第22話 つきのじ❤

 私から見たら八方塞がりだとしか思えなかったのだが、ナツメは何とか何かしらの作戦を捻り出したようだった。


「すまぬ。待たせた」


 邪魔にならないよう、なるべく静かにしていた私とツキミちゃんに向かって、ナツメは、このように切り出した。


「此度のことに限らず……あらゆる事象の解決策を考えるにあたり、そもそもなぜそのような事態におちいってしまったのか? その因果関係を把握するのは非常に重要だ」


 ナツメは、落ち着いた淡々とした口調で私とツキミちゃんに語り出す。

 その話し方は、敵を倒すための戦略を語っていると言うより、生じてしまった問題にどう対処して行くべきか――と、いった感じの話しぶりであった。


 いかにもナツメらしいなぁ……と思ってしまった。でもこれでいい。ナツメはナツメらしく。それでいい。それが、いいのだ。


「で、だ。今回の場合、なぜこうなってしまったか?」


 ナツメは、少し罰が悪そうな顔をしてツキミちゃんを見た。

 軽い躊躇を見せたというか、ちょっとだけ言いづらそうにしていたが……意を決して口にすることにしたようだ。


「それは、迷家まよひが調娘つぎこ不在の空き家となってしまったからだ」


 ツキミちゃんがきゅっと口を結ぶ。

 ナツメは、ツキミちゃんが自分のやさしさを自分の未熟さだったと考えているらしいことが、一番自分を許せない理由だ、と語っていた。

 ナツメには、それが悪いものだったとはどうしても思えない、とも。 

 ナツメが少し言い淀んだのは、そのせいだろう。


「ごめんなさい……」

「違う。何もツキミちゃんは悪くない」


 私は、ツキミちゃんの謝罪に被り気味に食いついた。だって、ツキミちゃんが謝る必要なんて何も無い。


「その通りだ。すまんなお嬢。ニャニャミャイはそういう意味で言ったのではないよ」


 ナツメが、俯いてしまったツキミちゃんの頭をやさしげになでる。二人は本当にお互いを尊重しあっている。

 

 無関係――と言われたことを思い出して胸がズキリと痛んだ。私を危険から遠ざけるためにそういう言い方をしただけだというのは理解している。

 だけどなんだか、咎人とがびととしての苦労を知らない私には、入り込めない絆のようなものを二人の間に感じてしまう事があって、ちょっと寂しかった。


 かといって、咎人になりたいわけではないけれど。


「そもそもニャニャミャイが咎人であるのはお嬢が来るずっと前からのことだし、ククリが常夜とこよに迷い込んだのもお嬢のせいではない。お嬢がニャニャミャイらに謝ることなど何一つ無い。それどころかお嬢はニャニャミャイらにとって唯一の突破口になり……おわ!」


 私は、そんな二人がとにかく愛おしくて、無関係になりたくなくて、一緒にいたいから――たまらず二人をまとめて抱き上げた。


 突然抱き上げられた二人は少し驚いたようだったが、とくに逃げ出そうとはしなかった。

 私に抱かれたままナツメは説明を続ける。


「お嬢は、迷家のシステムに詳しい情報提供者という重要な立場であったわけだが……どうやらそれだけにとどまらん。ニャニャミャイらの中で唯一、似非調娘に対抗しうる力を持っている可能性がある。まさに、ニャニャミャイらの切り札となる存在だ」

「対抗? 出来るの? どうやって?」


 私が興奮して質問すると、ナツメはこくりと頷いた。


「あくまで可能性がある、という話だが。ニャニャミャイにもやってみんと分からんところはあるが、可能性は低くはないと思われる」


 ナツメは、私とお嬢の顔を交互に見た。


「お嬢はニャニャミャイと違い、ククリに自分の名を聞かれた際に、宿里月海やどりつきみと名乗れたからな」

「ん? それが何?」

「宿里月海。それは、月の字が入った当代調娘、資格者の名だ」

「? ……う、うん。そだね」


 ツキミちゃんが私に名前を名乗ったことが、どうしたというのだろうか?


「その名は、調娘の資格者しか名乗れない。つまるところ……お嬢は、我こそは、調娘である。と名乗ったのだ」


 ナツメが言わんとしていることが、やっと私にも分かってきた。


 つまり――ナツメと違い、ツキミちゃんはまだ調娘の資格を保有し続けている。

 調娘の名前と資格を完全に奪われてしまったわけではない!


「あのままにしていたらお嬢はそのうち完全にツキミの名を忘れてしまい、その名を失っていたのであろうが……ギリギリの所でククリが繋ぎ止めてくれたのだ。か細い糸を手繰り寄せてな」

「うん。あの時、ボクは忘れかけていた自分の名前を思い出したんだ。お母さんに貰って、受け継いだ大切な名前。本当にありがとククリちゃん」


 困惑である。

 単に名前を尋ねただけのことをそんなに感謝されましても……。


「ニャニャミャイとお嬢の状況は似て非なるものだ」

「似て非なるもの?」

「お嬢はニャニャミャイと違い名を完全に失っているわけではない。そしてお嬢の元々の身体からだも抹消されてしまったわけではない。これは……お嬢の調娘としての資格――つまり、迷家の管理者権限が未だに消失していない可能性を示している」


 うーん……それって、つまりどゆこと?

 私の微妙な顔つきを見たナツメは、さらに話を要約してくれた。


「お嬢にはまだ、調娘の力が残っている――言い換えれば、迷家の妖言およずれごと『絶対不可侵領域』を操作できる可能性がある、ということだ」

「ま、まじで?」


 ナツメはコクリと頷いた。

 さっすがナツメ。何となく光が見えてきた気がする。


「お嬢から提供された情報をニャニャミャイなりに分析、解釈し考えてみた結果。どうやら一口に迷家の管理者権限とは言っても、それにはいくつかの階層が設定してあるようなのだ。となれば、やはりやることは一つであろう」


 ナツメが少し間を開け、ためを作ったので、私は思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。


「正当な調娘を迷家に帰還させ、真の調娘の力によって簒奪者をその座から排斥する」


 ナツメは、高らかにそう宣言したのだった。

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