第18話

「はじめましてこんにちは。日本から来ました、日鮮日報という新聞社で記者をします、阿久津と申します」

「どうぞ、おかけください」


その人物の第一印象としては長身でどこか身を構えているような雰囲気に似た容姿が焼き付いた。斗真は早速彼に自分が韓国に来た理由を話すことにした。


「失礼ですが、なぜそのように日本語が話せるのですか?」

「退職する前までにいた同僚の中に日本人の従業員がいて、私に日本語を少し教えてくれたのです」

「そうでしたか」

「今日お話をしたいことがあると伺っていますが、どういったことでしょうか?」

「僕の家族の母にあたる方が韓国にいた頃あなたと親しくしていたと伺っています。名前はチェ・ミリネと言います」


その名前を言った瞬間彼は斗真の顔を凝視するように見てきて、上体を前に少し屈むように両手を組んできた。


「もう少し、具体的に詳細を進めてくれませんか?」

「母が大学時代にあなたが軽音部のサークルにいて当時の仲間の方たちと歌を歌っていたのを見て、その時にあなたから声をかけられたきっかけで知り合ったと言っています」

「学生時代に音楽をやっていたのは確かです。学内の噴水の近くにあるところで毎週歌っていました。見に来ていた人たちにも何度か声をかけてサークルに入らないかと誘ったりしていましたし」

「その中で、そのミリネという女性に声をかけたことは覚えていらっしゃいますか」

「ええ。小柄の優しい声をした、どこか陰のあるような感じの方でした。あまりはっきりとした記憶がないものですから、私から詳しくは述べることはできかねません」

「今日写真を持ってきましたので、見ていただけませんか?」


斗真はバッグから手帳を取り出しその中にはさんである一枚の写真を彼に見せると、かけていた眼鏡を取り外してしばらく眺めていた。


「懐かしいな。そう、この方と一緒に撮りたいと説得させた覚えがあります。彼女は写真に写ることが恥ずかしがっていましたしね」

「その方がミリネさん、僕の母です。あなたの元恋人で間違いないですよね、キム・ソンジェさん」

「……ええ。おっしゃる通りです。なぜこのようにわざわざ日本から訪ねてきたのですか?」


「お二人が大学を卒業する前に留学されたことがあって別れたと聞いています。本当は帰国してから一緒になるはずだったと母はあなたに期待していたのに、一緒にいてもお互いのためにならないからと言って、話し合った結果別れたとの事でしたが……そんなに母の事を引き離したかった本当の理由ってなんでしたか?」


ソンジェは小さくため息をつき咳ばらいをして、斗真に韓国語と日本語を交えながら話を続けてきた。


「当時父親の建築事務所が経営が危うくて私も手伝わなければならない事態まで悪化していました。恋人と悠長に過ごすことに、抵抗感を感じていてどうしても父の事を最優先したかったのです。四年近くは毎日がとにかく忙しくて自分の休暇さえも削りながら過ごしていました」

「その詳細は母には伝えていなかったんですね?」

「私は自分の事で精一杯でした。今思えばもう少し余裕があったらミリネさんと付き合えたのかもしれませんが、彼女を支えていくそこまでの自信がなかった。気がついた頃には自分も誰かを恋しく思えていたという感じになっていましたし、新しい出会いを待ち望んでいました」

「それからご結婚をされたのですか?」

「ええ。二十七歳の時に今の妻と出会い結婚後すぐに娘も授かりました」

「僕の母に会うことをするのはやはりできなかったと?」

「私は、一人の人を一途に考えることが当時は難しいと考えていました。そこまで彼女を追いかける必要もないと思っていましたし」

「その数年後に一度お二人が再会したと伺っています。率直に聞きますが、なぜ母とその時に関係を持ったのですか?」


ソンジェは席を立ち隣に置いてある机の椅子に腰を掛けた。


「再び会って女性としての魅力を感じました。学生時代とは違う、一人の女性の容姿に惹かれたのです」

「そうですか。その後母は僕を妊娠して出産をしたんです」

「その父親はどなたでしたか?」


斗真は片手を強く握りしめて目を瞑った後ソンジェの顔を見て物静かに口を開いて話した。


「あなたです。母はその後は誰とも結婚せずに僕を産んで数年後に日本に来たんです」


しばらくの間数分間の沈黙が続き、斗真は涙目で彼に話しかけてきた。


「僕は、あなたに認められなくてもあなたの子だど信じています。母が……独りきりで僕を産んで苦しむながら育児をしていくうちに、ソンジェさんを思う胸の内が圧迫してしまい耐えられなくなって、義理の妹にあたる育ての母親に預けたんです。その後、行方をずっと探していました。今の仕事に就いてからも探し続けていくうちに、自分のルーツを知りたくなりました」


「そのルーツをたどっていくうちに私の存在について調べたくなったと?」

「はい。だから、どうか……あなたが僕の父親だどいう事を認めていただきたいのです」

「彼女は……ミリネさんはなんと話しているんですか?」

「あなたとの間にできた子が僕だという事が間違いないと言っています」


斗真は椅子から立ち上がりソンジェの前に跪ひざまいて床に手をつき頭を深く下げた。

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