第28話

 一月二日に矢野っちと黒木ちゃん、﨑里ちゃんと俺の四人で、結婚式場の会場となる、黒木ちゃんの友達が経営する小ホテルに下見に行った。六年ぶりに直接顔を会わせた黒木ちゃんは相変わらず丸くて、血色の良い顔でにこにこしていたけれど、化粧をしてふんわりとパーマをかけた姿は田舎の女子高生からいっぱしの女性になっていて、俺は逃げ腰になっちょった。

「川野、久しぶりやねえ! それにしても、痩せたなあ。ウェブ会議で見ていた時にもそう思ったけど、実際会うと、なおさら感じるわ。本当に、体、大丈夫なん?」

 ふんわりと香水の甘い香りがした。

「しょわねえよ(問題ないよ)。黒木ちゃんは元気そうやな。もうすでに若奥様っぽい雰囲気やで」

 そう言うと、黒木ちゃんはいやだあと恥じらうように体をくねらせ、右手で俺の肩をどーんと突いた。吹っ飛ばされないように必死で足を踏ん張った。俺の代わりに、くらくらするほどの女らしいイメージが吹っ飛ばされていった。


 ホテルは全十室で、エントランスは小さなホールとなっており、その左奥で階段が緩やかな弧を描いて二階へと続いていた。


「このホールで式を済ませ、あとは一階のレストランで早めの夕食を兼ねた披露宴をするん。ホールで三十分、レストランで二時間の予定。そのあとは、温泉を楽しんでもらったり、ホールなどで自由歓談してもらうよう、飲み物や軽食を準備しておく」


 矢野っちの説明に、﨑里ちゃんと俺は手にした行程表を見ながらうなずく。


「出席者はこの四人を含め、合計十九名。両家の両親と結衣の弟で五人、僕の祖父母三人と結衣の祖父母二人、それに美羽ちゃん、村居くん、結衣の職場の同僚三人」

 﨑里ちゃんが口をはさんだ。

「矢野くんの大学院の友達や先生には声をかけなかったんだ?」

「うん、京都からやとちょっと遠いけんね」


 そのあと四人で館内を確認してまわった。


「客室十室の振り分けやけど、結衣の家族三人、祖父母二人、僕の家族二人、祖父母二人、祖母一人、美羽ちゃん、村居くん、結衣の同僚たち、僕ら、それに……」

 矢野っちが行程表から目を上げて、うかがうように﨑里ちゃんと俺を見た。

「﨑里さんと川野くん、ええと、同室でいいんやね?」

 ええー!? と俺が声を上げる前に﨑里ちゃんがきっぱりと返事をする。

「うん、それでいいの。一部屋で大丈夫だよ」


 矢野っちはそれを聞いてにっこりと笑い、黒木ちゃんは少し目を見張ったものの、すぐに何も言わずに微笑んだ。二人のそのおっとりとした反応に、俺は焦っていたのも忘れ、なんてお似合いの二人だろうと改めて思った。


 一月三日の朝、俺は大阪に戻った。﨑里ちゃんは一月五日に飛行機で神奈川に戻る予定で、それを知った母ちゃんとくるみが、それまでもうずっとうちに泊まっていきなと説得し、彼女は俺がいない間も二日間うちに残ることになった。ちらりと父ちゃんを見る。相変わらずの無表情。何もないとは思うけれど、でも彼女の暴走や迷走を何度も見ている俺としては、完全には安心しきれず、父ちゃんのことも信じきれなかった。やっぱり無理にでも大阪に引っ張っていくべきだったかと、いくばくかのもやもやを抱えたまま、にちりんに乗った。見送りの人たちで珍しくごった返す改札の外とは対照的に、人気のなくなったホームの上で、ハクセキレイが長い尾を震わせながらこちらを見ていた。

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