特別な夏祭りを君と。

藍沢 紗夜

特別な夏祭りを君と。

 夜の近付く薄明かりの中、私は決意を胸に、提灯の明かりが並ぶ方へと踏み出した。夏祭りの音頭や囃子が近付くほど、心音も高まっていく。暑さのせいだけではない汗が垂れるたび、ハンカチで額や首元を拭いた。何度も確認した薄桃色の浴衣が、気合を入れてセットした髪が崩れていないか気になって仕方なくて、何度もスマホのカメラで確認してしまう。だって今日は、私の人生の分岐点と言っても過言ではないのだから。


 待ち合わせ場所の鳥居は、大勢で賑わっていて、とてもではないが、幼馴染の彼を探し出せるような状況ではなかった。

 慣れない下駄をからから鳴らしながら、必死に待ち人を探す。背の低い私にとって、この人混みを歩くだけでも一苦労だったけれど、それでも探さずにはいられなかった。

 ふと背後から腕を引かれて、驚いて振り向くと、探していたはずの彼がそこに立っていた。

「涼夜くん」

「動かずに待ってたら良かったのに。僕の方が背が高いんだから」

「それは、そうだけど……」

 一刻も早く会いたかった、なんて言えるほどの度胸はなくて、早鐘のように高鳴る心臓を押さえながら、私は俯いた。頬が熱くなるのを感じる。

「大丈夫?」

 顔を覗き込まれて、慌てて後退る。そしてすぐに、今のは失敗だった、と落ち込んだ。感じが悪かったかもしれない。

 今日こそは、勇気を出して想いを伝えようと決めたのに、こんな調子で、大丈夫なんだろうか。

「大丈夫だよ。ねえ、早くお祭り周ろう」

 早口でそう言って、私は彼の袖を引いて、屋台の群の方へ歩き出す。

「え、あ、うん」

 涼夜くんは戸惑いながらも、すぐに私の横に並んで歩き出した。


「珍しいよね、咲の方から誘ってくるなんて」

 涼夜くんが不思議そうに言った。

「そ、そうだね……」

 たしかに、幼馴染を十年以上やっていて、私から何かに誘ったのは初めてだ。そもそも、ここ何年かは、関わることも少なくなっていた。せいぜい、親同士の交流に付き合わされるくらいだ。

