第15話 抗争終了



「ぎゃーっはっはっはっはっっは!」



 変人。

 一言で言うと、この言葉が彼にピッタリだろう。

 それが、夕紗が有野に抱いた第一ファースト印象インプレッションであった。


「英雄だと?なろうとしてなるものではあるまい。」

「んまあ、そう言うな。夢ってのは、口にしなきゃ叶うもんも叶わなくなるだろ?何しろ、本当に想っている夢なら、自分で言っていって、周りに認知させることで自分にプレッシャーかけねえとな。諦めることが出来なくなる。」

「で、その英雄様は一体ここで何をしてる。」


 夕紗は茶化すように、挑発の入り混じる言葉で尋ねた。


「ああ。あいつと戦ってたけど、あのバケモンが建物に向かって攻撃してたから、急いで倒しに来たんだ。」


 当然だと言わんばかりに答えた。


「おまえが倒したけどな!」


 精一杯本人なりに嫌味ったらしく言ったらしいが、そんなことは微塵も感じさせないほど、気持ちよく言われた。


「ってか、そもそもなんでここに来たんだ。なんで僕たちが戦ってるなんて--」

「スズメに聞いた。」

「スズメって、あの鳥か。」

「おう。」


 指さした先にいる茶色い頭を持つ小鳥は、自慢げにチュンチュン鳴いている。


「……この男、やはり変だ。」




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「いよっしゃああああああああああああああぁぁぁ!」

「あ、坂崎くん終わったんだ。」

「おう野々宮。」


 野々宮が他の同級生を連れてきて、坂崎を出迎えた。


「おう俺の臣下共!」

「「「「「誰が臣下だクソ皇子!」」」」」


 一斉に自分たちの代表ヘツッコム。

 それは決して、誰もが本当に"クソ皇子"だと思っている訳では無い。


「現実組と幻想組の一年戦争。俺たちの、勝ちだ!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 勝どきをあげる坂崎に答えるように、現実組の一年生が声をあげた。

 ある者は抱き合い、ある者は腕を組み、ある者はハイタッチし、十人十色の喜びを見せていた。


「……」


 一方で、彼女の元へ来る人間は、誰一人としていなかった。

 あの、何があっても駆けつけてきた、いつも付き従っていた騎士さえも。




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「ふぃー、ひと仕事終えた。」

「ぜェ……ぜェ……」


 地に伏し、空を仰ぐ風瀬を稲生は見下ろすこともなく、前を向いていた。

 ほぼ無傷で倒した稲生に対し、傷だらけで空を仰ぐ風瀬。


「お前さん、惜しいな。」

「はァ……はァ……」

「ずいぶん迷いある盾じゃ。そんなもので我が戦斧を受け切ろうとは、舐められたもの。」

「返す……言葉も、ない……」


 その近くでは、別の戦いも終結していた。


「弱っ」


 その男、竜胆菖蒲は刀を担ぎ、花壇の花に紛れて咲いていたホトケノザの蜜を吸っていた。


 彼自身は全くの無傷であり、まさに完封といった勝利であった。


「そんな、剣崎が……負けた、のか……」


 周りから聞こえてくるのは絶望の声。

 勇者がいるパーティからは、聞こえて欲しくないものであった。


「俺が一番強いはずだ……」

「いや、弱いよ。」


 即答で否定する竜胆。

 それが聞こえていないのか、立ち上がるために膝を立て、拳を地面に強く打ち付けた。

 その拳は、今にも音が出そうなほど強く握りしめられていた。


「ふざけるな……!俺は勇者のはずだ……!負けてはいけない!負けるはずが--」


「じゃあ、勇者じゃないんじゃない?」


 無邪気な笑顔は、勇者に偽勇者の烙印を押し、彼をプライドの底に叩きのめして、絶望を与えた。

 まるでスイッチが切れたかのように、顔色が真っ白になったのだ。


「お主も終わったな。……汚いからそれ止めないか。」


 竜胆に気づいた稲生が声をかけた。


「稲生ー」

「先輩を付けんか!」


 手を振る後輩に怒鳴る先輩。


「ゴリラ先輩、我担いで。」

「石みたいに蹴って運んでやろうか。」

「いった!もう蹴って--」


 ガシャあああん!


