第21話 さくせんかいぎ❤

 お互いに直接的には攻撃できない状況。攻撃してしまった時点でそちらの負けになる。


 一見イーブンな関係に見えるが、それでは結局、こちらの負けに等しい。

 なぜなら、このままだと、こっちが負けている現状が維持され続けるだけ、ということになるからだ。

 こちら側は何とかして、互いに動けない今の膠着状態を崩す必要がある。

 

 ナツメは、現状を打開する手立てを探すために、ツキミちゃんから迷家まよひが調娘つぎこに関して知る限りの情報を引き出そうとしているようだった。


「それから? 知っていることはなんでもいい。全て話してくれ」


 ナツメが、ツキミちゃんに話しの続きを催促する。少しでも情報をえて、なんとか攻略の糸口、ルールの抜け道を探ろうとしているんだろう。


 ツキミちゃんは、うーん……と考え込みながら、話を続ける。ナツメとしてはどこに突破口があるか分からないから、少しでもどんな情報でも知りたいのだろうが、ツキミちゃんとしては何の話をしていいか迷う所があると思う。


「迷家には反対側にも扉があって、そっちは継子つぐこさんたちが使う。現世うつしよと繋がってるから正門って呼ぶ。大きな門と正面玄関がある。ボクもいつもは正門を使う」


 ナツメは頷きつつ、私の方を向いた。


「正門は普段は閉まったままでな。調娘か継子の資格者が来ると、それを生体認証キーとして自動的に開く仕組みになっておるようだ。他の者は一切通さない。『絶対不可侵領域』は、本当に厄介な幼言およずれごとだよ」

「なるほどなー。だから、正門から出ていくには私も継子になる必要があるって言ってたのかー」


 ツキミちゃんがこくこくと頷いた。


「多分、それであってると思う。それで、お庭があるこっちは、ずーっと夜の世界の常夜とこよに繋がってるから裏門って呼ばれてる。

裏門は正門とは逆で、いつ稀人まれびとさんが訪れても困ることが無いようにずっとひらいたままになってる。でも、それだけだと困るから結界が張ってある」

「てか……門というより鳥居だもんねこれ。そりゃ閉められないよね」


 私は、迷家の敷地と天神様の細道の境界部分に立っている鳥居をしげしげと見つめがながら言った。

 どうやらこの鳥居は、裏門と呼ばれているらしい。


 そういえば、最初にナツメに出会った時、私が稀人なのかどうかを聞き出すために正門だとか裏門だとか言っていた気がする。これのことだったのか。


 ナツメがにゅっと爪を出し、地面に達筆な文字を書きながら説明してくれる。


「鳥居と、それから迷家をぐるっと囲む竹垣にも注連縄しめなわが張ってあるだろう?

 あの、稲妻を形どった紙垂しでが垂れ下がっている縄のことだ。


 落雷があると豊作になると考えられていたことから、雷を『稲の妻』――稲妻と呼ぶようになったわけだが……雷は神の御業の象徴とされていてな。そのおかげで稲が育つというわけだな。『雷』は『神鳴り』に通じるとも言われる。だから神域を示す注連縄に稲妻を形どった紙垂をつけるわけだ。


 注連縄は神域とそのほかを隔てる結界の役割を持つ。そとからの不浄なる物を、神前や神聖な区域に触れさせないためのものだ」


 ナツメが、地面に『標縄しめなわ』と書いた。


「注連縄の『しめ』は、しめと書くこともあってな。要するに、神聖な場所と不浄な外界の境界線を示すしるしでもあるいうことだな。とくに現世うつしよと常夜。二つの世界の境界線を表すために張られておることが多い」


 次は、『占縄しめなわ』と書く。どちらの字もやはり恐ろしく達筆だった。


「また、縄で囲んだものや場所を神域と化したり、やくまがを祓う目的で張ったりもする。場所によっては禁足地を示すこともあるな。『しめ』とは『める』ことを指しているのだ。縄を『め』て、その中を『占有』するということだな。

これのせいで咎人とがびと……つまり不浄なる者は迷家に近づけなくなっておるわけだ。ニャニャミャイらが迷家に入るためには、まず結界を解除する必要があるわけだが……」


 ナツメとツキミちゃんが、忌々しそうに鳥居を見つめた。


「これがニャニャミャイらには少々厄介でな。前にも言ったが解除可能なのは出入り口となる裏門の部分だけ。しかも迷家の中からのみ。ニャニャミャイとお嬢は、現状のままではこの結界を越えて迷家に侵入する術すらない。まあ、論外ということだな。唯一の希望。結界を越えて迷家の中に入ることが出来るのは、ニャニャミャイらの中では、稀人であるククリだけだと言う訳だ」