「久々に二人で遊びに来られて嬉しいよ」

 しみじみとそう言う涼夜くんの言葉は、どうやら本心らしかった。気恥ずかしくて、私は顔を逸らす。

「そ、そっか」

「咲、今日はやけによそよそしくない?」

 怪訝にまた顔を覗き込まれて、思わず距離を取る。全くこの人は、距離感というものが子供の頃から変わらなくて困ってしまう。

「……ねえ、そんなことより、射的でもしよ」

 偶然目に入った射的屋を指差して、私は話を逸らす。これ以上は、心臓が保ちそうになかった。

「お、射的。じゃあ、勝負でもしようか」

 昔やったよね、と彼は子供のようににやりと口角を上げた。

「負けた方が奢りね。わかった」

 私は真顔で頷いた。一回五百円の射的、二回分払うとなると、高校生の財布にはなかなか厳しい。いくら想い人との対決とはいえ、譲るわけにはいかない。真剣にやらなければ。


 決意も虚しく、私が当てたのは水色のクマの形のケースに入ったシャボン玉のみ。対して彼は、目玉商品の最新のゲーム機を当てて、周囲までざわつかせていた。

「これ、欲しかったんだよなぁ、まさか取れるとは思わなかったけど」

「……良かったね……」

 私は財布から千円札を出して、溜息を吐いた。なぜ射的を選んでしまったのか。シューティングゲームの感覚で行けるわけなかったのに。

 でも、嬉しそうにゲーム機の箱を眺める彼を見ていたら、なんだかどうでも良くなってきた。

「それ、何のゲームなの?」

「いや、これは本体だから、ソフト買わないと遊べないけど。今度買ったら、一緒にやる?」

 ナチュラルに家に誘われて、どきりとする。いや、彼に限って他意はない。私はまた、溜息を吐きたくなったが、額に手をやるのみで堪えた。

「……? どうしたの、頭痛い?」

「なんでもない。物によるけど、私でも出来そうなら誘って」

「うん。一緒に出来そうなやつ買うよ」

 無邪気に頷く彼の姿に、また胸が苦しくなる。

 彼からどう見られているのか、分からない。兄弟か何かとしか思われていないのかもしれない。どんどん自信がなくなって、振り絞ってきたはずの勇気も萎んでいく。

 告白なんか、出来るのだろうか。このままでいられたら、それでいいんじゃないのか。

 だめだ、と頬をぱちりと叩いた。ぎょっとしてこちらを見た彼に、私は宣戦布告する。

「負けてばっかりじゃ悔しいから、もう一戦しよ。次は金魚掬いね」

「ええ、僕、それ苦手なんだけど」

「知ってる」

 手にしていたシャボン玉を首から下げて、私は意気揚々と歩き出した。

「私も別に、得意じゃないけどね」

「嘘だ、僕に嘘は通用しないよ」

 大きな歩幅ですぐに私に追いついた彼が、不満そうに漏らすのを、私はふふ、と不敵に笑って流した。

 くよくよしても仕方ない。ここで勝って、自信を取り戻さねば。


「はい、兄ちゃん、ゼロ匹ね」

「うげ、こんなので金魚取れるわけないって……」

 顔を強張らせる彼を横目に、私はひょいひょいと金魚を掬う。

 十匹に達しようとしたその時、ポイが破れて使い物にならなくなってしまった。

「姉ちゃんは九匹。惜しかったな、もう少しで今日の最高記録更新だったのに」

「今日の最高記録って?」

「二十匹だ」

「全然もう少しじゃないじゃないですか!」

 くっくっくっ、と愉しげに笑う店主と一緒に、涼夜くんもお腹を抱えて笑っている。何がおかしいのやら、分からないけれど、とにかく勝ちは勝ちだ。

「金魚は持ち帰るかい?」

「いえ、リリースで」

「そう、じゃあ参加賞にこれ、持っていきな」

 店主が差し出したのは、駄菓子のセットだった。せいぜい百円程度だろうか。ケチだな、と思いつつ、何もないよりはマシか、と受け取る。

「兄ちゃんは無しな。二人で分けて食べな」

「えっ、無しですか!?」

「そもそも子供向けに用意した菓子だよ。大人には渡さん」

 二人は半分大人みたいなもんだろ、と店主は軽快に笑う。涼夜くんは不服そうにしながらも、「まあ僕にはゲーム機があるし……」とぶつぶつ言いながら、二人分のお代を手渡す。

「じゃあな、楽しいデートになるよう祈ってるよ」

「「デートじゃないですから!」」

 二人して手を左右に振って否定するも、店主はニヤニヤと「まいどありー」と言って、私たちを追い出した。


「……なんか、疲れたな」

「奇遇だね、私もちょっと、疲れちゃった」

 先程の店主の発言には触れずに、やや距離を置いて二人、屋台の続く道を歩く。

「そういや、何も食べてないよね。何か食べようか」

 涼夜くんがそう言った途端、私のお腹が、きゅるる、と小さく鳴った。頬を赤らめる私に、ははっ、と声を上げて彼は笑った。

「仕方ない、ここは僕が奢ってやろう」

「え、本当に?」

 驚いて顔を上げると、彼は目を細めた。

「うん。だから、休んでなよ。こっち、座れるところあるから」

「え……」

「咲、自分の足元、見てみて」

 そう言われて足を見ると、下駄の紐の摩擦で指が少し擦れている。

「痛くないの、それ」

「意識すると、痛いかも……」

 先程までそれどころではなくて、気付かなかった。足先をまじまじと見つめる私の腕を自分の肩に乗せて、彼はベンチの方に移動する。

「え、ちょ、自分で歩けるよ!」

「だめ。花火も、帰りだってあるんだから、少しでも摩擦減らそう、ね?」

 そう言われるとぐうの音も出ず、渋々身を任せる。恥ずかしくなって、鼓動がまた早くなる。

「ほら、着いた。絆創膏とか持ってる?」

「それは、持ってる……」

 私を座らせて、立ち上がった涼夜くんは、私の顔を見るなり、目を見開いて、そのまま目を逸らした。

「……? 涼夜くん?」

「……食べ物、何食べたい?」

 明らかに目が合わない彼の顔を覗き込むと、頬がほんのりと染まっている。慌てて私は自分の頬に触れた。火照っている。

 気まずく思いながら、私は思い付いた食べ物の名前を口にする。

「えっと、お好み焼き」

「……けっこうがっつりだね」

 軽口を叩いて、彼は去っていった。


 遠くなる彼の背中を目で追いながら、まだ冷めない熱を、持ってきていた扇子で必死に冷まそうとする。しかし、心臓はバクバクと鳴り、収まる気配はない。

 まさか、涼夜くんも意識している? あの涼夜くんが?

