第8章 幸せな時間。
第35話 しんなるつぎことえせつぎこ❤
私とナツメは本物の
化粧っ気ゼロなのにきめが細かく、透き通るような白い肌。長いまつげ。髪は艷やかな黒髪のロングで一本一本が絹のように滑らかである。
それはもう完璧な造形美で、浮世離れした神秘的な雰囲気をしている。
例えるなら、かぐや姫。確かにこれは、月の娘と呼ばれるのに相応しい。
ネズミの姿でも十分にかわいかったのだが、
もはや可憐などと言う陳腐な言葉では十分には表現しつくせていないとしか思えないほどであり、まさに絵にも書けない美しさというやつであった。
ところが、この非の打ち所のない容姿に反して。
ツキミちゃんは、さっきからあっちこっちの壁や柱にぶつかったり、何もないところでなぜかつまづいて転んでしまったりで……その
どうも自分の
もしかしたら……いや、もしかしなくてもツキミちゃんはちょっとブキッチョなのかも知れない――まあ、慣れの問題だとは思うけど。
ツキミちゃんは壁にぶつかったりこけたりする
「はやく人間になりたい」「つまづいたっていいじゃない。人間だもの」
口を一文字にきゅっと結び、涙をこらえようとプルプルと振るえながらである。
どうやら自分に言い聞かせ、自分を奮い立たせているようだった。
いかんせん、
あっちゃー……この子、本当に大丈夫なん?
という感じではあるのだが、それがまた逆にいじらしいというか、涙を溜めながら必死に頑張ってる姿を見るとつい応援したくなる。
あらやだ。なにこのか弱そうな生き物。超可愛いかわいいカワイイ……。
はっきりと言えば、ツキミちゃんはけっこうおっちょこちょいで、不器用だし、怖がりで少し人見知りである。
真なる調娘は、完璧な調娘であるとは言い難く……ナツメ曰く、変わった調娘であった。
偽物であるはずの似非調娘の方がマナーや作法に圧倒的に長じていたし、ともすれば、完璧な調娘というものには近かったのかも知れない。
だが、そこは
ツキミちゃんは幼女のかわいさという暴力的なまでの魅力で欠点を全て帳消しに――いや、もはやそれを長所に変えて来ている。
確かに似非調娘の仕事ぶりは完璧で、全てにおいて百点満点であったが、ツキミちゃんなら例え失敗しても、一生懸命頑張って働いているというだけで、これはもう軽く百万点オーバーなのである。
間違えないでほしい。百点満点じゃない。百万点である。
勿論、かわいい至上主義の私の採点によれば、であるが。
ただ……今私が考えてしまったようなことがまさに、似非調娘の絶望の苗床だったのだろうな、と感じ入ってしまう。
似非調娘がああなってしまったのは、つまりこういうことだったのかも知れない。
豊かな才能に恵まれ、真面目に研鑽を積み、優れた結果を出し続けている自分より、なぜか失敗している者の
ある意味では、一人でなんでもこなせてしまうのだから、構われないのは当然なのかも知れない。失敗するかも知れない方を構わないといけないは条理だ。
だが、努力して努力して結果を出したのに選ばれなかった方は、たまったものではない。それは、その者からしたらただただ不条理でしか無い。
なぜみんな、無能なあいつばかりを……。
そんなことが日々繰り返され、その度に失望と落胆が少しづつ積み重なって、似非調娘の心の中に泥のような感情が溜まっていったんだろうなとも思えて――なんだかちょっと複雑な気持ちになった。
やっぱり私は、あの人のことが好きにはなれないと思う。だけど……同じように、やっぱり嫌いにもなれないのだ。
***
似非調娘との駆け引きが一段落して、改めて三人で迷家の屋敷の中に入ると、すぐに迷家? の声が聞こえてきた。
その声は、天から声が聞こえてくるような少し不思議な感覚であり、例えるなら学校の校内放送みたいな感じだった。
「お帰りなさいませ。お館様」
「うん。ただいま。マヨイちゃん」
「マヨイは、ずっとお待ちしておりました。ずっと……」
「心配させてごめん」
ツキミちゃんは、迷家の玄関の壁をやさしく撫でている。
ツキミちゃんの行動から察するに、やっぱりどうもこれは、迷家が喋っているという認識で正しいらしい。
ナツメも不思議そうに天井を見つめながら呟いた。
「しかしこれは……迷家が喋っているのか?」
「ねえナツメ。よくわかんないんだけどさ、その反応からして、普通は喋らないものなん?」
「いや、どうだろう? 少なくともニャニャミャイは初めて見たが」
そう言えば、似非調娘はモニターの用なものを出して迷家とやり取りしていた。
しかしツキミちゃんは、迷家とごくごく自然にお話をしている――と言った感覚で迷家に接しているように見える。
似非調娘は、ナツメと同様に迷家が喋れるということを認識していなかったのかも知れない。
それとも、もしかしたら迷家も
迷家は、調娘の影響を強く受けると言っていたし。
そもそも似非調娘とやりとりしていた時の反応はもっと事務的というか、言い換えれば機械的だったように見えた。
しかし、迷家のツキミちゃんへの受け答えは、なんだかもっと人間っぽいとでもいおうか、感情が豊かに見えるのだ。
端的に言えば、
そう言えばナツメは、似非調娘に与えられたのは限定的な管理者権限だと思われると言っていた気がする。そのせいなのかも知れない。
「お嬢、これは迷家が喋っているのか?」
「うん。家っぽいマヨイちゃんが喋ってる。マヨイちゃんって名前は、ボクが名付けた。ね? マヨイちゃん」
家っぽい? って何?
