第5章 彼を知り己を知る。

第19話 せんだいつぎこごろく❤

 似非調娘えせつぎこと戦ってツキミちゃんの名前と身体からだを奪還することを決意した私達は、とりあえず戦略を練るために作戦会議を開くことになった。

 迷家まよひがのある広場。結界のこちら側――つまり常夜とこよ側は、ゴミ山ほどでは無いにしろゴミが散乱していたが、その中で比較的綺麗な場所に移動し、三人で座る。


 ゴミ山のビール瓶ケースのように椅子代わりになりそうな手頃なゴミは見当たらなかったので、私は少し大き目の石の上に座ることにした。というより、ナツメはそれを見越して綺麗で座れそうな石がある場所に移動してくれたのだと思う。


 私の相棒は、ほんとに気が利く子猫だなぁ……。そう、相棒なんだよね。


 いかんいかん。気を引き締めていないと顔がニヤけてしまう。


 ――それがククリの選んだ道だと言うなら、ニャニャミャイは最後まで付き合うとしよう。相棒……だからな。


 ナツメが初めて相棒だと口にしてくれたので、本当は天にも昇る気持ちであったが、それをあっさりと表情に出しては舐められてしまう。


 これから三人で作戦会議をしなくてはいけないが、言い出しっぺである私は、自然と会議の進行役を努めなければならない雰囲気になってしまっている。


 相棒扱いされたくらいでニヤけている場合ではないのだ!


 ついつい、ふにゃけそうになる顔にきゅっと力を込める。


「では、頼むククリ」

「えー、いいでしょう。では、作戦会議をはじめたいと思います。ではまず」


 こほんと一つ咳払いをして、平静を装いつつ、生真面目な顔を作り出した。


「えー、私とナツメが相棒になってから初めての共同作業ということになるかと思いますので……その前にですね、私とナツメが、ちゃんとした相棒になるために、私からナツメにいくつかの条件を出したいと思っています」


 ナツメは、ぽかーんと口を開けて目をぱちぱちと瞬かせた後、眉を潜めた。

 どうも、私が出した議題が想定していた内容と大きく違っていて、気に入らなかったらしい。


「何をまた訳のわからないことを……作戦会議をするというから気を引き締めておったのに、一体全体、何の作戦会議なのだコレは?」

「だから、私とナツメの今後についてです」

「付き合ってられん……ニャニャミャイはてっきり似非調娘攻略の……」

「当然でしょ? 相棒ってことはパートナーってことだよ? 最初の段階でしっかりきっかり条件詰めてマッチングしとかなきゃ、すぐ別れることになっちゃうかもじゃん。ね? ツキミちゃん」

「うん。最初は肝心」

「お嬢まで何をいっとるんだ……」


 ナツメは呆れきった顔でツキミちゃんを見た。


「ククリちゃん。男というものは、ちゃんと手綱を握っておかないと、新しい女を見つける度にすぐにフラフラと浮気しに行ってしまう。だから逃げられないようにしっかりと自分に縛り付けておきなさい――ってお母さんが言ってた」

「さすがツキミちゃんのお母様。分かってるー」


 私は大げさに頭を縦に振りながら頷く。


「男はフォルダ保存。女は上書き保存とか言う馬鹿な男がいるけれど、むしろ上書きもせずに普通に生きていける男の方が薄情なのよ――ってお母さんが言ってた。お姉ちゃんは、大好きな人を誰かにとられちゃったことがあるみたい。さっさと次に行って上書きしなさいって言われてたから」

「うわーツキミちゃん。まだ小さいのになんかオトナー。これもお母様のご教育の賜物ってこと?」


 ツキミちゃんは誇らしげに胸をそらしている。そんなツキちゃんを見て、ナツメが眉根をよせて怪訝な顔をした。


「お嬢の母君とやらは、幼女相手に一体何を教えこもうとしておるんだ……先代の調娘つぎこのことであろうから、あの人であろう? いかにも淑女然とした巫女だと思っておったのに……ちょっと複雑だぞ」

「なんで? なんかかっこよくない?」


 どうやらツキミちゃんにはお姉さんがいるようだ。どうもそのお姉さんは失恋? したらしい。

 そう言えば、調娘の一族の娘の名前には、月の字を入れる習わしがあるという話をした時も、お姉ちゃんと言っていた気がする。


 姉がいるのに、どうして幼いツキミちゃんが調娘を継いでいるのだろうか?


