第24話

 三時ごろ、﨑里ちゃんのばあちゃんの家を後にした。くるみと母ちゃんに頼まれたという、晩の遼平くん歓迎パーティ用のちょっと良い酒とつまみをショッピングモールで買ってから、俺の家へと向かった。バスを降りて用水路脇の道を歩いていると、﨑里ちゃんが明日の天気について語るように淡々と言った。


「川野は同性愛者がことさら異常なもののように言うけれど、現実には、同性愛者か異性愛者かなんて、すっぱりとは分けられないでしょ?」


 俺は横目で﨑里ちゃんを見た。


「異性愛者だと思っている人たちのかなり多くが、実はいくらか同性愛の指向を持っていて、気づいていないだけなんだよ。そんな人たちの一部が、何かの出来事に触発されて、自分の中に潜んでいた気持ちに気づき、ある人たちはそれを受け入れ、ある人たちはそれに猛反発したりするんじゃないかな」


 﨑里ちゃんはつま先を見ながら歩く。俺はその隣を無言で歩く。


「うちのお父さんだって。容子さんという恋人がいながら、自分の中にひそんでいた別の愛に気づかされたからこそ、過剰に反発した可能性があると思う」


 祐介さんの別の愛? なぜ彼女がそげなことを思ったんか気になったものの、彼女は口を挟ませずに話を続ける。


「それに、川野は矢野くんを愛していながら私のことも好きなんでしょう? 私だって、竹史さんが大好きだけど、川野のことも失いたくない。これって、一夫一婦制の現代日本社会ではきわめてふしだらなことだって見なされ、同性愛以上に忌み嫌われているよね? でも、あの一途な竹史さんだって、祐介のことを一心に愛していながら、いつしか真弓さんの愛を受け入れて何らかの愛情を抱いていたんだって思うの。だからこそ、再同居につながったんでしょ? 概念的な“ふつう”と現実の“ふつう”、つまりふつうに起きていることって、別物だって思う」


 まだ祐介さんのことが引っかかっていたが、それよりも自分に卑近な、ある不穏な想像にひやりとさせられた。


「あのさ、竹史が祐介さんを思いながら真弓を受け入れたってことは自分にもチャンスがあるかも、とか、思っとらんよな?」


 﨑里ちゃんはくいと口角を上げ、この上なく魅力的で挑発的な笑顔を浮かべたけれど、返事はしなかった。ものすごく不安になった。


「俺、父ちゃんと女でもめるのなんか、嫌やけんな」

 明るい声を立てて笑う。

「大丈夫、最初っから勝負になってないから」

「﨑里ちゃん……」


 ふと、和らいだ笑顔になって俺の目を見た。

「川野のことが大事だから」

 川野のほうが好きだから、ではないんやな、ちりりと胸が痛んだ。

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