第三話 幸福
目が覚めると、笑えなくなっていた……正確には笑うための原動力が消えている。今まであった楽しかったこと、これからの人生の些細な楽しみ、それらを幸せと感じられなくなってしまった。今になってようやくわかった。自分が無意識のうちに幸福感に依存して生きていたことに……失って初めて幸福感の大切さに気が付いた。考えるほど悲しく、むなしくなっていく。動く気力がなくなり、もう一度布団にもぐりこんだ。見慣れたボロボロの壁や畳の色も、色が抜け落ちて、白黒になってしまったようだった。
その後、幸福感を取り戻そうと、もう一度掲示板を開いてみるも、幸福感を売っている人はいなかった。背に腹は代えられないので、あの男に電話を掛けた。
「あの、やっぱり幸福感を返してもらえませんかね」おそるおそる聞いてみた。
「……いいでしょう。では同じ時刻、同じ場所に来てください」そう言うと電話を切られた。あと一時間しかない。急いで服を着替えて、外に飛び出した。
太陽が俺を照らす中、公園につくと、男はまたブランコに乗っていた。俺に気が付くと、寄ってきて口を開いた。
「払い戻しなので追加料金や、手数料を含みます。四百万円でどうでしょう」さらっと言われたが、言ってる意味が分からなかった。
「……四百? それはいくら何でも」慌てて言い返した。
「じゃあ、契約はできません。掲示板で探してください。まあそんな人いないと思いますが。さようなら」男から笑顔が消えて真顔で言われた。そのまま公園を後にしようとしている。
「待ってください。少しでいいので安くなりませんか」彼の片腕を取り懇願した。
「……ならば、あなたのあるものをいただければ二百五十万円にしましょう。これ以上はなしです」また笑顔を作って言ってきた。
「なんですか?」次は失敗しないように、慎重に聞く。
「ここ二日間の私に関する記憶です。お客様から見て私がどう映っているのか、参考にしたいので」男が笑顔で淡々と話す。
「まあそれなら……それで幸福感が戻るのなら安いもんだ。これさえあれば、前向きに生きられる」自分を納得させるために唱えると、さっきよりも自然な笑顔で、
「では契約成立です」と言ってきたので握手をして家に帰った。
夜になり布団に入ると、明日には幸福感が帰ってくるのだという実感がわいてきた。でも、なぜ記憶が欲しいのだろう。アンケートでも取れば解決するのに……しばらく小さい窓をのんびり見ながら考えていると、一つの恐ろしい結論に至った。記憶にない請求書と、記憶の売買……まさか……その時、時計の針が三本とも真上を示した。
「あれ、何考えてたんだっけ……まあ、いっか。寝よう」そうつぶやくと、そのまま眠りについた。
目が覚めると、ポストに見覚えのない請求書が届いていた。金額は――
記憶バイバイ 三京大、 @Muneyama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます