True Ending

最後まで、分からない

 真実を知った時。


それが、どんなに醜悪なものでも、あなたは受け入れられるだろうか?


少なくとも私は――受け入れられなかった。






 2023年9月7日。

『literary-café Atrare』の前。


そこに私は、佇んでいた。

そして――


「……詩織ちゃん?」


店の中から、一人の男性が出て来る。


「あ、日向さん。こんにちは」


「ああ、こんにちは。まだ開店前だけど……入る?」


「……あ。それじゃあお言葉に甘えて」






 いつも通り、窓際の席に座る。


「小説、2話まで読んだよ」


「小説って……ああ、僕のか。ありがとね」


日向さんは嬉しそうに笑った。


「実はもう全部完成してるんだ。予約投稿っていうのを使ってみたくて――9日に1話、10日に2話分の予約もしてる。それで全てだよ」


「うん。それで――ちょっと話したいことがあって」


「ん……?」


少し強引な切り出し方だったが、気にしない。


「事件の犯人について、話がしたいの」


「え……」


「"吉祥寺の作家殺し"。その犯人が、一体誰なのか……」


声が震える。


今から自分が話そうとしていること。

それは全てを覆すような――ただ一つの真実。


思い切って、口にした。






「日向さん――あなたですよね?」






空気が硬直する。

目の前が歪んだような錯覚を覚える。


彼は驚いたような顔で、立ち尽くしていて。


それでも構わず私は続ける。


「……おかしいと思ってました。ずっと、腑に落ちなかった。琴夏さんのこと」


彼女を犯人と断定するには、あまりにも証拠が少なかった。


「だから琴夏さんとの会話を、自分なりに、頭の中で何回も反芻したんです。なにかおかしな所が無かったかどうか」


琴夏さんが居なくなるその日までの会話。


「そして――違和感に気付いたんです。でもそれは、彼女のじゃない。の言動に強い違和感を感じました」


「……どういうことかな?」


日向さんは、涼しげに笑った。


「……あなたは、誘導をしていたんです。事件が思った通りの方向に向かうように」


「誘導……?」


「ええ。例えば……動画サイトのコメント欄に、あなたを犯人だとする謎のコメントが投稿された時」


あの時も、みんなで事件のことについて話し合っていた。


「みんなが危険に晒されてるかもしれない――そんな話になって、明彦さんは警察に相談することを提案しました。でも……あなたは、"犯人に逆上されるかもしれない"という理由で、それを止めた」


「……」


「あの時は気が気じゃなかったし……それで納得したけれど。見方によっては、警察に相談することが日向さんにとってなにか不都合みたいな――そんな風に聞き取れます」


それから、他にもおかしな点があった。


「あなたはなぜ、この事件のことを小説にしようと思ったのか……」


「それなら言ったはずだよ。事件のありのままを伝える為だって」


「いいえ――それは、嘘」


私はきっぱりと言い切った。


「そもそも前提が違った。あなたは、事件のことを小説にしたんじゃなくて……」


(そう、日向さんは――)


「――


「……」


「『東雲通りの文学喫茶』、紹介文の最後――あなたはこう綴っている。"自信作です"……と」


「それが、何か……?」


「事実を伝える為の作品だったはずなのに……この文言は、おかしいと言ってるんです。これじゃまるで――だ、みたいな言い方じゃないですか」


「……」


そして、もう一つ。


「最後に……琴夏さんの部屋から見つかった犯行声明文。昨日、明彦さんが捜査協力で読ませてもらったらしいんですが」


「……」


「あなたが書いた小説の原稿の文字と、犯行声明文の文字――驚くくらい似ていたらしいです」


おそらく筆跡鑑定をすれば丸分かりだろう。


「桐谷日向さん。あなたが――この事件の、真犯人ですよね?」


私は、大きな声でその言葉を突き付けた。

すると――


「……お見事だ、詩織ちゃん。君のその鋭い推理は一体、どこで培われたんだ?」


飄々とした調子で言った。

私の方も、真実を告げなきゃいけない。


「……私の父親の影響です」


「父親……?」


「田邊一郎。それが、父の名前……」


その言葉に、彼は大きく口を開いた。


「父が殺される前の連絡、この喫茶店で途絶えていたんです」


「それで……そうか」


「私がここに学校をサボってまで来た理由――やっと分かりましたか?」


彼は静かに頷く。


「ここに、個人的な調査をしに来たんです。何か事件の手掛かりがあるかもしれない……そう思って」


「……」


「最初、私は……同業者の作家の先生か誰かに殺されたんじゃないか、と睨んでました。明彦さん琴夏さんはもちろんのこと、あなたのことだって1ミリも疑っていなかった」


「でもそれじゃ……どうして、苗字を偽ったんだ?」


「それは、ここで――田邊一郎の娘として過ごすのは危険だと思ったからです」


例え相手が、どんなに信頼している相手でも。

自分の情報がどんな形で漏れ出すか分からなかったからだ。


「日向さん。あなたの動機はいったい?」


「……復讐だよ。田邊先生へのね」


「え――?」


「尊敬していた先生に、自分の作品を貶された気持ち……詩織ちゃんには分からないだろ?」


「まさか……」


「そう。僕が参加した年の、小説コンテストの選考委員――田邊先生だよ」


衝撃が走る。


「僕のプライドは滅茶苦茶になった。だから――サイン会の時、殺そうとしてやろうと目論んで。そんな時、明彦に出会った……」


「……」


「まあそれは良いんだ。とにかく――この事件はそんな先生に対する、完璧な復讐。僕の作品を貶した先生自身を事件に取り込み、自作自演で世間の注目を集めて、僕の小説は評価を得る――」


「……」


「そして――誰かに、僕が犯人だと暴いてもらうところまで想定済みだ」


「え……」


突然、彼は自分の頭に拳銃を構え。


「"吉祥寺の作家殺し"事件は――"作家"の死によって、幕を閉じる――!!」


私は咄嗟に彼の元へ駆け寄り――


「ふぐ……っ」


鳩尾に、強烈な膝蹴りをお見舞いした。


倒れ込む彼。


「あなたは作家なんかじゃない……ただの、人殺し」


「……」


「ちゃんと、罪を……償って」






 2023年9月10日。


琴夏さんは、日向さんの家に身柄を拘束されていた。幸い、命に別状はなく。


彼はひたすら……自分の正体が暴かれることを待っていたと言う。


そして、私の父が昔書いたと言う、日向さんの作品へのコメント。

出版社の方に協力してもらい、特別に取り寄せてもらった。


確かに、厳しいコメントが書かれているのが分かった。でも、最後の一行――


『ただ、他の作品にはない、素晴らしいオリジナリティがあります』


そう、書いてあった。


「……バカ」


『小説は最後まで読まないと分からない』――そう言ったのは、日向さん……あなたでしょう?





特別にアカウントへログインさせてもらって、ここまで真実を書きました。




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