 期待したくなってしまう心を、どうにか封じ込めようとする。

 期待しちゃ、だめだ。涼夜くんはモテるのに、一度も恋人がいたことがない。つまり、そもそも恋愛というものを理解しているのかも怪しいのだ。あの距離感も、昔から変わらないところから考えて、おそらく幼馴染だからというだけだし、そもそも私に気があるなら、一度くらいは浴衣を褒めてくれるでしょうに……。

 もやもやとしていると、不意に「ねえ」と見知らぬ声が聞こえた。俯いていた顔を上げると、大学生くらいのチャラめの男の子の三人組が、私を囲んでいた。

「君、一人なの? 俺たちと遊ばない?」

「え、えと、人を待ってるので……」

「そうなの? でも全然来ないじゃん。見捨てられたんじゃない?」

 何を根拠に、と思ったが、たしかに戻って来るのが遅い気がする。お好み焼き屋なら、そう遠くない場所にあったし、そこまで並んでいる感じはなかったのに。

「……そう、なんですかね」

「どう考えてもそうっ……痛え!」

 突然悲鳴を上げたその人の背後には、見たこともないような冷たい顔をした涼夜くんが立っていて、その人の腕を捻り上げていた。

「……誰が、誰を見捨てたって?」

 そう言って腕から手を離した涼夜くんは、私の腕を引き、「これ、持って」とビニール袋を手渡すと、いきなり私を抱き上げて歩き出した。

「悪いけど、こいつ、俺のなんで」

 呆然とするチャラ男たちに吐き捨てるように言い残し、彼は屋台の並ぶ通りを離れ、脇道を進んでいった。


「……涼夜くん、ねえ、涼夜くんってば!」

 話し掛けるも、無視される。もしかして、私にも怒ってる? 私が、ナンパの対応も上手くできないような、ダメな人間だから……。

 落ち込んでいると、ふと彼が立ち止まった。

「咲、一人にしてごめん。もうこんなことにならないように気をつける」

 ぼそっと呟かれたその言葉に、私は呆気に取られた。

 なんだ、怒ってたわけじゃないんだ。責任、感じてるのかな。

「……えと。助けてくれて、ありがとう。それと、もう降ろしてくれていいよ?」

「嫌なら降ろすけど。けっこう坂だから、嫌じゃないなら、このまま行こう」

「……重くないの?」

「僕のこと、そんな貧弱だと思ってるなら、大違いだから」

 涼夜くんは小さい頃は空手を習っていたし、今は弓道をやっているし、貧弱だとは思っていないけど……。

 スタスタと歩き始めた彼は、何でもなさそうにけろっとしていた。

「人目もないし、恥ずかしくないでしょ」

「えと、人目がなくても、ちょっと恥ずかしいかな」

 流石に、好きな人にお姫様抱っこされて、恥ずかしくない人っていないと思う。

 涼夜くんは相当驚いたのか、また立ち止まって、私の顔を見て、目をぱちくりとさせた。

「……恥ずかしいの?」

「……うん」

 私は顔を両手で覆う。これだから、この人は。やっぱり、恋愛とか、分かってないんじゃないのかな。

 でもふと、さっきの彼の言動を思い出す。

「そういえば、『こいつ、俺のなんで』って……」

「……そ、それは、咄嗟の機転! 嫌だったならごめん」

「嫌じゃ、ないよ」

 ちょっとがっかりしながらも、私は本心を口にする。すると、彼は、ほっとしたように息を吐いて、また歩き出した。

「……良かった。今日の咲、やけによそよそしかったし、ちょっと心配だった」

「それは……ごめん。ちょっと、緊張してて」

「緊張? 何を今更」

 不思議そうに首を捻る彼に、私は思い切って、ずっと言いたかったことを口に出そうとした。したけれど、上手く声が出ない。

 涼夜くんは私の様子に眉を顰めたけれど、追及する気はないようだった。

「……まあ、いいや。ほら、着いたから、一緒に食べよう。もう冷めちゃったかもしれないけど」

 そう言って、彼は私を降ろした。すると、そこは街を一望できるような高台で、私は思わず目を輝かせた。

「わ、綺麗……」