「きゃあああああ!」


 稲生が何にも考えずに蹴り飛ばした先は、生徒たちが行き来するエントランス。

 そこには、赤髪を背負った未咲希が、今まさに外に出ようとしていたところだった。


「お、こりゃすまなんだ。」

「いいってことよ。」

「お前に言っとらん、ばかもの!昇降口に入っていくなど--」

「蹴ったのあなたなんですけど。」

「して、お主ら一体何しとる。あの生意気な小坊主はどこにいった。ぬ……」


 彼女の涙に気づいた稲生はたじろいだと共に、何かあったのだと悟った。


「助けて!!」


「ぬう?」


 彼女の叫びを聞いて、尚更そう直感した。


「並木さん、並木さんどこ!?」

「ちょいと失敬、耳を塞いどいてくれ。」


 急を要すると悟った稲生は後ろを振り返り、周囲の人々を見渡せる状態で息を吸った。



「スぅーっ……並木ぃ!!どこじゃあ!!!」



「うるっさい!」



 目の前にいた。


「なんだ、そこにおったんか。」

「あんたの目は節穴か!正面だろ!」

「仕方ないって並木。この人、目まで筋肉ぎぃやあああああああ!」

「先輩か"さん"つけろ、後輩。」


 稲生と並木の2人に蹴られ、竜胆は地面を這いずった。


「で、どうかした?って、あー、背負ってるこの子か。」

「はい、さっき幻想組の子にやられて……」


 それを聞くと、気まずそうに


「あー、っと……ちょっと難しいかな。」

「え--」


 言葉を失ってしまった。

 絶望が彼女を襲う。

 一縷の望みが跡形も無くなったのだ。


 ただ、彼女としては悪気があった訳ではなく、助けることに対しては否定的ではなかった。


「あ、今の言い方だと誤解生むか。えっと、今助けたとして、君ら幻想組でしょ?」

「は、はい……」

「助けたい気持ちはあるんだけどさ。君ら治したら、私たちに襲いかかられても困るのよ。」


 そう話す後ろで、ボディガードのように立つ2人の威圧感たるや。


「まあ、我らいるけどね。」

「まあ、儂とこの馬鹿いるなら負ける気はせんな。」

「俺もステロイド先輩となら--」

「使ってないわ!」

「黙ってろ!」


 背後で騒ぐ2人に一喝し、改めて並木は未咲希の方を向いた。


「一応、私の責任になるのよ。敵であるあなたを助けた。そしたら敵が元気になって、味方を傷つけました……。ま、こんな脳筋バカ共がそんな程度でやられるわけないとは思うけど。」

