白ヤギ不動産

糸乃 空

第1話 グリーンハウスがよろしいですか?

田中隆は、心底疲れ切っていた。就活は上手く行かない、焼肉屋のバイトは忙し過ぎる、1人でずっと頑張ってきたけど何もかも急に嫌になった。

何よりこの暑さだ、もう40日以上雨が来ない、地面は乾ききり俺ももう干上がりそうだ暑い……。


つま先が弾いた石が転がった、カランカラン、カツン、と当たった先には明かりがもれるガラス戸がある。

こんなところに店あったかな、こじんまりとした白い建物には、申し訳程度の看板が付いている、文字が消えかかっていて、辛うじて不動産と読めるぐらいだ。


通り過ぎる間際、チラリ視線を飛ばしてみる。ん??白い何かがいた。足を止め、確認のために視線を向けると、ガラス越し、店内の1番奥から、椅子に腰掛けた白いものが、、前脚と思われるものをぷらぶら前後に振っていた。あれは、おいでおいでをしてるのか?


しっかり足を止め目を凝らす、間違いないあれはヤギだ……。ふらり吸い込まれるようにガラス戸に手をあて店内へ足を踏み入れる。とたんにめぇめぇと騒がしい声、足元に広がるふかふかの芝生、俺は混乱した、ここに踏み込むべきではなかった。くるり引き返そうとすると、目の前の白いテーブルを何かが駆けてくる。


それはまるでタワシのような、ハリネズミだった、小さな籠を首からぶら下げており、注意書きと思われるメモが入っている。

「こちらを召し上がりください」

籠の中には、緑色をした光沢があるキューブ状のものが詰められていた。飴のようなものだろうか。

恐る恐る、ひと粒手に取り、そっと口へ放り込む。

「!!!」

余りにも爽やかな、ミントのようなハーブのような風味が一気に鼻を抜けてゆく、途端にめぇめぇと聞こえていた鳴き声が言語として耳に飛び込んできた。


「大当たりカランカラン~住まい探しならお任せを、緑豊かなあなたにぴったりの住まい探しに寄り添います」


椅子に腰掛けたヤギが蹄にはさんだ鐘をならし、先端がふさふさした尻尾を、ぴたんぴたんしながらこちらを見ている。


いや俺は住まいなんか、、「探していないのは知っていますよ、それでも人間には居場所というものが必要だ。違いますか」


お前なんかそれらしい事言ってくるけどお前ヤギだし草でも喰ってろ。


「草はすでに喰っています、なんならいつでも食べられますしお望みならあなたもいかがですか、さあ新しい物件を見に行きましょう」

緑色の草を口いっぱいに頬張りながらヤギが素早く何かを飛ばしてきた、カチ!え、何これ、腰に何か巻かれた、、リード!?これリード!?俺拉致られた!?やべぇ逃げなきゃ


「心の声ががたがたうるせえぞ、これは君の安全確保のためだ黙れ」凄んでくる声の主を探した、危うく踏むところだった、さっきの可愛らしいハリネズミが、サングラス越しにこちらを見上げてくる。くっそ俺の心中読むんじゃねぇよ


おもむろに口髭を撫でた白ヤギが、キェーと奇声を上げながら蹄を振り上げ、見るからにやばそうな赤く点滅するボタンに添えられた。

「ミッションA、プログラムBへ移行する」

「なあ、ひとつ聞いていいか。それなんのミッション?その赤いのは何?」

「特に意味は無い、かっこよく見えるかと言ってみただけだ。ただ、赤いボタンはな」

ニヤリとしたヤギの蹄がゆっくりと降ろされる。カチッ。


ふさふさした芝生の足元が消え、何もない空間が瞬時に広がり不意に現れた重力、落ちる!

これが墜落というものか、地面まであと何秒、思えば対した人生じゃなかったしな、ヤギと心中も悪くねぇか


「と思ったでしょ」


ハリネズミの声が聞こえて落下のスピードが緩やかになり、腰ベルトがキュッと引かれたと思うと、ストンと地面に下ろされた。

ヤギがベルトの端を引き、ハリネズミがくるくると回収している。

どこから引っ張り出したのか、器用に鞍をかぶったヤギが目の前でぴたりと止まる。


「私の背中にお乗りください」


割れるようなセミたちの声が耳に飛び込んできた。なんなんだよホント、訳わかんねえよ、ぼやきながらヤギの背中にのると、ハリネズミのヤツが図々しく肩に乗ってきた。


ふと顔をあげると感じた違和感。俺はこの景色をしっている……。ここは、この土手は確か、見覚えがある、子供の頃に遊んだ場所だ、あ、あの公園は昔住んでいた家の裏にあったはず、あれは確か……


ゆっくり進む景色を前に、記憶を巡る、この頃はまだ両親が生きていたはず、、ヤギから飛び降りて走った、淀んだ川を右手に土埃をあげながらひた走る、父さん母さん元気か、先に逝くなんて思っていなかったろう、会えるのか会えないのかこの橋を渡れは家がある、自身の跳ね上がる鼓動と共に庭先へ転がりこんだ。


縁側には食べかけのスイカとラムネ瓶。金魚模様の風林がチリンチリンと揺れている。父さんと母さんと過ごしたころの幼い記憶、それは短くとも幸せな記憶たち。

パタパタと小さな足音がする、思わず塀の影に隠れると、縁側に2人、並んで座る姿が見えた。あれは母さんと俺だ、、、ふと湧き上がる感情、込み上げる温かな涙に視界がぼやけてゆく。


そっと肩を叩かれた、振り向くと白い動物の縦長の目がこちらをじっと見ている。


「時間です」


─────────


目を開けると、ふかふかの上に転がっていた。

ハリネズミが、心配そうな顔で覗きこんでいる、案外いいヤツなのかもしれない。


何が起きたのかは、本当のところはわからないけれど、何かこう、もう少し頑張ってみようと思える自分がいた。顔を右に向けると、ヤギが草を食べるのをやめて口を開いた。


「グリーンハウス」

「グリーンハウス?」

「心の拠り所となるような住まいのことです」

「そうなの?」

「今考え付きました」

まさかの思いつき!


「それでも我々は、本当に求める人がいるなら提供する準備が出来ています。君に将来、大切な人が出来たらまたいらっしゃい。君だけのグリーンハウスを」


ヤギに手を引かれ立ち上がると、靴についた土埃をハリネズミが払ってくれていた。やはり、いいヤツなのかもしれない。


「それではお会計でーすカランカラン」

ヤギが唐突に鐘を鳴らした、え、金取るの?鐘だけに??違、いやちょっ、待っ

「クソガキが、当たり前だろーがこちとら慈善事業じゃねんだからな」

ハリネズミが足元でオラオラしてくる、真っ黒だわ、腹黒の極みだわ!


「草刈りです」

「は?」

「お支払いは草刈り8時間」

「ふつーにフルタイムじゃねーか!熱中症アラートって知らねーのかよっ」



夏の夜、今日も街角でひっそりと、白ヤギ不動産は営業しています。




















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白ヤギ不動産 糸乃 空 @itono-sora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