第10話

翌週の昼、学食で食事をしている時に三人の女学生がミリネの元にやってきた。その後講堂の裏手にあるところに連れていかれると、突然肩を強く叩きつけてきたのでミリネが抵抗すると、彼女たちが啖呵たんかを切ってきた。


「ジンソク先輩と付き合っているってどういうこと?」

「付き合ってはいない。ただ時間がある時に小劇場に行って彼のお芝居を観に行っているだけよ」

「嘘をつかないで。この間劇場の近くにあるお店にあなたたちが二人で一緒にいるのを、見た人がいるって知ったわ」

「その日は一緒だっただけよ。次の講義に間に合わないから帰して」

「嫌よ。あんたさ、学校中でも性悪な人間だって噂があるのよ。そんな人に先輩と会っているなんて卑怯よ」

「馬鹿みたい。いいからここを通して」


すると一人の女学生がミリネに向かって持っていた飲み物を頭の上から思い切りかけて笑い出した。


「今日はこれで大目に見ておくわ。次にあなたたちが会っているのを知ったらもっと痛い目に遭わせる。覚悟しておきなさい」


三人は逃げるように立ち去り、ミリネは近くのトイレの洗面所でタオルで頭を拭いていった。講義を受けた後に、物悲しいそうに歩いている彼女をソンジェが見かけて声をかけてみたが、振り向いた後彼の顔を見てはそこから走っていった。

彼も急いで追いかけて手を掴むと、涙目のその表情に彼は何があったのか訊いていた。彼の行きつけのレコード店に行き、カウンター席で話を聞くと、日中にあったことを告げると彼は感情的になり誰がやったのかと聞いたが教えられないと彼女は答えた。


「自分でどうにかできる話じゃないだろう?そんな子供じみたことをして恥を知れって言い返したい。相手は誰なんだ?」

「本当に大丈夫。私がその先輩に会わないのなら済む話だから、ソンジェさんは気にしないで」

「ミリネ!」


彼は大声でその名前を言うと彼女は目を丸くして含み笑いをした。


「どうして笑える?そういう風に余裕なんかないだろう」

「初めて……私の名前を呼び捨てで呼んだ。面白い人……」

「とにかく今度その人達に会ったら僕からも止めるように告げる。ミリネ、約束しろ」

「分かったわ。そうムキにならないで」

「服にジュースが染み付いているな」

「まだ平気よ。講義も終わったから帰るだけだし」

「なあ、時間あるか?」

「どうして?」

「ここから大通りに洋服店がある。一緒についてこい」

「だから大丈夫だって……」

「いつまでも意地を張るな。いいから行くぞ」


ソンジェはミリネの手を引いて洋服店に行き、何軒か見回していき目についた店へと入っていった。彼は好きな服を選べと言うと、彼女も渋々になりながら服を手に取っていき、会計を済ませてから試着室で着替えてくれと言うと言われた通りに彼女が着替えていった。

その後、店を出てしばらく歩いていると再びくすりと微笑み出したので何かおかしいかと問うと、彼女はずっと手を繋いでいると言ってきた。


「地下鉄まで送る。それまで離すなよ」

「はい」


ソンジェの誠実さにミリネもまた惹かれていっていた。自宅に着いて部屋着に着替え、彼女は汚れた服を浴室で洗い流し、部屋の窓のカーテンレールにハンガーで服を吊るした。その隣にかけてあるソンジェが買ってくれた洋服を眺めつつ、膝を抱えて頭をもたれて、自然に胸が高鳴っては彼の存在が彼女の中で大きくなっていっていた。

机の上に置いてあるラジカセにテープを入れて再生ボタンを押すと、いつか彼が仲間と一緒に歌っていたあの洋楽が流れてきて、それに合わせて彼女も口ずさんでいた。しばらくすると電話が鳴ったので受話器を取ると、ジンソクからかかってきた。


「今日劇場に行って二次審査を受けてきたよ」

「結果はどうだったんですか?」

「入団が決まったよ。凄く嬉しくなってすぐに君に連絡しなきゃと思って電話をしたよ」

「おめでとうございます。良かった、私もホッとしている。ご両親にはもう伝えたんですか?」

「ああ。とりあえず頑張ってって言っていた」

「やっと明るい声が聞けてよかった。先輩、結果が来るまで寂しそうな声をしていたから」

「そうかな。まあずっと色々考えていたからね。ミリネ、次の公演が決まったんだけど観にきてくることはできそうかな?」

「ああ……うん。今度の作品ってどんなものになるの?」

「歴史ものだよ。韓国軍が日本軍を撃退するストーリーになるんだ」

「えっ……それって悲しい話?」

「何言っているんだよ。大昔この国に日本人が支配下にして僕たちの祖先が大変な目に遭ったことは知っているだろう?その中で韓国軍が攻めていくっていう流れになるんだ。必ず観に来てくれて。損はさせない。作家や演出家の人も力をいれているんだ。良いだろう?」

「分かったわ、考えておく。また私から連絡するから。……じゃあまたね、おやすみなさい」


天井の照明を消して布団に入り、しばらく祖父母の事を思い出していた。彼らが事業のために懸命に生きてきた時代を彼女は聞かされてきた身なので、ジンソクの話した事にあまり触れたくはないと考えていた。やがて瞼が重くなり静かに眠りについていった。

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