第15話

翌日、斗真は高知へと向かい手記に書いてあった親族だという人物の元へ向かい、市内から郊外へ来るまでレンタカーで住所の通りに辿りながら進んでいった。とある田畑が広がる場所へとやってきて、住宅の前に停まり車から降りてある平屋の家に着きインターホンを押すと中から背の高い男性が現れた。


「突然お邪魔してすみません。加瀬正樹さんでよろしいでしょうか?」

「はい、何か御用で?」

「あの、僕東京の新聞社に勤めている阿久津と言います。僕の知人に韓国人の方がいて……チェ・ミリネさんという女性がこちらの家に住んでいらっしゃるとお伺いしたんです」

「韓国人?そのような人はここにはいないよ」

「実はその方、僕の母親にあたる方なんです。もしよろしければ名刺を渡すのでその方か、もしくはミリネさんの親類になる方がいればお渡しいただけないでしょうか?」

「そういったって知らないものは知らない。役所にあたって調べた方が良いのではないでしょうか?」

「そう……ですね。じゃあ、これで失礼します。手がかりがあったらその名刺の連絡先に電話をください。お願いします」


斗真がそこから去っていき、しばらくすると加瀬は中にいたある女性に来客の件を伝えると、「大きくなったわね」と呟いていた。


「出た方が良かったんじゃないか?」

「結構よ。今更来ても何て言ったらいいの。……その名刺こっちにちょうだい。新聞社の人か。阿久津……斗真」

「東京に行くつもりか?」

「どうしようかしら。まあ……顔を出しに行くだけ行ってみるわ」



ミリネの足跡が途絶えて手がかりになる手記を読みながら彼女の事を考えていると、一本の電話が入り受話器を取ると高知に行った時に訪ねた加瀬という男性が斗真の元にかかってきた。

母親を探しているのかと聞いてきたのでそうだと答えると、今都内に一人で住んでいると告げてきた。電話の下の床に落ちているチラシの裏に住所を聞きだして書いていくと、台東区の東上野にいることが分かった。


翌日新聞社に出社して加藤にその旨を伝えると、ユソクと一緒に会いに行ってきてくれと言われたので、午後から二人でミリネの元に向かった。稲荷町の駅から住所を辿りながら進んでいくと、あるマンションの手前に立ち止まり、一階の管理室へ行き彼女がここに住んでいるか訊くと、四階のところにいると返答が来て階段で登っていきドアの前に行きインターホンを鳴らした。

しばらく経っても気配がないのでマンションから出て、その周辺にある韓国語で書かれた看板の店に行き彼女らしき人物がいないか割り出していった。とある精肉店の店頭でユソクが彼女の事を尋ねていると、数日前に店に立ち寄っていたと話していたので、斗真を呼んで彼が息子だと伝えて再度来ることはあるか訊くと、来る可能性があると返答してきたのでその店主に名刺を渡した。


駅に向かおうとした時、斗真はユソクに先に会社に戻ってくれと言い自分がマンションのところで待っていると告げ、二人が別れた後斗真がある食堂に立ち寄り、ミリネの事を伺うと店員が待っていていくれと言ってきたので、その奥へと入っていく様子を見ていると中から六十代半ばの女性が出てきた。

斗真はその女性に会釈をして自分の名前を告げると、テーブルにかけてくれと言われたので椅子に座った。改めて名前を訊くとミリネ本人だった。


「僕は阿久津斗真といいます。こちらの名刺の新聞社で記者をやっています」

「私にどう言った御用で?」

「ミリネさん。僕はあなたと同じ韓国の出身です。出生名は……チェ・ウジンです」


ミリネはその名前を聞いた途端手で口を押さえて目を見開いていた。


「まさか……ウジン、ウジン本人なの?」

「はい。あなたの息子です。ご無沙汰しています」

「どうしてここがわかったの?」

「先日高知の親類の人のところに訪ねたら東上野にいると聞いて住所も教えてくれました。……ずっと会いたくて探し続けていたんです」

「そう……探してくれていたのね。あなたはきっと私に捨てられたんだと思っていたのかもしれないけど、事情があって離さなければならなかった」

「……ミリネさん。今日はもう上がっていいよ。せっかく息子さん来てくれたんだからお家で話をしなさい」

「はい。わかりました。今着替えてくるから待っていてください」


店を出た後彼女のマンションへ行き、リビングへ入ると中はあまり家具も置いていない閑散とした雰囲気の間取りだった。淹れた緑茶を差し出してくると、彼女は穏やかに微笑み元気そうで安心していると告げてきた。


「ソヨンさんの従姉妹たちに会って聞いてきたよ。お父さんとは大学を卒業する前に別れていたって。でも、どうして僕が生まれたのかそれを知りたくなったんだ」

「……ソンジェとはあの後八年くらいたってから再会したのよ」

「それはソウルで?」

「ええ。私が勤めていた会社とある建築の設計事務所が取引があって、そこへ訪ねていった時に彼と会ったの」

「お父さんはどうしていたの?」

「すでに所帯を持っていたわ。女の子が一人いるって話をしていた」

「その後は会うことはしていたの?」

「私は遠慮していたんだけど、食事でも行かないかと誘われてね。私が独身だって答えると紹介したい人がいるって話してきて。正直呆れたわ」

「二人は……やっぱり一緒にはならなかったんだね」

「その後に彼から連絡が来てどうしても会いたいからと、江南のホテルへ行った。その日からもう会えなくなるからと言われて一晩付き合ってあげたのよ」

「まさか……その時に妊娠したとか?」

「そうよ。理不尽でしょう?親の都合であなたを授かって、ソウルにいるのが辛くなった。別れた後一人であなたを出産してしばらく向こうにいたんだけど、東京から義理の妹のユン・ソヨンから連絡が来てね。一緒に会いたいって言ってきたからその勢いであなたの荷物を全部送り付けてここにやってきた」

「その時にソヨンさんと義父さんに僕を預けたんだね」

「全ての縁を切りたかったの。祖父母も親もみんな日本が嫌になって荒波に飲み込まれていって消えて欲しいくらいいなくなってほしかった……」

「けれど、自分の命は捨てきれなかったんだね」

「再会した時あの人はこう言っていた。私を忘れたくても身体から離れずに苦しんでいたって。私を離したことをやはり後悔していたようだけど……ソンジェはいつまでも変わらない思いやりの強い人だって……心底感じられたわ。だから産む事を決めたの」


ミリネは頷いて顔を両手で覆い泣き出していた。

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