 そして……ツキミちゃんのお母さんは中々の賢人ぶりのようである。さすがは先代の調娘。長年、責任あるお役目を勤め上げた傑物だということか。

 巫女のくせになんか言ってることがちょっとギャルっぽい。

 素晴らしいお言葉の数々、尊敬に値する人物だとお見受けする。


「男にとって愛は癒やしでも、女にとって恋は戦いなのよ――ってお母さんが言ってた。勝利を勝ち取るためには、決して引き下がってはいけないんだって」

「あー分かった分かった。いや、分からんのだが……ありがたすぎる先代調娘語録はもういい。相棒になる条件とやら、聞くだけ聞いておこう。なるべく早く終わらせてくれ。さっさと本題に入りたい」


 ナツメは、諦めたように顔を洗い出した。本当にナツメは押しに弱い。

 ちょっと不貞腐れた顔もそれはそれでかわいらしかった。


 我ながらアホなことをやっているのは百も承知だが、手始めに、これだけは絶対にナツメと約束しておく必要があると思ったのだ。

 ナツメはさっきまで否定し続けていたが、やる気を取り戻してくれた今ならきっと。


「まず、一番大事なこと。もし! もし扉って言うのが開いたら、ナツメは私と一緒に常夜から出ていくこと! もう、一人で行けとか言わないで。ワガママは許さないから!」


 ナツメは、ぴくりと反応し、顔を洗っていた手を止めた。時が止まったようにしばらくじーっと私を見つめていたが、少し寂しげに、でもやさしげに笑った。


「そうだな。了解した。……開いたら、な」


 何か思う所があるように見える。

 ナツメの表情が妙に気になったが、とにかくナツメは約束を違えるような人間ではないのは明白なわけだし、言質はとれた。


 私は絶対、ナツメと一緒にここを出ていくのだ。そして相棒になって、一緒にいろんな楽しいことをやるのだ。


 心のもやもやが晴れたような気がした。これで、安心して本当の作戦会議に入れる。

 だが、どうせだから。


「じゃあ、次!」

「何? まだあるのか……」

「いくつかの条件っていったじゃん」

「分かった分かった。聞こう」


 ナツメはウンザリとした顔でため息をついた。


「まあまあ、もう一つだけだから。もしかしたらこっちのが大事かも。いい? 覚悟してもらうからね」

「う、うむ。な、なんだ?」


 ナツメは、私の真剣な表情に気圧されたようで、生唾をゴクリと飲みこむ。


「お風呂!」

「風呂?」

「あのさ、ぶっちゃけるとナツメ、臭いんだよねー。せっかく超かわいいのに、生ゴミとおしっこの匂いがして台無し。ねえ、ツキミちゃん? そう言えば、迷家にはお風呂ってあるの?」


 ツキミちゃんは勢いよく頭を縦に振った。


「ある。ヒノキ風呂? っていう木で出来てるやつ。天神様の細道で迷っちゃって、身体からだが汚れちゃった稀人まれびとさんにも快適に過ごしてもらわなくちゃいけないから、当然、ある。いつでも入れる状態」

「ナニソレ最強じゃん! じゃあ。結界を解除して迷家に入ることが出来るようになったら、すぐにお風呂! 何より最初にお風呂! 絶対入ってもらうから。拒否権なーし!」

「ふ、風呂に……入れるのか? 風呂に? 願ったり叶ったりなんだが。何十年ぶりだ?」


 ナツメは、目をうっとりと潤ませている。


「え? 何? ナツメって猫なのにもしかしてお風呂好きなの?」

「好きに決まっておろう。何せニャニャミャイは、猫ではないからな。身体からだを洗うということは、すなわち身を清めるということだ。月の神にその身を捧げ、仕える身である継子つぐこにとっては大事なことだぞククリ。

まあ……ニャニャミャイはすでに継子ではないし、もう二度と継子には戻れぬ身だが」


 そう言えば、今思えばケロリン桶を住処にしてたっけ。

 いやしかし……お風呂……好きなんだ。どう見ても猫なのに。つくづく変わった子猫ちゃんである。


 私は、もう一度こほんと咳払いをすると場を仕切り直した。


「えー、ナツメが私が出した条件をクリアしましたのでー……。では、今度こそ本当に作戦会議を始めたいと思います」

「やれやれ。やっとか……ではククリ、今度こそ頼む」


 うう……頼むと言われてもなぁ……。ナツメの意志を確認したかったから進行役を引き受けたフリをしてただけで……。


 っていうかなんで私がやる流れになってるの? 明らかに人選おかしいよねこれ?

 頭脳明晰で話をまとめるのも上手い、超適任なナツメがいるのに、なんで私?


「えーですが、私の仕事はここまでです」

「ふむ?」


 不思議そうな顔をしているナツメに、両手を合わせて、頭を下げる。


「ごめん! ぶっちゃけ、私には迷家? のことはさっぱりわかんないし。ここからの進行役はナツメに丸投げさせて」

「む……確かにな。すまん。そう言えばククリは門外漢であったか……。ククリのリーダーシップに甘えすぎだったかも知れん」


 は? 私のリーダーシップ? 本気でいってんの? いくらなんでも人を見る目なさすぎじゃない? 目、曇ってない?


 ナツメは納得したように頷きつつ、バトンタッチを引き継いでくれた。


「ニャニャミャイよりお嬢のほうがさらに詳しかろうが……ニャニャミャイは調娘や迷家のルールを完全に把握しているわけではないのでな。しかし、お嬢に進行役をやれというのも酷な話だ。不肖ながらニャニャミャイがその役を預かろう。では、まずはお嬢の話を聞かせてもらおうか」


 ツキミちゃんはこくりと頷くと、迷家とその管理者であるらしい調娘というものに関して知る限りのことを話し始めた。

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