 小さな街だけれど、ぽつぽつと光が灯って見えるそれが、星空のようにも見える。見たことのない夜景に興奮していると、彼が階段に、よっと腰掛けた。

「いいでしょ、ここ。偶然見つけたんだよ。たぶん、僕以外誰も知らないだろうな」

「うん、すごくいい場所!」

 興奮のままに頷くと、彼は少し照れたように笑った。そして、私の持っていたビニール袋を手に取る。

「ほら、これ、ご所望のお好み焼き。それと、これ」

「……綿飴?」

「好きだったでしょ」

 そんなの、子供の時の話だ。でも、わざわざサプライズに買ってきてくれた気持ちが嬉しくて、心が幸福感でいっぱいに満たされる。

「ありがとう。好き」

 綿飴を抱えてはにかむと、彼はまた目を見開いて、顔を背けた。

「……どうしたの?」

 彼の顔を覗き込む。明かりもなくてよく見えないけれど、手の甲で口元を抑えているので、私は思わずその手に触れた。

「……やめて」

「あっ、ごめん! 嫌だったよね」

「嫌じゃ、ないんだけど……その。

 お好み焼き、食べよっか」

 話を逸らされた。でも、お好み焼きが冷め切ってしまうのももったいないな、と、先程渡されたお好み焼きを見る。

「美味しそうだね」

「一番美味しそうなところを独断と偏見で選んで買ってきた」

「なにそれ、そんなに手を掛けなくたっていいのに。あ、そうだ、お金」

「奢るって言ったでしょうが。遠慮なくお食べ」

「あ、そうだった。ありがとう、いただきます」

 彼の右隣に座って手を合わせて、割り箸を割り、トレイに挟まれたお好み焼きを一口、箸で切り取って食べる。

「うん、冷めてるけど、美味しい」

「……嫌味?」

「ううん、冷めても美味しい良い店を選んだねってこと」

 本当にふわふわで美味しい。温かくないお好み焼きがこんなに美味しいとは。

「……本当だ、冷めてるけど、美味しいな」

 神妙に頷きながら、涼夜くんはもごもごとお好み焼きを頬張る。

「そういえば、花火、何時からだったっけ」

「八時からだね。今七時五十分だし、もうすぐかな」

 私が尋ねると、彼は腕時計をちらりと見て、時間を確かめた。

「じゃあ、食べ終えたら始まるかな」

「そうだね」

 そうか、じゃあ、このお祭りが終わるタイムリミットは、あと四十分くらい、ということになるのか。

 急にまた、緊張が戻る。言うなら、食べ終えて花火が始まったときが絶好のチャンスだ。逃したくない。

 身だしなみやら何やらを確認したくなったけれど、彼のいる前ではできない。しかも、よりによってなんでお好み焼きなんて選んでしまったのか。歯に鰹節が挟まっているし、青海苔も付いているに違いない。

 自分の失態に気付いて落ち込む私に、全く気付かない様子で彼は黙々とお好み焼きを頬張っている。よほど気に入ったのだろうか。

 緊張感のない彼の様子に、なんだか緊張している自分が馬鹿らしく思えてきた。仕方ない、当たって砕けろ、の精神で行くしかない。


 二人ともお好み焼きを食べ終えて、綿飴を分けて食べ始めた。

「懐かしいね、この感じ」

 涼夜くんがしみじみと言いながら、ばくばくと綿飴を口に放っていく。私に買って来たんじゃなかったのか、と思いつつ、大きな袋ひとつ分の量を食べ切れる気もしなかったので、複雑な気持ちで私もちまちまと食べていく。

 すると、不意に花火の上がる音が聞こえた。慌てて顔を上げると、すでに最初の花火は散った後だった。

「……最初、見逃しちゃったね」

「綿飴が美味しいからいけないな」

 花より綿飴、らしい涼夜くんは、相変わらずばくばくと綿飴を口に入れる。風流も何もないなぁ、と苦笑しながらも、私は手を止めて、次の花火を待っていた。

「……ねえ、咲。今日は誘ってくれてありがとう」

 唐突なその言葉に、私は思わず涼夜くんの顔を見た。その時、花火の光で横顔が少し明るくなる。また見逃した、と頭の隅で思いつつも、そんなことより、この人の本心が知りたかった。