「「おい」」

「今こうやって話してるのはね。どんな形であれ、会長が君らを客として扱ったから。まあ、あの生意気な男は例外だけど。」


 生意気な男と聞いて、竜胆が首を傾げる。


「我のこと?」

「お主寝てただろう。別の奴だ。自覚あるならその性格直せ。」

「そいつ、そんなやばかったの?」

「お主寝てたからな。誰も反応出来ない早さで会長が撃たれた。」

「え、何してんの」

「お主寝てたよな!」


 後ろを見て、舌打ちすると改めて向き直った。

 すると、考える素振りも見せずに未咲希は頭を下げた。


「並木さん、助けてください!」

「いや、だから--」

「助かるなら、私が別に現実組へ入ったっていい。」


 "どうしたものか"と言わんばかりに、並木は頭を悩ませる。


「話聞いてた?生徒会室での話ね。私たちの目的は、あの"彼"だったの。……じゃあ、君がその彼に話をつけてくれるの?」

「嫌です。」


 "無理です"。

 ではなく、"嫌です"。という答えを返してきた。


「ただでさえ、今彼に守ってもらっているというのに、これ以上は無理です。」

「じゃあ、どっちを取る。彼を引き込むことを約束し、背中の彼女を助けるか。彼を引き込むことを約束せず、背中の彼女は助けないか。」

「……!」


 それを聞いて、彼女は傷つけないよう下にゆっくり赤髪を置くと、そばにあったガラスの破片……竜胆が突っ込んだ際に壊れたドアのガラスの破片を手に取り、喉元に当てた。


「じゃあ、あたしがこの場で死ねば……そんな交渉も出来なくなるね。」


 震えるが、それ以上に強い声だった。

 もう覚悟が決まっている。

 彼女は動かない。

 だからこそ、並木は彼女が無能力者であるということを忘れ、能力者、能力者じゃない関係なしに一人の交渉相手として相対していた。


「おい……」


 並木が声を出す前に、並木の背後にいた稲生と竜胆が、いつでも動けるよう構えた。


「助けて欲しい時に助けて貰えない思いをするなんて、あたしは無理。だから、あたしじゃない、別の子には……そんな思いはさせたくないの。」

「やめなさい。そんなこと、誰も望んでない。」


「あたしは彼があなたたちの道具になる方が望んでない。」


 無理だ。

 そう直感した。

 彼はテコでも、意地でも動かない。

 それよりも、彼女が首元に当てているガラスが、1ミクロンでも彼女の傷口に入ってしまう方が心配だ。


「はァ、無理よ。無理。どうする稲生?私、命を天秤にかけられた以上、何にもできないんだけど。」

「お主……こういう時ばっかり儂に振るな。」

「頼むって、3年の代表なんだから。」

「とりあえず、治してやれ。見てられん。話はそこからでええじゃろ。」

「はーい、了解。」


 ふうっと一息ついた彼女を見て、竜胆が稲生に声をかけた。


「ねえ、なんであんなカリカリしてんの?」

「どうせあれじゃろ、会長いないから……ぐわっ」


 稲生が並木に蹴られた。




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「君は何を言ってるんだ。」



 そう言うのは西園寺だ。


「おれは本気だ!」


 そんなことは無視して、西園寺は喜多の元へ歩み寄った。


「……」

「何やられてんだ、喜多……」

「……てめえもずいぶんやられたようだな。」

「君と違って負けてない。やったのは、このキテレツなやつだ。」


 そう言って、西園寺は有野を指さした。


「だれが"きてれつ"だ!かっこいいだろこのスーツ!」

「いや、君の服装浮いてるぞ。」

「まあいいよっ!なんとでも言えっ!」


 不貞腐れた有野。

 だが、可哀想という気は微塵もなく、むしろ"一体何者なんだ"という気持ちしかなかった。


「とにかく、おれは幻想と現実と架け橋になるんだ。」


 "一体何者なんだ"という印象は、全員変わらなかった。

 言い切った彼に対しては、"無理だろう"という感情がいち早く幻想のトップと現実の代表がそれぞれが抱いた。


「あほくさ。無理だろ。」

「僕もそう思う。」

「おい!」


 夕紗は有野の夢を肯定も否定もしなかった。


「だが本気でそう思っていなければ、わざわざ鳥の言うことを信じてここまでこないだろう。物好きな奴だ。」


