


「つっよ。」

「よくかわした。」

「ちょっとちょっと、何してんの。」


 並木が間に入って停戦させると、夕紗の方を見て一言伝えた。


「ああ、そうだ。あの子たち、幻想組抜けるって。」

「What's?」

「並木さん、それどういうこと?」


 そう言うと、並木は後ろを指さした。

 そこには、赤髪の女に肩を貸す未咲希がいた。


「そういうことか。……世話をかけた。」

「あら、憎まれ口を言われるかと思ったのに。」

「ごめん、状況が分からないんだけど……」

「ああ、あの赤い髪の子の怪我治したから。彼女に頼まれて。」

「……ちなみに、君はただ治しただけなのか?」

「仕方ないでしょ。彼女がその場で首切ろうとしてるんだもの。命を賭けられたら無理よ。」

「そうか、それは仕方ない。……君の力は、幻想組よりも優位に立つために必要だったんだけど。」


 横目で夕紗を見るが、全くもって当の本人は意に介していない。


「よかったではないか。私が居なくとも優位に立てることが分かったのだ。」

「……よく言うよ。」


 西園寺は睨みながら、諦めた表情を見せる。

 そんな表情を見たとて、何の感情も揺れない夕紗は、睨むのをやめて考える素振りを見せた夕紗を冷ややかに見ていた。


「ああ、そうだ。会長。」


 思い出したかのように、並木が西園寺に声をかけた。


「なんだい。」

「あの子たち2人、現実組に入るから手続きよろしくね。」

「そうなの?」


「なに?」


 2人の会話を聞いた夕紗が思わずといった、小さな声で呟いた。


「……でも、幻想組の人が入るのはメリットかもね。」

「そうか、知っていたのか貴様。幻想--」

「それ以上はストップ。喜多が聞いているだろう……まあ、予想はついているかもしれないけどね。僕の能力による魔本、それによる閲覧を使っただけだよ。」

「そうか。」


 夕紗は彼らに背を向け、未咲希の元へゆっくりと歩み寄る。


「何をしているんだ、貴様。」


 瀕死の赤髪に肩を貸す未咲希に声をかけた。


「違うってば。彼女はあたしを守ってこうなってるのよ!」

「成程、約束は果たした訳だ。お前は?」

「大丈夫、あたしは--」

「そうか。」


 その様子を見ていた現実組の面々、そして倒れた喜多にとって、それはなんとも不可思議な光景であった。

 自分たちを凌駕する能力者が、無能力者と対等に会話するこの奇妙な関係を。


「……本当に不思議だね。」

「まだ用があるか。」

「気になるんだよ。どうして君が、ここまで彼女に入れ込むのか。無能力者と、ここまでの能力者が結託する理由をさ。」

「貴様に言う必要はない。」


 そう言い捨てると、未咲希から赤髪を引き取り、背におぶると、陽光に背を向けてゆっくりと帰路を歩み始めた。




 ========€




「全く災難だったな。」


 校舎を出て、帰路に着く。

 ただ、いつもより人が1人多いどころか、人1人を背負っていた。


「こいつ、どうするんだ。一向に目を覚まさないではないか。」

「仕方ないから、とりあえずあたしの部屋の連れてく。」

「やれやれ、お人好しもここまで来るととんでもないな。自分をいじめた人を介抱するとは。」

「そのいじめた人が、今日あたしを助けてくれたんですけどね。」

「ああ、無事で何よりだ。」


 素直に心配するような言葉を、夕紗から聞いた未咲希は驚いた。


「へえー、あんたがそう言ってくれることなんてあるんだ。」


 ニヤニヤした顔を浮かべながら、挑発するように言葉を発した未咲希。

 それを見越していたかのように、夕紗は挑発するような顔を見せつけ返した。


「当然だ。お前がいなくなってしまったら、誰が私のご飯を作るのだ。」

「ああそう。」


 不貞腐れた表情と、呆れた声で未咲希は答える。

 続けざまに、夕紗は未咲希に尋ねた。


「お前、現実組に移動することを決めたそうだな。」

「そうね。」

「理由を、聞いてもいいか。」


 はぁーと息を吐いた。

 ため息では無い。

 何故か答えることに対する緊張で強ばり、あその緊張から解放されるためだ。


「……普通に、学校生活送りたいから。」


 本音ではある。

 嘘はついてない。

 結果として、

 今の環境である幻想組には完全にいられなくなった。

 ここまでの大騒ぎの元凶のひとつとなってしまったのだ。

