第十涙 LOVERY PAIN REINCARNATION

 コックーンの中の青年が、パッと目を覚ました。

 今まで見ていたフイルム映画らしきものは、幻覚だったんだと、やっと気づいた。

 さらに、別のあることに気づいた。

 幻覚の中の女性の顔が、いままさに目の前にいる輪環とそっくりなのだ。

「病気で息を引き取ったのは、君なのかい?」

 輪環は、微笑みながらうなずいた。

 青年が、堰を切ったようにしゃべりだした。

「僕は、小さい頃からずっと落ちこぼれで、いいことなんてひとつもなかった。死のうとしたけど死ぬ勇気もなかった。自分がなんで生きているのかわからなかった。苦しかった……。その苦しみを解決しようと、自分なりにいっぱい頑張ったんだ。一生懸命成功者が書いた本を読んで、成功者のマネごとをいっぱいやった。だけど、全然花は開かず、余計に人生の闇が深まった。……もう疲れた。僕は、どんなに頑張っても成功しないんだ……」

 青年が輪環にたずねた。

「君も成功できなかったんだよね。なのに、どうして笑っていられるんだい?」

 輪環の足元には、「夢」とか「成功」の文字が刻まれた蝶々の死骸が降り積もっていた。彼女が言った。

「いいえ。私は成功したわ。結婚はできなかったけど、王子様に愛されたんだから、ほとんど夢を叶えたといっていいわ。だから、私は、地獄に落ちたのよ」

「成功したから地獄に落ちたの?」

 輪環は穏やかに笑った。

「世の中には、美しい蝶々がたくさん飛んでいる。そして、みんな蝶々を追いかけている」

 青年は暗い顔をした。

「そうさ。だから僕はもう、蝶々が飛んでいる眩しい世界を見たくない。だから、僕はもうここから出ないんだ」

「待って。それじゃあ誰も救われない。ここでこのまま蛾になってしまったら、あなたは消される。あなたは初めからいなかったことにされてしまう。そんなのダメよ。あなたはもう気づいているんじゃないの? 世の中の美しい蝶々が偽物だってことに。美しい蝶々をつくっているアーティストが、世界の光ではないことに」

 輪環は彼から離れて、二つのハートを見せた。そして、バレリーナのような可憐な踊りを踊りながらしゃべった。

「私は一度、神様に出会ったの。そして、こう言われたわ。傷と引き換えに手に入れた力で、自分と、本当の友達を救ってあげなさいって。そして、自分が壊したいものを壊せって。私はそれをやる。それが、生き返った私の生きる意味だから」

 輪環は、青年に近寄り、手を取った。

「ねぇ、外に出ようよ。夢や成功を追いかけるためじゃなくて、壊すべきものをちゃんと壊すために」

 輪環が、外に向かって手を引いた。

 彼は別に抵抗しなかった。

 初めは曖昧だった足取りも、やがて力を増して行った。そして、

「行こう!」

 と叫んだかと思うと、彼のほうが輪環を引っ張る恰好に逆転し、全力疾走した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

輪環のリンカネーション ドロップ @eiinagaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