第11話

ミリネはラヒの月命日にあたる日に、ソウル特別区の中にある納骨堂へと行き花束を添えて合掌した後、再び自宅に戻り違う衣服に着替えてから、午後からある講義のため大学に向かっていた。

バスから降りて地下鉄に向かう途中に数メートル先にソンジェとその友人たちが歩いているのをに気づいて、彼もまた彼女に声をかけてきた。


「講義終わったんだ。そっちはこれから?」

「ええ、ちょっと急ぐから。じゃあまた……」

「……ああ、やらしたな」

「どうした?」

「講堂に財布落としてきたかもしれない。先に店に行っていて」

「おい、ソンジェ!……」

「あいつ最近あのミリネって子によく声かけているよな?」

「お前気づいていていないのか?」

「何を?」

「あいつ、あの子の事が気になっているんだって」

「じゃあ告白でもしに行ったのか?」

「さあな。まあいいんじゃない?またいつものようにフラれるだろう?」


学内について講堂に向かうと後ろからソンジェがついてくるのでどうしたのか訊くと、忘れ物をしたから後をついていっているだけだと誤魔化しながら彼女の後をついていった。講堂の中に入り席に着くと、ソンジェはものを探すつもりであちこちと辺りを見回していき、そうしている間に講義が始まった。


「一応、隣座らせて」

「ええ?……分かった、少しだけよ」


しばらく経つと彼は彼女の方を向きその横顔を眺めながら見惚れていると、彼女が視線が気になるから帰ってくれと呟き、まだ一緒にいると返答して顔をほころばせながら頬杖をついて講義を聞いていた。

終了のチャイムが鳴ると他の学生たちが一斉に出ていくなか、彼女は彼に忘れ物は見つかったのかと訊いたが、ポケットに入っていたと言うと呆れた顔で席を立ちあがり早足で講堂から出ていこうとしていた。


「ミリネ……ミリネさん。待って」

「どうして嘘をついたの?」

「嘘じゃない。うっかり落としたのかと思って来たのは本当だった」

「じゃあなんで先に帰らなかったの?友達が待っているんじゃないの?」

「いいよ。あいつら、いつもの店で溜まり場としているだけだし、行っても大した話をすることもしないしさ」

「これからどうするの?帰る?」


するとソンジェは立ち止まって考えているとある事を持ち掛けてきた。


「なあ、夕飯は一人で?」

「ええ。そうよ」

「お邪魔でなかったら……家に行ってもいいか?」

「何で来るの?」

「俺さ、こう見えて料理するの好きなんだ。だから、夕飯作ってあげるから家に行ってもいい?」


ミリネは眉間にしわを寄せながら悩んだが今日だけならいいと告げると、彼は微笑んできた。


「スーパーマーケットに寄ろう。食材を買っていく」

「任せていいの?」

「ああ。食べたいものとかある?」

「そうだな……スンドゥブチゲが食べたい」

「わかった」


その後ミリネの自宅に着きソンジェは早速台所で支度を始めていった。彼女も手伝うと言い二人で調理をし、しばらくして煮込んだ鍋を開けるとコチュジャンやごま油の香りが漂っていた。食卓に鍋を置き小皿と箸を並べて早速食べていった。


「美味しい。凄いじゃない」

「良かった。不味いって言われたらショックだったな」

「家でも作るの?」

「たまにね。両親がいない日がある時は適当に作って食べているよ」

「そう。意外ね」

「友達にも家政婦みたいだって揶揄われるよ」

「ふふっ。確かにここまで作れるのだからそうかもね」

「ええ?そっちもそう思うのか?」


互いに笑い合いながら会話をしていき、食事を終えて後片付けをしているとソンジェは本棚にあるアルバムを見つけてみてもいいかと訊き、ミリネが良いと言うと取り出して見開いていった。


「この人たちって親戚の人?」

「ええ。そうよ」

「ここに写っている人って……もしかして日本人?」

「……そう。私の親類に日本人がいたの。今指さしている人が私の祖父母。日本の横浜という所から移住してきて商売をしていったの」

「何の仕事?」

「醤油の工場を経営していたみたい。その集合写真に朝鮮人の人もいるでしょう。従業員として一緒に働いていたのよ」

「強制労働ではなく?」

「うん。お祖父さんがあちこち人を尋ねていって一緒に働ける人がいないか探して見つけたらしいのよ。堅実な人だったんだって」

「あの時代に一緒に働けただなんて……ある意味奇跡だよな」

「分け隔てなく事業を継承させていくことがその当時の教えだったみたいだよ。私には敵わないことだわ」

「たしかにな。その人たちがいたからミリネも今ここにいるんだな」

「……あの、この間からずっと私の事呼び捨てで呼んでいるけど、どうしたいって考えているの?」

「できれば友達になりたい。悪くないだろう、悪いことなんて一ミリもしていないしさ」

「まあ……あなたは悪い人ではないわ。ただ図々しいところはどうかと思いますけどね、そこをなんとかしてほしいわ」

「そう言うなよ。俺は立派な善人だ。困っている人がいたら助けてあげるのが務めなんだよ」

「おかしな人。でも楽しい。良いわよ、友達になりましょう。この間の洋服を買ってくれたことも感謝しているわ」

「あれからあの人たちとは会わない?」

「ええ。しばらくは見ていない」

「本当に会っていない?もしかしたら気づかないうちにすれ違っているかもしれないぞ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る