「はい。マヨイの名は、お館様に頂きました。マヨイの宝物です」
「ふむ……ニャニャミャイにナツメの名をくれたククリのようなものか。それはまあ、好意も抱こうな」
ん? 今なんか、さりげにナツメがとても嬉しいことを言ったような気がしたのだが……。
ナツメの方をガン見してみたが、ナツメにはそういう意識は特に無かったようで、いつも通りの涼しげな顔をしているだけだった。
それにしても、ツキミちゃんは、いろんなものに名前を付けるのが好きなようだ。
どうもナツメやツキミちゃんたちの生きている世界では、名前というものにとても大きな意義があるようである。
似非調娘は『名とはその者の存在そのもの』とまで言っていた。
それ故、誰かが誰かの名付け親となる――すなわちあだ名や呼び名を付ける。そしてそれを受けるということは、かなりの度合いの信頼関係の構築を表すようである。
言い換えれば、名付けの行為は相手への最上級の親愛表現の一つと言うことになり――ん?
あれ? 待って。それじゃ私、そんなこと知らずにナツメに名前を……。
「どうしたククリ? 何か顔が赤いようだが。熱でもあるのか? まさかさっき言っておった
ナツメが心配そうに顔を覗き込んで来るので、余計に熱くなってしまう。とにかく誤魔化さないと。
「だ、だいじょぶだいじょぶー! 元気元気。いえーい! やっふー!」
「そ、そうか? 無理はするなよ」
ナツメは少し怪訝そうな顔つきをしていたが、私の空元気を見て一応安心してくれたようで、ツキミちゃんへと視線を戻した。
「ふーむ。見た目はかつてニャニャミャイが出入りしていた頃からそう変わっていないように見えるが、最近の迷家は話すようになったのか……」
「ボクがここに来た時、最初は喋ってなかった。マヨイちゃんは、ボクが怖がってたから心配して喋りかけて来てくれた。凄くやさしいんだ」
ナツメは、意外そうな顔をした。
「怖がっていたから、心配? 凄くやさしい? 迷家が、か?」
「うん。ボクがお母さんの後をついで調娘になってすぐの頃、ここはいつも夜で真っ暗な世界で、迷家はすっごく広くて……でもボク、
「待って。にわにわって誰?」
「ボスニワトリの名前。お庭にいるニワトリだからにわにわ」
あーなるほど。だから妙に多芸なのかあのニワトリたち。
ニワトリの中に一匹ふとっちょでまるっこくて、一回り大きいのがいたから、おそらくそいつのことだろう。
なんだかやさしそうな顔をしていて、ヒヨコたちにもなつかれているようだった。
「ボクが名付けた。あと他には、にわっぺと、にわっぴと、にわっちと、にわりんと……それからヒヨコのひよ子、ひよ太、ひよ助……」
「あー分かった分かった。ニワトリたちの名前紹介は後で良い。それより迷家の話の続きを」
「分かった」
ツキミちゃんは、コクリと頷づきつつ迷家の話を再開した。
「にわにわたちと遊ぶのは楽しいけど。それでもやっぱり怖くて寂しくて。一人で泣いてた。その時、マヨイちゃんが話しかけてきてくれたんだ。今はもう、マヨイちゃんのお陰で怖くないし、寂しくない」
「ふむ……そこのところ、もう少し詳しくお願いできるか?」
「いいよ。えっとね」
ツキミちゃんは、迷家が話しだした経緯について語りだした。
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