 私にも、なんとなく迷家の仕様が分かってきたかも知れない。


「なるほどねー。だからまずは私が中に入って、結界を解除する必要があるってこと?」

「その通りなんだが、話はそう簡単ではない。そもそも迷家の管理者権限を持たぬククリに、結界の解除は出来ないのだ。それが出来るのは調娘だけだ」

「つまり今だと、似非調娘えせつぎこにしか結界が解除できないってこと? えー……。解除するわけないじゃん。無理やりやらそうにも攻撃しちゃ駄目なんでしょ?」


 うーん……ますますどうして良いのやら。すでに私の足りないオツムが悲鳴を上げ始めている。


「そうなるな。やはり、それでも似非調娘本人に何とかして解除させるしか……しかし、そんなことが可能か? いや、待てよ。もしくは……だがどうやって?」


 ふぅ……とナツメは小さくため息をついた。小さく頭を振る。頭脳明晰なナツメでも、今のところ打つ手なしと言った感じに見える。

 しかし、さっきまでと違いナツメの目には諦めの色が全く見えない。


「お嬢。それから? 他には?」

「えっと」


 ナツメの催促を受けて、ツキミちゃんは少し考えて、また話しだした。


「裏門から稀人さんが迷いこんで来た場合、迷家でご馳走したり、一晩休んでもらったりして、体力を回復してもらう。朝になったら迷家の中にある好きなものを何でもいいから一つだけ選んでもらって、持って帰ってもらう。迷家からのささやかな贈り物ですって」


 来たな……玉手箱!

 ナツメが、進めば一つだけ得るものがあると言っていたのはこのことだろう。

 しかしそれよりも今の話で気になるのは。


「朝に、なるの?」


 ツキミちゃんは、こくりと頷いた。


「迷家は現世うつしよと常夜の狭間はざまにあるから、調娘が許して空間を現世うつしよ側に寄せればちゃんと時間が経過して夜は明けるし、寝ている間に朝を迎えることが出来る。それから……常夜の食べ物を食べると稀人さんの体質が変化して、常夜の道具をちゃんと扱えるようになるんだって」


 ナツメがコクリと頷きながら、また話を引き取った。本当に会議をうまく進行してくれている。やっぱりナツメが適任である。


「つまり、それが黄泉竈食よもつへぐいの儀式であり、迷家からの贈り物である常夜の道具というのが継白つくもになる。稀人が何を選び、何を持って帰るか。そこにこそ、継子としての性質や資質が問われている。稀人は……今回の場合はククリのことだが――そうやって新たな風を吹かせるための継子にされてしまうということだ」


 ナツメの顔が明らかにどんよりと曇った。


「もう! そんな顔すんなし。私が自分でそうするって言ったんだからさ? むしろちょっとワクワクするくらいだし? で、はれて継子になれれば私も正門が使えるようになるってわけかー」

「そうみたい。ボクはまだ稀人さんをお迎えしたこと無いし、そういうの、見たこと無いけど」


 私はじーっとナツメを見た。ナツメは咎人の前は継子だったという。それじゃあその前は?


「そういえば……ってことはナツメも昔は稀人だったの?」

「まさかな。ニャニャミャイは先代から継白を受け継いだだけだ。先程お嬢が言っていた黄泉竈食により変化した体質とやらは、遺伝するようでな。継子の血脈は継子になりうると言うことだ。継白は代々に渡って受け継がれ育てられていると言ったろう? 

今の時代、人は中々道に迷わなくなったせいで、継子の始祖たりえる新しい稀人などもう幾年も出ていないと聞いているぞ。まさに、稀に来たる人、というわけだ」


 似非調娘と戦うに当たり、最低限私にも知っておいて欲しいこと――ナツメは、迷家の大まかな仕様説明をあらかた終えてしまったらしい。

 その後は徐々に会議という感じではなくなっていった。ナツメは一人で考えこむことが多くなっていったからだ。悩んだり考え込んだりしているときに毛繕いをする癖があるようなのですぐに分かる。


 私はなるべくナツメの邪魔にならないように話しかけるのをやめて待つことにした。

 ナツメはしばらく一人で考えていたかと思うと、時折ツキミちゃんに質問をし、それを受けてまた熟考してはまた違う質問をしたりしている。

 ツキミちゃんもそんなナツメに一生懸命付き合っていた。頷いたり、逆に頭を振ったりしながら。


 疎外感を感じる。

 三人で作戦会議しようなんて言っておいて、なんの役にも立ててないなぁ……私。


 そして、ナツメはついに、一つの結論に達したようだった。

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