 しかし変人という印象はしっかり抱いたようで、その上普通であれば絶対に思わない夢を抱いていることを"物好き"と形容した。


「そう思うかい?」

「ああ、思うね。その上、下手をすれば自分が死ぬ可能性だってあるというのに……善人が過ぎる。」


 半ば呆れながら夕紗は答える。


「もしかしたら、お前は英雄になれるかもな。お前は阿呆で無鉄砲、しかし誰よりも運がいい。それに見合った力もある。」

「おまえ、それ絶対思ってないだろ。」

「さあな。」

「ぜってえ思ってねえ。」


 目を自然と逸らした夕紗に、有野は突っかかった。

 そして、急に冷めたように3人の方を向いて尋ねた。


「ってか、おまえら何者なんだよ。」

「「「それはこっちのセリフだ。」」」


 まるで長年の付き合いであったかのように、ハモった回答。

 思わず、有野がたじろいでしまった程であった。


「……喜多楓、幻想組トップ。」

「西園寺錐葉。現実組4年代表、生徒会長。」

「よし、じゃあおまえら!今すぐ戦いを止めるように自分たちの仲間に言え!」


 有野は2人をそれぞれ指さし、命令した。

 顔も合わせない喜多は、空を見ながら答えた。


「無理だな、結局止まるかどうかはあっち次第だ。」

「おい、話と違うぞ!」

「こ、こいつのことまで約束した覚えないって!」


 有野は西園寺の首元を掴んで揺さぶり、問い詰める。


「で、お、おまえは!」


 そしてその矛先は、夕紗に向かった。


「私か。名前はある。」

「いや、それを言えよっ!」

「なぜ上からなんだ。」


 ため息を吐いて、渋々といった様子で彼は自身の名前を名乗った。


「巌影 夕紗。それが名前。」


「巌影……?」

「巌影って……旧家の名字じゃないか。驚いたよ。」

「昔の貴族の血を引いてる奴だよ。他にいた旧家は、全て巌影一族へ嫁に行き結婚した。……らしいけど、歴史の教科書どころかチョロっと資料集に載ってる程度の氏族と同じ苗字の人、初めて会った。」

「……」

「で、その人間がこんなとこにいていいのか?」

「さあな。」

「おいおい、巻き込まれるのはごめんだぞ。」


 よく分かってなさそうな有野が、喜多と西園寺にそれとなく尋ねた。


「なあ、おまえらなんで戦ってるんだ?」

「知るか。」「知らない」

「はァ!?」

「いや、本当に知らないんだよ。伝統だから。」

「でんとぉ?」


 何を言っているんだと言わんばかりの表情を見せる西園寺。

 夕紗は相変わらずの無表情だが、喜多はゆっくりと目を瞑った。


「僕らからすると、むしろおかしいのは君なんだよ。この世界では現実組と幻想組には、まるでこの世界に初めて来たようなこと言うじゃないか。」

「よく分かんないけど--」

「いや今の説明は分かってよ。」


「共通の敵を作ろう!」


「はぁ?」


 突然のめちゃくちゃな提案に、思わずといった様子で西園寺は呆れた反応を見せた。


「例えば?」

「ギヴァーメイク。」

「Giver Make……」

「ギヴァーメイクっていえば、最近日本にも進出してきたデパートか。それ以外にも色々やってるらしいね。でも、それがなんで敵になるのさ。」

「陰謀論か?止めとけ、寒い目で見られるぞ。」

「ちがわい!なんかやべえことやってた気がするんだよ!」

「どんな。」

「……忘れたってか、覚えてないっていうか……」

「見覚えも聞き覚えも証拠もないのに、憶測で物事を言うなよ……」


 有野と西園寺の応酬が繰り広げられる中、退屈そうな夕紗と喜多は無表情ながら不満げな様子が伺える。


「なぜ私は貴様らと話をしているのだ。友達でもあるまいに。」

「同感だ。」

「それもそう。」

「え、友達じゃないのか?」


 ケロッとした顔で言う有野に、夕紗は心底気味悪そうな顔をした。

 そして、西園寺は僅かに驚いた表情を、対して喜多は相も変わらず無表情のまま空を見ていた。


「貴様あれか、話したら誰でも友達とか抜かすTypeか。」

「おう。拳を交えたら尚更よ。」

「うわぁ……」


 価値観の違う男。

 その男がもたらすのは、混沌か。

 はたまた、混乱か。


 しかし、この2人。

 有野叡臣と巌影夕紗の2人の出会いは、2人にとっても少なからず影響を与えることとなる。

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