第6話

匿った目的を執拗に問われていったがジョンソクはイェジンを何の疑いもなく従業員として扱っていたと話した。しかし、彼の意見には同情することもなくスパイそのものと同様に該当されるものだと告げられるとジョンソクは反発して、嘘などついていないと訴えた。

一向に微動だにせず軍事官らは彼を容疑にかけ収監するように部下に下すと、取調室から出ていきその地下にある牢の中に入れられると、軍事官らからむちなどで暴行を加えられ容赦なく虐待され続けていった。


「頼む。助けてくれ……」

「ソ・ジョンソク。お前もなかなかしぶとい奴だな。どこでそのような力を身に着けてきたんだ?」

「日本に……日本に帰らせてくれ」

「馬鹿なことを言うな。貴様は祖国を捨ててこの地に来たんだろう?在韓の身であるのに安泰して日本に帰化できるとでも思ったか?」


軍事官の嘲笑いが牢の中を響き渡る。意識が朦朧とするなかで彼は軍事官の足に食らいついて見上げては睨みつけた。


「そうか。貴様、生き地獄を見たいのか。ならば他の捕えている日本人とともに野晒しの身にでもしてくれてやる」


身体を足で蹴り上がられて床に叩きつけられて仰向けの状態で天井を見つめるジョンソクは、両親やラヒの事を考えていたが、傷跡が深く身体に沁み込んで思うように身動きが取れずにその場で目を瞑った。

数時間が経ち一人取り残された彼はふと目を覚まして何度か人を呼ぼうと連呼していった。すると、数名の軍事官が来て彼の身柄を取り押さえると牢の外に連れ出していった。



更に一週間が経ち、ラヒは家族とともに京城府の郊外にいる処罰を受けた日本人の中にジョンソクがいないか探しに来ていた。近くにいた警備隊に声をかけてジョンソクの名前を伝えるとついて来いと案内されて、その敷地の奥にある広場に処刑台の一角に吊るされているある人物の姿を発見して愕然となった。体中が血まみれになり顔の半分以上に切り傷がついているジョンソクの姿がそこにあった。ラヒは声を震わせながら彼に声をかけていった。


「隆司さん……隆司さん……!」


その声に気がついたのか彼は彼女を見つめるように微笑んでいた。そして彼は今ある力を振り絞るように次の言葉を発していった。


「私は、この国に来て命のありがたみや尊さを思い知った。だがこの国は我ら日本人が野蛮にしか思えていなくて、決して人間扱いなどしてはくれない。しかしだ。ここに愛する者と築いてきたものが数えきれないくらい手に入れたことには誇りに思う。必ずや、必ずやこの国の者たちに我が祖国の敬愛たる絆を思い知らせてやる。日出ずる国の義勇奉公を祈祷して……日本国、万歳!……万歳!……」


しばらくすると彼はぐったりとして動かなくなり、ラヒは何度も彼に声をかけたがそれに反応することはなかった。


「こんな姿になってしまって……皆にはどう知らせればいいのか」

「お母さん。彼を助けて欲しい。まだ生きているわ。どうやったらあの台から彼を下ろせるの?!」

「ラヒ、しっかりしなさい。もう後戻りできないわ。これがあの人の運命だと受け入れるしかない」

「嫌!諦めたくないわ……!」

「あとの事は私たちで引き受けることにしましょう。工場も彼の意思を継いで後世に残れるようにしていくのよ」


ラヒは血の気が抜けたように表情が暗くなり、動揺を隠せないままその場から立ち去り、彼女を支えている母や同行していた家族とともに大田へと帰っていった。三週間ほど経過したある日、事務所内で従業員たちが騒然としている様子でいたので、もう一人の従業員が駆け寄ってみるとラヒが床に倒れていた。


「おい、何があったんだ?」

「奥様がさっきから具合が悪くなってずっと吐き続けているんです」

「ラヒさん、どうかしたのですか?とりあえず椅子に掛けましょう」

「……ごめんなさい。ここ数日ずっと調子が良くないの」

「食事は取れていますか?」

「ええ。ただ、匂いを嗅いだだけでもすぐに吐き気がして、なんだか敏感になっているわ」

「あの……それってもしかしたら妊娠しているんじゃないですか?」

「私が?妊娠?」

「はい。社長と暮らすようになってから何か家で変わった事とかありませんでしたか?」

「そうね、もしかしたらのその可能性もあるかもしれない」

「私、一緒に病院についていきます。とりあえず今日はこのまま家に帰ってください」

「まだ仕事が残っているわ。まだ頑張れるから大丈夫よ」

「ラヒさん。あとの事は俺たちに任せてください。さあ、立ってください」


ラヒは彼らに支えられながら工場から出て自宅へと帰ると、ジョンソクの母がリビングに来ていた。顔色の優れない彼女を見て訊いたところ、彼の子を授かっているようだと告げて、母親もまた医者に診てもらった方が良いと言ってきたので後日行くことを決めた。


ある夕刻の時、病院から帰ってきたラヒは同行した従業員とともに笑顔で話していたので他の従業員らが声をかけると、彼女のお腹にジョンソクとの子を授かっていることが明らかとなった。皆は彼女を囲んで歓喜の声をあげていた。


しかし数日後大韓帝国の政府からラヒ宛てに通達が届いてジョンソクの死亡が確認されたとの連絡を受けて彼女は醤油蔵の隅の方に行き、一人声をあげて泣いていた。その後仁川へ行き政府が管理する警察庁の地下にある安置所で身元の確認をするとジョンソク本人で間違いないことが確認できた。


彼の顔を眺めながらラヒは二人の間にできた新しい命を授かったことを告げ、彼と出会えたことに感謝すると涙を流しながら呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る