 自分が幻想組に居続けることが、難しい。

 なんて生易しい言葉で済むはずがない。

 いじめが優しいと思えたほどのことが起きるか、あるいは死ぬ。


 だとすれば、まだ「普通の学校生活を送らせる」と豪語した会長がいる場所にいた方が安全なのではないだろうか。


 ……それは違うかな。

 なにより、あたしが一番"普通の学校生活"に憧れているんだ。


「なんだ、結局お前も平穏に憧れているのではないか。

「……そうかも。」


 同意を求めるように、挑発した声でそう言う。

 だが言葉とは裏腹に、優しく笑んだ気がした。


「そうか、これでお前の学校生活とやらが落ち着けば良いな。」

「ああそう。……それは本心?」

「そうとも。そうすれば、私も静かに平穏が送れるというものだ。私も、平穏な日々が送ることが出来ればそれで良い。」


 淡々と夕紗は自分の望みを吐露した。


「分かるか。自分の城と美味い飯、良く眠るための寝床と、それらを維持するための金があれば充分なのだ。」

「そのうちの8割、あたしが提供してますが。」

「何を言う、Give&ギブアンドTakeテイクだろう。私はお前の平穏を守る。代わりにお前は私に美味い飯を提供する。保険と同じだ。」

「何でだろう。普通の例えなはずなのに、なんか嫌な例えに聞こえる。」


 夕日がだんだんと沈み始める。


「ってか、それいつまで付けてるの?」


 不意に夕紗の付けているVRゴーグルを未咲希が指摘した。


「ああ、この間に襲われても面倒だからな。」


 ようやく、自宅のあるマンションまで到着した。


「周囲を警戒しておく。先に行け、すぐ戻る。私は腹が減った。」

「どこの王様よ……わかった、先に帰ってるわ。」


 夕紗は未咲希が家に戻ったことを確認すると、深呼吸をし、付けているVRゴーグルを外した。


「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ……スぅー、ふぅー……よし。」


 周囲に誰もいないことを確認し、彼も未咲希の自宅に向かって歩き始めた。




 ========€



 とある場所--



 そこは、通う人によっては通学路になるうる場所であった。



 コツコツコツコツ……



 トンネルの暗闇の向こう日は夕日が照っている。



 コツコツコツコツ……



 トンネルと入り込む陽の光が魅せるそのシルエットは、まさしく魅惑の女性そのもの。



「くそっ、現実組のヤツらめ!」

「次の抗争じゃあ、ボコボコに--」



「ねえ、あなたたち。」



 フワッと花が一瞬で咲き乱れるような、むせかえることも忘れさせる香水が香る。


「ちょっと、きて。」


 妖艶な女性は、ついてくるよう話す。


「教えて欲しいことがあるの。」


 その甘い言葉は、育ちきっていない彼らの精神の中に、簡単に忍び込んだ。


「お礼なら……弾むわ。」


 その一言はもう必要ない。

 彼らは既にていた。




 ========€




 とあるホテルの一室--



「フーっ、何よこいつら。彼女のこと、何にも知らないじゃない。」


 電子タバコを吐きながら、そうぼやく。


 ベッドの上に立ち上がり、全裸で縛り付けられた2人の男子大学生は、両手両足の指と腕と膝を折られ、所々に多くのダーツの矢が刺さっていた。


 黒い下着に隠れていないその腰には、"ACT"のタトゥー。



「標的は日本喜望峰専門大学校。」



 ダーツで写真を壁に貼り付ける。



「狙いは……想矢 未咲希そうや みさき。」



 写真の女の顔に、ダーツの矢を命中させた。



「ま、余裕でしょ♡」



 チームACTionアクティオン

 プライベートアクトレス

 愛崎 苺留あいさき べりる

 幻想能力:ストロベリー・アッド・魅了

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合言葉はI'm hungry! -助けを求めたらいじめから救ってくれたけど、見返りとしてご飯を要求してくるどころか、家にも居着いてとてもヒーローとは思えません- 蔵薄璃一 @licht_krauss

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