第20話 すこしだけ、すこしだけだけど❤
霧を抜けた先にあった
あちら側は様々な色彩をした花が咲き乱れている。穏やかそうな風がそれらの間をそっと吹き抜け、花々をやさしく揺らしている。
まるで楽園だ。そう思えるほどの現実離れした自然の美しさ。
暖かで穏やかな雰囲気に満ち満ちている――満ちすぎるほどに。
それはもはや逆に、ある種のわざとらしさ、言い換えれば、作り物感にも繋がっているように私には思えてしまった。
皮肉にも、人工物感すら感じるほどの一分の隙もない完璧な自然。
一方、こちら側は今まで同様にゴミや廃棄物が散乱し、悪臭が漂っている。汚濁にまみれ、人間が生み出した闇と原罪のみを誇張して表現しているかのような世界だ。
結界を
美しき巫女が出迎えてくれ、労をねぎらい、暖かな食事と寝床を与えてくれる。
それはまさに約束の地であり、桃源郷に見えたことであろう。
翻って考えると……この天神様の細道と迷家は、稀人を懐柔し、取り込むためにこの上なく効率的な作りになっているわけだ。
だが……此度の稀人たる私は、ナツメとツキミちゃんを知ってしまった。ナツメ風に言うならば、知らぬで良いことを知ってしまった。知ってしまった今となっては。
常夜に暮らす
それはすぐそこにあるはずなのに、望んでも決して手に入らない。見えているのに、触れることは敵わない。
あちら側に生きるもの――すなわち
罪を犯してしまったものたちに、堕ちてしまった自分の境遇を思い知らせるために、わざわざこのような作りにしたのだとしたら……ここを作った者は、中々にドギツイ性格の持ち主だと思う。
私には、少しだけ、少しだけだけど……
***
作戦会議が始まった。
幼女のようなかわいらしい声で、ツキミちゃんは迷家について一生懸命語る。今になって思うと、小さくかわいらしいネズミの姿には、よく似合っている声のような気がしてきていた。
「迷家に稀人さんが訪れると、調娘は頑張っていっぱいおもてなしする。美味しいご飯を作って、よく眠れるお布団を用意する。ボクはまだ一度も、稀人さんをお迎えしたことはないけど」
ナツメが、ツキミちゃんの話を引き取るように説明を続けた。
「まあ、そういうことだ。調娘は稀人を歓迎し、厚くもてなすのがルール。それ故あやつも、ククリに危害を加えるわけにはいかん。禁忌に触れるからな」
調娘でい続けるためには、調娘でい続けなければならん。確かナツメは前にそのように表現していた。
あちらにも、出来ないことはたくさんあるということか。
「しかし、自衛の場合となると話は別だ。何かしらの危害を稀人が調娘に加えようとしたと迷家が判断した場合は、その限りではないということだな」
「待って。どゆこと? 迷家が判断するの?」
その言い方に微妙に引っかかりを持ったのだ。迷家って……屋敷なんだよね?
「ふむ。さすがククリ。勘所がいい。いい質問だ。基本的な事柄は調娘に決定権があり、調娘が判断するわけだが……言うなれば迷家は意志を持った
ええ……つまり迷家って意志がある屋敷なの?
「とくに
しかも防御したり攻撃したりしてくることがあるってこと?
ナニソレ怖っ! 下手すると呪われた事故物件じゃん。
「調娘を守るためならかー。つまり、正当防衛でセーフってこと?」
「そう言うことだ」
迷家のことをほぼ知らない私が作戦会議メンバーに入ってしまっているためだろう。
ナツメは、少し舌足らず気味のツキミちゃんの説明を、なるべく噛み砕き、私に分かりやすくなるように補足説明をつけて、フォローしてくれているようだった。
気の利くにゃんこである。
「ククリが迷家の中に入ってから一番心がけなくてはいけないことは、こちら側からあやつに危害を加えようとしてはいけないということだ。
似非調娘と戦うとは言っても、な」
ナツメは、強く言い含めるような口調で話す。
「迷家内では、調娘は迷家に守られた絶対不可侵の存在。プレイヤーがゲームマスターに逆らってもどうにもならん。あやつにこちら側を攻撃する口実を与えるだけだからな」
「ナ、ナルホド。おっけ」
つまり、お互いに直接的には攻撃できない状況だというわけか。攻撃してしまった時点でそちらの負けになる。
一見イーブンな関係に見えるが、それでは結局、こちらの負けに等しい。
なぜなら、このままだと、こっちが負けている現状が維持され続けるだけ、ということになるからだ。
こちら側は何とかして、互いに動けない今の膠着状態を崩す必要がある。
ナツメが何をしようと無駄だといい続けていた意味が分かってきた。
圧倒的に不利である。
どうやって現状を打開すればいいんだろう?
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