第37話 いもうとといういきもの❤

 ツキミちゃんの話を興味深そうに聞いていたナツメは、納得したように頷いた。


「なるほどな。あるじであるお嬢の独り言を一種の命令と受け取り、その命令を実行しようとした……のか?

しかしそれにしても……先程、お嬢に『ずっとお待ちしておりました』と言ったのか?」

「マヨイちゃんは寂しがり屋で心配性なんだ。ボク、小さくて頼りないからいつも心配してくれる」

迷家まよひがが? ……迷家に感情が芽生えたとでも?」


 ナツメは、毛繕いを始める。どうもこれは、ナツメが考え事をする時の癖らしい。


「最初は、ボクが話しかけたら応えてくれるくらいだったけど、今はさっきみたいにマヨイちゃんの方からも話しかけてくれる。

あ、そうだ! ナツメと仲良くなりたいって相談したら、ナツメはお風呂グッズが好きって教えてくれたのもマヨイちゃん。あれ、気に入ってくれた?」


 あれ、とはケロリン桶のことを言っているのであろう。

 ナツメは、目をキラキラさせて天井の方を見る。


「おお! そうであったか。あれは良いものであるなぁ。では、お嬢だけではなく、迷家――いや、マヨイ殿にも感謝せねばな。

しかし、すでに落伍者となったニャニャミャイの好みをわざわざ? お嬢の影響を受けているのか? いや、その前……そもそも泣いていたお嬢に話しかけてきたという時点ですでに変化の兆しが……初めての友人……」


 ナツメとツキミちゃんは二人で話し込んでしまっているが、私にも一つ聞きたいことがある。


 マヨイちゃんの声のことだ。


 非常に中性的で男なのか女なのか判別し難い――言うなればアニメなどで女性声優さんが演じている少年役の声に近いかも知れない。いわゆる、ヅカ声というやつだ。


 倦怠感のようなものがあり、妙にセクシーでかっこいい声質である。

 それこそ――もし女性の声だとするならば、かつて私も目指してみたことがあるワンランク上の大人の女性と言った感じの……。


 耳をくすぐられるような感覚になるというか、非常に耳障りが良い。本当に、声優さんか何かにでもなれそうな特徴的なイケボである。

 ツキミちゃんが言う通り、確かに聞いていて安心感を感じる。

 やさしさと暖かさ、何より頼りがいを感じる声であった。


「あのさ……話に割り込んで悪いんだけど、マヨイちゃん? ってツキミちゃんのお姉ちゃんの声なんこれ?」


 ツキミちゃんはコクリと頷いた。


「うん。お姉ちゃんと同じ声。喋り方はぜんぜん違うけど」

「私、この声聞いたことあるんだけど」


 ナツメは、私の言葉にかなり興味を引かれたようだった。


「ほう、どこでだ?」

「私が天神様の細道に入り込んじゃった時。マヨイちゃんの声で、稀人まれびとよ……って聞こえたんだよね。それで、なんか呼ばれてるような気がして入っちゃったわけ。ぶっちゃけ、イケボに釣られちゃったっていう」


 ナツメは、私の話を聞くとますます興味深そうになった。ナツメの脳内は今フル回転中なのだろう。


調娘つぎこが名と身体からだを奪われると、それに呼応するように数百年ぶりの稀人が現れた。確かに今思えば、偶然にしてはあまりにタイミングが良すぎやしないか?」


 ナツメは、私の顔をしげしげと見つめる。ちょっと顔が熱くなった。


「そしてその結果として、お嬢は迷家に帰還出来た。ククリの来訪がなければ……いや、それどころか来訪が今より後少し遅かっただけで、お嬢は名前を完全に忘れてしまっていたであろう。そうなれば、もう二度とお嬢が迷家へ戻ることはなかった。


そのデッドラインギリギリの状況で、運良く、最悪に近かった状況をことごとくにひっくり返してくれたトリックスター。稀人ククリが迷い込んで来た。ククリ自身にその資質があったのだとしても、これをただの偶然と片付けるにはあまりにも……」


 ナツメは、考えをまとめようとするように、少しの間沈黙する。


「もしや……ルールの番人たるはずの迷家の管理システムが、自らに課せられているルールの穴をついてお嬢の奪還を試みたのか? ……いやまさかな」


 しばらく思案していたナツメは、ブルブルと身体をふるわせ、気分を切り替えたようだった。


「いや、今はいいか。とにかく、お嬢が戻ったのだ。これで常夜とこよも少しは住みやすくなろう」


 ツキミちゃんが元気いっぱいに頷く。


「本当にありがとククリちゃん。ボク、ククリちゃんに何かお礼がしたい」


 ほう……お礼がしたいとな。ちゃ~んす。

 ニヤけそうになる口をさりげなく手で覆って隠す。


「えー? ツキミちゃん、そんなに感謝してくれてるんだー? だったらさー、私のことお姉ちゃんって呼んでくれる? ククリお姉ちゃんって」


 どうもさっきから聞きかじっている話から察するに、ツキミちゃんにはユヅキという姉がいるようだ。そしてツキミちゃんは、そのユヅキのことが大好きなようである。


 ずるい! 私だって、こんなかわいい妹がほしい!


「それだけでいいの? 分かった。ボク、これからククリお姉ちゃんって呼ぶ。新しいお姉ちゃんが出来たみたいで嬉しい」


 イエス! キタキタキタ! キマシタヨー!

 何この純粋なかわいさの塊が服を着て歩いているような生き物は。

 これが噂にきく――『妹』とかっていう生き物なの?

 妹って、架空の生物じゃなかったんだー。


「こ、こいつは……語尾にニャをつけろとか言い出した時も正気を疑ったものだが、お嬢にまで毒牙を……」


 ナツメが、私の顔を見て呆れたようにため息ついた。今おそらく、私の顔は欲望丸出しになっているのだろうが、これはもう隠しとおせない。


「まあ……本当に頑張ってくれたからな。そのくらいの報労があってもいいか……それよりお嬢」

「うん。ボクは調娘だから。じゃあ……ククリお姉ちゃん」

「分かってる。迷家を訪ねてくれたお客様にご飯と寝る場所を用意する。だよね? ツキミちゃん?」

「うん」

「でも、そ・の・ま・え・に。ナツメさー、何か忘れてることがあるんじゃない?」


 ナツメは不思議そうに小首を傾げた。やっぱり覚えてない。ナツメはいつも自分のことが蔑ろになっている気がする。


 私には妹が出来たし、ツキミちゃんは元に戻れたけど……ナツメにだって、報労が必要だろうに。


「何よりも最初にお風呂って約束したじゃん。好きなんでしょ?」

「風呂!」


 ナツメの耳と尻尾がぴんと立ち、目がキラッキラに輝いたのだった。

 そりゃあね、ナツメにとっては何十年かぶりの大好きなお風呂なんだから。

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