三題噺「話咲」

御調

机、産声、紅茶

 三代目、というのがその机の名前だった。一般的な数詞で考えるなら「三目」が適切だろうと机は思ったものだが、そもそも机に名前を付けることからして一般的とは言い難いかもしれない。


 三代目は名の示す通り、持ち主の彼女にとって三代目の机だった。

 初代は小学校の勉強机。と言っても当座の彼女はそれを初代などとは認識していなかった。当然ながら六年間同じ机を使うことなどなく、学年が変わるごとに、いや、それどころか席替えの度に実体としての机は入れ替わる。そのはずなのだけど卒業式の日、もう戻らない教室を後にするときにふと机が目に入り、彼女はそれと共に六年間を共に過ごしたのだと感じたのだ。思い出が重なり合い、一台の机の形を成してそこにあった。


 だから中学校に上がり初めて自分の部屋に机を置いたとき、彼女はそれを二代目と名付けた。こらから変わる自分、新しい自分とともにある新たな相棒となるべくして付けた名前だ。そうして名付けられたとき、ひとつの木製製品であった机は「二代目」として産声をあげた。使われている間には名付けられることのなかった初代と違い、二代目は二代目として彼女と向き合うことができた。彼女の少し変わった感性で名付けられた小さな文房具仲間達を、二代目はその広い天板で支えた。宿題だと意気込んで机に向かった十分後には漫画を読み始めた彼女に呆れ、小説を読んでボロボロと泣き崩れるその涙がシミを作りはしないかと焦り、受験勉強に疲れて突っ伏してしまった彼女から精一杯夜風を退けた。


 二代目が三代目と話せたのはほんの僅かな時間だった。引っ越しの日、十年近くを彼女と過ごした二代目は後継ぎたる新顔の、どっしりとした面構えに安心した。三代目は自分よりも良い木を使っているし引き出しの開閉も滑らかだ。これなら彼女の姿勢を悪くしたり、集中を妨げたりすることもないだろう。

 家具屋からやってきた作業着の男たちが、二代目の両脇に立った。ああ、まだ足りない。この傷の一つ一つ、シミの一つ一つの理由を伝えたい。だが男たちはテキパキと点検を済ませ、二代目の両脇を支える。そうだ、彼女はミステリ小説が好きで、寝る時間を少し過ぎると開き直って夜更かしする癖があって、読みもしないチラシを何日も机の上に広げたりして、それから。男たちが掛け声をかけ、二代目は持ち上がる。もう時間がない。

 最後に思い浮かんだのはこの十年に何度も見た、しかしそれゆえに記憶の底に沈降していた光景だった。

「彼女、紅茶が好きなんだ。濃い目のダージリン。シミは覚悟しろよ」

 最後の最後にそんなことを言われた三代目は一瞬呆気に取られたようだったが、苦笑いと共に大きく頷いた、ように見えた。

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三題噺「話咲」 御調 @triarbor

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