第34話 うさぎとかめ❤
組み伏せられ、動きを封じられた
「こんなことをして何になる! 確かに結界は消えた。俺の負けだ! だが空気がなければ、結局誰も
ナツメはその質問に何も応えず、ツキミちゃんの方を振り向いた。
「行こうか、お嬢。後は、お嬢にかかっている」
「頑張ってツキミちゃん!」
「うん。頑張る。ククリちゃんみたいに、ボクも」
ツキミちゃんは、強い目線で私を見返してきた。
私はここで、似非調娘を抑えつけておかないといけない。
さっきとは逆だ、今度は私が迷家の外で待つ番。
ナツメが、ツキミちゃんから得た情報をもとに組み上げた推論によれば。
だが、生体認証を重視し
いかんせん、こんなことはナツメもツキミちゃんも初めてなのだ。念のため、似非調娘がいないに越したことはない。
二人は、結界の消失した鳥居をくぐり、迷家の敷地内に入った。
「なぜ、平気……」
「平気でなければ迷家はあなたを守っていた。迷家とは、必ず調娘を守る。そういうものでしょう? だから厄介だったのだ。あなたに危害を加える訳にはいかなかったからな」
「な……に?」
似非調娘は目を瞬かせた。
「そもそも、どのようなものを
ツキミちゃんは、コクリと頷いた。私も続ける。
「つか大体さー、迷家の品揃えって迷家が決めてるわけでしょ。駄目なものがあったら最初から置かなければいいだけじゃん。基本的に、禁忌なんて設定する必要がないわけ。ナツメはその穴に気づいて空気だとか無茶苦茶なこと言い出したわけだけど」
「確かにそうだ。なぜ俺はあんな無意味な質問を迷家に……」
似非調娘は、何が何だか分からないという顔をしていた。
「決められているルールはただ一つ。
「俺が知っている通り? そうだ。なのに俺は一体、あの時何を考えて……」
ナツメは、ちらりと私を見た。誇らしそうな顔つきである。
「あなたは、ククリの思考誘導にまんまとのせられた。自分で考え判断したと思い込まされていた。なまじ自分の頭脳に自信があるから。完全に、手のひらの上だ」
「この俺が? こんな小娘に誘導されただと?」
「
プランAを放棄するという判断も直感的に下したのだろう。そして、より達成が困難だと思われるBを選択しそれを見事にやり遂げてみせた。恐らく、その判断は間違っていなかったはず」
私を
「さらに言うならば……新たに生まれし
ナツメは似非調娘を見て、ゆっくりとした口調で語る。
「それが空気などという馬鹿げた話であろうと、迷家はこう答えるであろう。
どうぞ、何でもご自由にお持ち還りください、とな。
拒むどころか……空気などという荒唐無稽な発想をする者は、迷家にとっては非常に面白い観察対象になりえる。逸材ですらある」
ツキミちゃんは頷いていた。迷家とはそういう考え方をするものなのだろう。
「だから、これは
「継子側?」
「そう。持ち還って良いと許されたとて、迷家中の空気全てなどと言う無形なものを、継子はどうやってその手で持ち還るというのです? 不可能だ」
似非調娘は、ポカーンとした顔で私を見る。
「いや、私見られても。私、どう見ても手ぶらじゃん? 空気持って還るとか、そんなこと、出来るわけ無いじゃん」
「も、持ち還っていない?」
「それな。正解」
「つくづく……この私が、踊らされたというのか。うつけの皮を被った女狐め」
似非調娘は、苦々しげに私を見た。
「つか、何も持ってないのなんて正門に近づいただけで一発でバレるだろうし、いろいろ言い訳もしないといけないしさー。空気持って還るって言い出すタイミングとかもさ。冷静になって考え直されたらヤバいしギリギリまで粘って……マジで頑張ったんだからね」
「さっすがククリちゃん。かっこいー」
ツキミちゃんが、憧れたようなような目で私を見てくる。うむ。満更でもない気持ちである。頑張ったかいがあったというもの。
「あのさ……今更だけど、ナツメは誰かを犠牲にする作戦なんて立てないと思うよ」
