第38話

 祐介さんと﨑里ちゃんと三人で囲む夕食に、俺は最初ずいぶんと緊張し、身構えとった。これまで祐介さんと飯を食うときにはたいてい酒が付きものだった。そのせいか、陽気で鷹揚な、とぼけたところのある人だと感じていたのだが、明日の仕事に差し障るからと、今日は一滴も酒を飲まなかった。しらふだと思いのほか生真面目さが際立った。


 先ほどの話はあれで終わりではない。だって、ここにやってきた本来の目的は、﨑里ちゃんの心の重荷を取り去ること、俺との結婚の意志を確認すること、それに祐介さんに﨑里ちゃんとの結婚を認めてもらうことだった。どれもまだ、はっきりとした成果に結びついていない。﨑里ちゃんもいる前でどのように切り出すべきなのか、なかなか良い糸口が見つからず、気ばかりが焦った。


 サドのニンニク醤油漬けに気づいた祐介さんの目じりが下がった。

「また、懐かしいもんがあるのう。こいつは焼酎によう合うんじゃ。今晩は飲めんのが残念じゃ」

 本気で残念そうに言うのが微笑ましくて、

「まだあるんで、置いていきますよ。うちの母の手作りです」

 祐介さんはありがとうのと嬉しそうに笑った。

「章くん、せっかくやけん、なんか飲んだらいいじゃろ? 裕佳も一緒に飲んだらどうだ?」


 そう言われても、今日飲めないのを残念がっている祐介さんの前で、はい、そうしますとは言いづらい。すると、空気を読まない﨑里ちゃんが立ち上がり、「ビールでいいよね?」と冷蔵庫から缶をふたつ取り出し、一本をグラスと一緒に手渡してくれた。ビールひと缶なら大して酔うこともないし、うじうじとしたためらいを吹っ切るのにちょうどよかろうと、ありがたくいただくことにした。


 﨑里ちゃんが煮つけをつつきながら尋ねる。

「この魚、なに?」

「メバル。前に食べたホゴと同じで、磯の魚や。どう? 味、濃くない?」

「うん。ちょうどいい。美味しい」

 にこにこしながら魚から身をはがす。食べるのうまくなったなあと感心する。団子汁を食べていた祐介さんがメバルの身をご飯の上に載せて食べる俺を見て、ふっと口元を緩めた。


「章くんは、やっぱりたけの息子じゃな。そうやって煮つけを食べとるところなんち、そっくりじゃの」


 その言葉に﨑里ちゃんが微妙な表情を浮かべた。俺はことさら明るい口調で言った。


「そげん似ちょりますか? 裕佳子さんに言わせると、俺より父の方がはるかにいい男っちことみたいです。見た目も、中味も」


 祐介さんが怪訝な顔をする。


「裕佳子はそげん、たけんことを知っちょんの?」


 﨑里ちゃんは口を開かない。俺が説明した。

「もう、何度もうちに来ちょりますけん、うちの父ともよく見知った仲です。父も裕佳子さんと俺が付き合っとることは認めちょって、彼女のことは気に入っとるっち思います。だいたい、俺をのけものにして、ふたりだけでしゃべったりもしとりますけん」


 俺の説明に祐介さんの訝し気な表情は和らぎかけたが、最後の言葉にむしろ翳りを濃くした。ぽつりと漏らした。


「あいつが裕佳子を受け入れてくれるとは思っちょらんかったわ。容子と俺の子やのにな」


 祐介さんは気づいていないのだろうか。ほろりとこぼれ出てしまった言葉の重みに。そして、﨑里ちゃんも俺も、その意味するところを察していることに。俺はビールのグラスを置き、背筋を正した。


「祐介さん、裕佳子さんと結婚することを、俺が﨑里の家に入ることを、許していただけますか?」

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