第13話

ソンジェはミリネの家に夕食を作りに一緒に行きたいと言い、彼女が少し嫌がる素振りを見せたが許すというと、彼がその両肩につかまってふざけるように懐いてきた。笑い合いながら買い出しへ行き家に着いてドアを閉めた途端、ミリネはソンジェの背中に抱きついてきた。


「どう……した?」

「私、あなたが好きよ。一緒にいて楽しいし、いろいろ相談にも乗ってくれる。頼りにしたいの」


彼女の方を振り向いて壁によりかからせると彼は唇にキスをして、互いの鼻をくっつけると彼女が照れながら笑っていた。


「やっと、両思いになれたな」

「そうね」


食事を終えて彼が帰ろうと支度をしていると、彼女は彼の腕につかまって一晩泊って行って欲しいと言ってきた。


「もう一つ布団があるから傍にいて眠っていて欲しい。お願い……」

「いつも強気の君が今日はか弱そうな人になっているな。何かあった?」

「私の事、どのくらい好きか確かめて欲しい」

「……わかった。電話貸してくれる?」


彼は家に電話をして酒を飲みすぎて帰れそうにないから友人の家に止まっていくと伝えた。押し入れから布団を二人分取り出して敷いた後、わざと寝転がる彼に飛び乗るように上から身体にのしかかると彼女の身体をくすぐりだして抱きしめ合った。


「ミリネ」

「何?」

「ソンジェって呼び捨てで呼んでよ」

「……ソン……ジェ。ソンジェ……なんかうまく言えない」

「君が気を許してくれるのなら正式に付き合ってくれ」

「ええ。私もあなたと一緒になりたい。それを前提で恋人になってください」

「ああ。やっぱり、こっちの一つの布団で一緒に寝よう」

「狭すぎるよ」

「大丈夫だって……くしゅん」

「ほらあ。もう風邪ひく前兆でいるし。ふふっ、いいわよ。こっちに来て……」


互いの温もりがいつもより愛おしく感じていた。身体の向きを変えながら何度もキスをして、そのうちにミリネはうとうとと眠たそうにしていたのでソンジェは腕を彼女の頭の下にのばして寝顔を眺めていた。


「ずっと一緒に……いられればいいのにな……」


そう呟いて彼もまた眠りについていった。数日後、講堂に向かう途中三人の女学生がミリネの元に来て少しだけ時間が欲しいと言ってきたので、その通路の脇に行くとジンソクのことについて訊いてきた。


「先輩から話を聞いたわ。あなた、劇場に行くのをやめたって」

「ええ。彼にこれから就活で忙しくなるから会えないって言った。納得してくれたわ」

「そう……。別に無理矢理二人を引き離したくてあなたに振る舞った訳じゃないけど、それなら良いわ」

「会わないのなら、あなた達も気分が良いでしょう?」

「まあね。じゃあ、失礼するわ」


彼女たちがいなくなると少しのため息を吐いて、講堂に入っていった。


十一月。北西から吹く冷たい風が吹いているなか、ロングコートに身を包んで通学路を歩いていくとソンジェのサークル仲間がミリネの前を歩いていた。彼女は小走りで彼らに駆け寄ると挨拶を交わし正門から構内に入っていきそれぞれが講堂に向かうと彼女はソンジェが彼らと一緒にいなかったことが気になっていた。

全ての講義を終えて軽音部の部室へ行ってみると今朝あった仲間が来ていたので、彼らに訊いてみることにした。


「あいつ今日も来ていないな」

「今日も?しばらく来ていないの?」

「ああ。続けて休むのも珍しいな。君も何も聞いていない?」

「ええ。本当なら今日ソンジェの家に行く話をしていたの」

「家に?そうか……」

「何?」

「それがさ、ソンジェのやつ韓国から離れるって言っていたんだ」

「どういうこと?」

「オーストラリアに語学留学しにいくってさ。二人とも付き合っているのに本人から何も聞かされてないのか?」

「ええ。どうして隠しているのかしら……」

「これ、あいつの連絡先。電話してみてごらん」

「わかった。ありがとう」


学食の一階にある公衆電話からソンジェの家に電話をかけてみたが誰も出る気配がなかった。

その後大学から彼の家へと向かい、住宅街を歩いていくと二階建ての大きな家があり表札を見ると名字が一致していたのでインターホンを鳴らすと、中から女性が出てきた。


「こんにちは。あの、こちらキム・ソンジェさんのご自宅ですか?」

「ええ。息子に何か御用でも?」

「私、大学の同期生で友人のチェ・ミリネといいます。息子さんがしばらく来ていないので気になってこちらに来たんです」

「そう。申し訳ないけど今外出しているの」

「いつ頃戻られますか?」

「本人からはっきりきいていないの。ごめんなさいね」

「わかりました。また、連絡します。お邪魔しました」

「……帰った?」

「ああソンジェ。今の方ねミリネさんっていう人」

「そうだよ」

「ああいう風に返しても良かったの?」

「また次の日に大学に出るから大丈夫。その時にあの話をするから」

「そうだ。スーツケースの荷物は全部用意できているの?」

「うん。だいぶ整えた」

「次の講義に出た時にご友人の方たちに話しておいてね」

「はい」


翌週ソンジェは大学へ行き講堂の中に入ると、教室の前でミリネが待っているのに気がついて彼女に声をかけられると講義が終わった後に話すからと言い、教室へ入っていった。夕刻になり軽音部へ行くと彼女が窓の外を眺めているのが目に入ってきた。


「どうしてずっと黙っていたの?」

「ごめん。なかなか話を切り出すことができなかった」

「私に話したら泣いて悲しむと思った?」

「恐らく、怒るのかなって思ったよ」

「怒るに怒れないわ。留学することは悪い話じゃないでしょう。そんなに隠していたかったの?」

「……辛かったよ。付き合い始めたばかりなのに、君に何て言おうかと考えていたんだ」

「どのくらい向こうに行っているの?」

「まずは一年。その後は親父のところで働くことにする」

「大学の単位、大丈夫なの?」

「とりあえずは。君が心配する事でも無い」

「そこは話してもいいでしょう?どうして友達には言えて私には言えないの?」

「言いそびれただけだよ」

「ソンジェ。私もあなたと一緒に傍にいたいけど一年なら我慢できる。帰ってきたらいつでも会えるわ」

「その事なんだけど、俺達……ずっと一緒にいられる自信がないかもしれない」

「だってたった一年よ?お互いに連絡を取り合っていたら寂しくなんかない。ねえ、考え直して……」

「俺だって君の傍にいたい!……でも、お互いの将来の事を考えると一緒になるには到底無理だと思う」

「何があったの?誰かに別れろって言われた?」

「違うよ。俺が決めたことだ」

「自分勝手よ。ちゃんと本当の事言って!」

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