その私の言葉を聞いた似非調娘は、慌てたように視線を迷家に戻す。
「そうだ! じゃ、じゃああのニワトリたちは」
ニワトリとヒヨコたちは……いつの間にやら立ち上がって元気に歩き回っていた。
「んな?」
「名演技だったであろう? いい役者ぶり。よく仕込まれておる」
「え、演技? だと? ニワトリが? どうやって?」
「この者らは、ずーっとお嬢が面倒を見ていたのだ。ありがたいことに、お嬢はいろんな芸を仕込んでいたようでな。使わせてもらった。
大好きなお嬢の声が聞こえたら、すぐにでもやるさ。旨い餌がもらえると思ってな。
定番の一つであろう? バーン! と言ったら死んだふり」
ぷっと笑いが込み上げてくる。思い出し笑いだ。
「ツキミちゃん……『ババーン! ナツメだけじゃなくボクもいる』は、さすがに違和感すごすぎだったんだけど。ちょっと無理あるでしょ? もう少しなんとかなんなかったの? まー、かわいかったけどさー」
「言わないで。ボクの黒歴史。ボクだって、必死だったんだよ?」
「あははは。ごめんごめん」
ツキミちゃんは恥ずかしそうに、前足でネズミの小さな顔を隠した。
「そうか……そうだったな……お前は腕は立つくせに、いつも変な気を回しては、損な回り道や非効率なことばかりして……俺はそんなお前が全く理解できなかった。なのに誰もがお前を認めていた」
くくく……と引きつった笑いを似非調娘は見せた。
「藻掻き苦しむ演技と来たか……。なるほどな。そう来るのか。まっこと厭味ったらしい……お前らしい意趣返しよな。巡り巡って……我が身に返る、か」
「そうです。ニャニャミャイは結局、
ニャニャミャイには、
ナツメは、少し眩しそうに似非調娘を見る。
「
「つくづく厭味ったらしい。相変わらず、かわいくない。癇に障る物言いだ」
ナツメが私に作戦の内容を説明した時、こう言ったのを思い出す。
――何も出来はしないさ。何も出来はしないのだから、それでも出来ることと言えば……はったりだ。
「あたしが言うのもなんだけどさー。こんな言葉があるよね。兎は亀を見ていた。亀はゴールを見ていた」
似非調娘は紛れもない天才だ。兎のように才能豊か。
だけど似非調娘は、最初っから最後まで、ナツメの方しか見ていなかったように思う。
まあ、私が人のことを言えた義理ではないのだが。
「くだらん……兎は月の使者だ……敗れた者が兎を名乗るなど、あってはならない」
似非調娘は、諦めたように無抵抗になった。
「さあ、お嬢。仕上げといこう」
「う、うん。やってみる」
ツキミちゃんが、迷家の屋敷を見据えて、大きな声で叫ぶ。
「ボ、ボクが!
マヨイちゃん? え? もしかして、迷家のこと?
「……システム管理者権限を確認」
突然、どこからか声が聞こえた。この声……聞き覚えがある。この声は……。
――稀人よ……。
そうだ。一番最初に不思議な路地を見つけた時、私をここに誘った声。
「マヨイちゃん! 良かった。ボクのこと覚えててくれた」
「調娘の帰還を受け、管理者不在時に一時的に付与されていたローカル管理者権限を解除します」
迷家がそういうと、似非調娘とツキミちゃんの
「戻った!」
どうやらツキミちゃんは、ツキミちゃんに戻ったようだった。ツキミちゃんから、ツキミちゃんの声が出ている。
浮世離れした可憐さを持つ自分の
やっぱり本物はモノが違うなー。なんか仕草まで一々かわいいし。
私はといえば、押さえつけていた少女の身体が突然ネズミに変わったので、危うく押しつぶしそうになってしまった。
「結界を再起動します」
「ああ、ああ……。あああああああああああああ」
ネズミの
ネズミの姿をした
それは、完全決着を知らせる鐘の音であった。
――あとがき――
第7章まで読んでいただきありがとうございます。
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