第38話 ごろごろろんろん❤
しゃーっとナツメが毛を逆立てて威嚇して来た。悪いけど、全然怖くない。むしろかわいい。
私は構わずナツメに飛びつこうとしたが、ナツメは身軽にふわりとかわした。
だ、だめだ……まったく追いつける気がしない。
ナツメは、広い
小さい
「ナーツーメー。なーんで逃げるのかなー?」
「追いかけてくるからだ!」
「えー、お風呂一緒に入るって約束したじゃーん」
ナツメは現在、茶室の小さな囲炉裏――炉の周りをぐるぐると回って逃げ回っていた。
「しておらん!」
「えー。拒否権なしって言ったでしょ?」
「一緒に入るなどとは言っておらん!」
「そうだっけ?」
「そ・う・な・の・だ! 風呂に入れるのは願ったり叶ったりだ。しかし」
「いいじゃん別にー。減るもんじゃないし」
「減る! ニャニャミャイの中の何か大切なものが減る!」
「もー、そんなに恥ずかしがらなくてもさー」
ナツメは、しゃーっと牙を見せた。やっぱり全然怖くない。そもそも瞳に攻撃性が宿っていない。困ったことに、やっぱりむしろかわいい。
「絶対に嫌だ!」
うーん……何十年も
過剰に異性を意識しちゃっているというか、無駄に恥ずかしがるというか……オトナのオトコって感じは全くしない。この手の話に関しては、むしろガキっぽい。
なんつーか、思春期真っ只中って感じ?
ナツメは普段、妙に達観したようなことばかり言うが、ほんとはまだ十一歳の小学生なんだもんねぇ。
ナツメの
精神の成長の中でも、とくに性差などについての認識や捉え方なんかは、肉体の成長に合わせて変わっていくものだろう。きっとそっち方面は子供の頃のままなのだ。
何十年も生きているとはいっても、部分的には子供の部分も多いようである。
それはそれでかわいいんだけどさ。
「でもさー、そもそもナツメいっつも裸じゃん? 何を今更って感じなんだけど」
「あ、あああああほう! 問題はニャニャミャイではない! ククリの方だ! 少しは恥じらいを持て恥じらいを!」
「いやー、そんな事言われても全然ピンとこないっていうか……別に子猫に裸見られたからって、ねぇ?」
「ニャニャミャイは猫ではない!」
ナツメは断固拒否の姿勢を崩してくれない。
はぁ……これはダメそうだ。一緒に入りたかったんだけどなぁ……。
仕方がない、妥協しよう。
「もーワガママだなー。分かった分かった。じゃあ私は服脱がないし。一緒にお風呂場に入って、ナツメの
「む? まあ……確かにそうか……それなら」
***
「立派なお風呂だねー。なんかバスタブが木で出来てるし。ツキミちゃん、ヒノキ風呂っていってたっけ?」
私はお風呂の洗い場でシャワーを使いながら、ナツメの小さい
じっくりしっかり、数十年に渡る汚れやノミを――何よりも苦労や疲れを、綺麗さっぱり洗い流してあげなくてはいけない。
「ああ……ふーむ……ヒノキにはな……フィトンチッドと呼ばれる……ヒノキオールにヒノキチオール。アルファカジノール、アルファピネンやトルネオールといった様々な香り成分が含まれていてな……優れたリラックス効果があると言われているのだ」
うっとりした目で夢見心地な顔をしているナツメ。あれだけ頑張ってくれたんだもん。ちょっとは報労に、なってるかな?
「きもちい?」
「うむ。心まで洗わてるようだ……まさに命の洗濯」
良かった。すっごく楽しんでくれてる。こっちまで嬉しくなって来る。
「しっかし、ペット用のシャンプーまであるっていうね。迷家、ほんと用意いいし」
「おそらく、お嬢が用意しておるのだろうよ。庭にいたニワトリたちをかわいがっておるようだから。あやつらはデリケートだから低刺激性のものでないと……」
「ああ、にわにわちゃんたちね。ツキミちゃんによく懐いててかわいいよねー」
「うむ。他にもにわっぺだか、にわっぴだか……ひよ子だとかひよ太だとかも言っておったな。ニャニャミャイにはどれがどれやらさっぱり分からんが」
「ちょっと他より太ってて大きいのがにわにわちゃんでしょ? なんか、まん丸でかわいい子。私、それだけは分かる」
ナツメは泡まみれになって幸せそうに目をつむっている。ゴロゴロゴロゴロとのどを鳴らしだした。
猫のゴロゴロ音は25ヘルツ程度の低周波で、この音には人や動物の副交感神経を優位にする働きがあるのだとか。
ハッピーホルモンのセロトニンを分泌させてくれるので、リラックス効果が期待できるらしい。また、ゴロゴロ音は骨密度を高めるとも言われていて、このおかげで猫は他の動物より骨折や病気の治癒が早いとも言われる。
フランスではゴロゴロではなく、ロンロンと表現するので、このヒーリング効果をロンロンセラピーと呼んでいる。
「ナツメ、ほんとお風呂好きなんだねー。でもさ、もう一つの約束も覚えてるよね?」
そう。大切な約束。
三人一緒に
しかし、その私の言葉を聞いた瞬間に――ナツメのゴロゴロ音がぴたりと止まってしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます