第16話

「私もあなただけは信じてあげたかったのに、一緒にいても母親として何のための家族なのかがわからなくなっていった。だからソヨンに任せたのよ。彼女も子どものできない身体だったから、せめてものそのあなたという財産をあの人たちに授けた」

「……お母さんって呼んでもいいですか?」


斗真は彼女の隣に座り肩を手にかけてさすってあげると彼の手を握りしめてきた。


「僕はあなたが捨てられたと思い込んでいたこともあった。でも本当に憎いだなんて思ったことがなかった。こうして生きてこれたのもあなたを探し続けてきたからなんです。お母さん……母さん《オンマ》、それ以上 《クイサン》泣かないでください《ウルジマラヨ》」


斗真は彼女を抱きしめて背中をさすってあげると、昔ソンジェが自分に対して慰めてくれた時の感覚に似ていると告げてきた。


「斗真……ウジン、お父さんに似て優しいわ。やっぱりあなたを産んで良かったのね」

「ずっと……ずっと会いたかった。お母さん……」


二人は涙を流してこれまでの離れていた距離を結ぶように抱き合って慰めていた。窓の外から雨音が聞こえてくると、ミリネは斗真に学生時代の話をし始めて、ソンジェとの馴れ初めや当時の自身の出来事を語り出した。


「じゃあお父さんに出会えたから、その周りの友達とも仲良くする事ができたんだね」

「一人が楽だと思っていたけど、私も考え方が緩かった。仲間になって支え合うというこそ、絆が生まれる事に気付いた」

「もしもの話だけど、お父さんが留学しなかったらずっと一緒にいた?」

「おそらくね。彼の父親の事務所もなんとか持ち堪えたから、廃業せずにあの人もずっと働いていれたと思うわ」


斗真はある話を切り出そうとしたが俯いてしばらく無言でいたので、ミリネは彼に訊いた。


「今後、一緒に暮らすことは難しいかな?」


彼女はその言葉に戸惑い窓の外を眺めながら彼に返事をした。


「あなたも仕事が不規則でしょう?それなら仕事を優先して暮らしていくべきよ。それに、同じ都内にいるんだし会える時は連絡してくれたらいいわ」

「そうだね。いや……お母さんに紹介したい人がいてさ。付き合っている人がいて彼女と会わせてあげたいって考えているんだ」

「そうなの?同じ会社の方?」

「大学の教務部で職員をしているんだ。向こうもお母さんが見つかったらそのうち会いたいって言ってきているし」

「いいわよ。どんな人か楽しみね」

「色々とありがとう。じゃあ会社に戻らないといけないから、帰るね」


玄関で靴を履きドアを開けようとした時ミリネは彼に傘を渡した。


「いいよ、駅近いしそろそろ止みそうだから走っていくよ」

「いいから持っていって」

「わかった。今度返しに来る。来週のこの時間って仕事なの?」

「お店の人にあなたが来ることを伝えておく。いいわよ、また家に来てちょうだい」

「お母さん」

「何?」

「この国はお母さんにとってどんな風に見えているの?」

「そうね……第二の故郷でもあるし、ウジンがこうして生きていることも誇らしく思える寧静で優しい国かしら」

「それが聞けてよかった。じゃあ、またね」

「気をつけて行きなさい」


新聞社へ戻り加藤とユソクを呼んでミリネが見つかったことを伝えると彼らは斗真を励ましていた。デスクに着いてパソコンを立ち上げ今回の件を一般公募からのコラム形式として新聞の中面のところに掲載することを持ち出すと起用されて、斗真は早速資料や対面で話を聞いたことを踏まえて記事を起こしていった。


二週間ほど過ぎた頃再びミリネのマンションへ行き、あらかじめ伝えておいた従姉妹たちの家へと向かうとミリネは彼女たちに挨拶をして連絡を途絶えていた申し訳なかったと伝えると再会できたことが何よりの奇跡だと返答していた。斗真は従姉妹にあるものを渡したいと告げ手に持っていた手提げ袋から取り出した。


「これ……持ってきた。ジョンソクさん……ひいじいちゃんの名前の入った位牌。ラヒおばあちゃんの隣においてもいいかな?」

「わざわざ作ったの?ウジン、そこまで気を遣わなくてもいいのよ?」

「僕が二人の事を知って話を聞いてからラヒおばあちゃん一人だけじゃ寂しいと思って。お願い、一緒に置かせてください」


従姉妹の一人が斗真の手を握り礼を言うと、祭壇のラヒの位牌の隣にジョンソクの位牌を並べておいて皆で合掌した。その合間に斗真のスマートフォンに着信が来たので電話に出て話をし終わると、これから皆に会わせたい人がいると言いしばらく待っていると、インターホンが鳴ったので斗真が玄関の扉を開けてみると、そこにソヨンの姿がありミリネ達は驚いていた。


斗真はミリネの足跡を追っている間に加藤に頼み行方を割り出して探していたところ、日本に帰国していることが判明して千葉県内にパートナーであるアメリカ人の男性と同居していることも判り、皆に内緒で呼んだのであった。


「ソヨン。元気そうでよかった。あなたもこの子と同じように驚かせてびっくりしたわ」

「ごめんなさい。姉さんたちがどういう顔をするか気になっていたの。もう二十年以上は会っていないものね」

「お母さんはソウルにいるの?」

「それが去年脳梗塞で亡くなったの。葬儀は向こうで行ったわ」

「そう……お母さんにも苦労を掛けたわ。父さんが先に亡くなったから私達姉弟で協力して暮らしてきたけど、姉さんが斗真を出産してからだいぶ状況も変わったものね」

「韓国にもいたかったけど姉さんのためにと考えて都内に越してきたのよね」

「やっと、家族全員揃ったね」

「ウジンが皆に呼び掛けたお陰よ。本当に感謝するわ」

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