「えっ、と、こちらこそ、一緒に来てくれてありがとう」

 恥ずかしくなって俯いてしまった私に、涼夜くんは距離を詰めてきた。驚いて顔を上げると、そのまま彼はその右手を、私の左手に重ねた。

「……咲。今日緊張してた理由、教えてくれない?」

「……っ」

 心臓が脈打って、息が苦しくなる。言葉にしようとしても、出てこない。

 どうして、と泣きそうになったとき、涼夜くんは首を横に振った。

「……ごめん、今のはずるかったね。怖かったんだ、僕の勘違いかもと思って。やっぱりそうだったか」

「な、何が、勘違いなの?」

 もう、花火も夜景も、何も目には入らなかった。彼の顔と声と、左手に伝わる体温だけが、私の世界の全てになる。

「……咲も僕のこと、好いてくれてるのかと思ってたんだ。でも、違うよね、ただの幼馴染として誘ってくれただけで――」

「違わないよ!」

 悲鳴のような声が出て、自分でも驚く。涙がぼろぼろ溢れてきて、訳がわからないまま、押し込めていた言葉が止め処なく溢れてくる。

「好きだよ。ずっと好き。大好き。他の誰にも渡したくない。私だけ見ててほしい」

 ああ、最悪だ。こんなはずじゃなかった。涙で顔はぐちゃぐちゃだし、相変わらず鰹節は挟まったままだし、感情をぶつけるみたいに告白してしまって。

 それなのに、涼夜くんは私の涙をハンカチで拭って、抱きしめてくれる。

「泣かせてごめん。僕も、好きだよ。ただの幼馴染だなんて思ったことない」

「え?」

 きょとんとした私に、ハッとして涼夜くんは、顔を背けた。

「……物心ついたときから、ずっと好きだった。漠然と、この子と結婚したいなって思ってた」

「え? ええ?」

 思わぬカミングアウトに、私は戸惑いを隠せなかった。つまり、距離感が昔から変わらないのは、ずっと恋人がいなかったのは、そういうこと?

「……やば、これ、恥ずかしいけど、めちゃくちゃ嬉しいな」

 そう呟いて、涼夜くんはこちらを見て、綿飴を私に渡してきた。怪訝に思っていると、彼はそのまま、私を抱き上げて膝の上に載せる。

「え!?」

「これなら、花火も咲も見られて、一石二鳥」

 背中から伝わる体温に、身体が火照る。

「それ、花火見えてるの……?」

「見えてる見えてる」

 絶対に見えてない、と思っていると、不意に抱き寄せられて、彼は私の右頬に左頬を擦り寄せてきた。

「こっちの方が見やすいな」

「〜〜!!」

 急なスキンシップに身体を硬直させる私を気にもせず、彼は上機嫌に花火を眺める。

 私はもちろん、花火どころではなかった。結局そのまま、クライマックスまでその状態で、私たちは花火を見終えたのだった。


 花火を見終えてからも、彼はなかなか私を離してくれなかった。

「ねえ、涼夜くん、そろそろ帰ろ……?」

「んー、もう少し、だめ?」

「そう言ってもう五分経った!」

「怒ってる咲もかわいい……」

 私は無理やり彼の腕を振り解いて、立ち上がった。

「ああ〜……」

 残念そうに肩を落としながらも涼夜くんは立ち上がって、顔を真っ赤にする私の隣に立ち、左手に指を絡めた。

「じゃ、帰ろうか。あ、そうだ、言い忘れてた」

「ん、どうしたの?」

 涼夜くんは、繋いでいない方の手を耳元に寄せて、こう囁いた。

「浴衣、似合っててかわいい。何着ててもかわいいけど、気合い入れてきてくれたんだなって思って、余計にかわいくて、なんか言えなかった、ごめん」

「それ、耳元で言う必要あった!?」

 揶揄われているようにしか思えなくて、でも悪戯っ子のような彼の笑顔にきゅんとして、許してしまう。

「あ、綿飴。半分くらい食べちゃったから、あとあげるよ」

 そもそも咲のために買ったものだけど、と気まずそうに言う彼に、私は、仕方ないなぁ、と受け取った。


 手を繋いで階段を降りていく。からからと鳴る下駄の音と、近付いてくる人々のざわめき。

 その先に、これからも二人で歩んでいける道があるのだと、たしかにそう思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

特別な夏祭りを君と。 藍沢 紗夜 @EdamameKoeda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