第12話 ちいさくておおきなせなか❤
「だがまあ……イケそうではあるか。では……少し待て。そのまま曲がり角の先を見ていろ。いいか? なるべく瞬きはするなよ」
そう言うと、ナツメ自身はお気入りのケロリン桶に入って、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしつつ、目を瞑ってしまった。
うん。かわいい。
ナツメの指示から察するに、曲がり角の先を見ていると何かが起こるのであろう。
が、このくつろいだようなナツメの態度からして、どうやらそれには少しの時間を有するようだ。
せっかく見晴らしがいいのだから、少し周囲を確認しておこう――とすると、ナツメは両目を瞑ったままで釘を指してきた。
「それから、余所見もするな。見逃すぞ」
う、バレてる。もう! なんなの……勘がいいなぁ。
仕方なく目を凝らして何もないところをじっと見つめ続ける。
しばらくの
何? 霧? 月明かりと街灯のせいかな? 霧って夜でも白く見えるんだ……でも、見とけと言われても、これじゃあ何も見えなくない?
困惑してナツメをチラリと見るが、ナツメは自信満々なご様子で目を瞑って気持ちよさそうにゴロゴロ音を鳴らしている。
今、私の眼の前で起こっていることを、わざわざ見る必要すらなく把握している――ということなのだろう。なぜ?
あ、もしかして! ループ! そうか。繰り返してるんだ。ナツメにとってはもう、見飽きるほどに何度も見ている光景。
だからナツメは知っている。今曲がり角の先で起こっていることを。
ということは、定期的に霧が発生しているということ?
この「霧が出て来る」って現象そのものを見せたかった?
これのせいで道に迷っちゃうとか、そういう系の話?
いやでも、私は今のところ霧に巻かれた記憶は無いのに迷い続けている。
霧はしばらくすると薄くなっていった。ずっと目を凝らしてみていたが、結局、霧のせいでほぼ何も見えなかった。
この霧自体も何か変わったことを起こしそうな気配はない――と思ったが、むしろ霧が徐々に晴れてきて、ついにはほぼ消えかけ、見通しが効くようになった次の瞬間にそれが起きた。
ほぼほぼ霧が晴れた曲がり角の先の景色が、一変しているのに気付く。
消えかけの薄い霧の中に、いきなり広場が現れたのだ。
霧が立ち込めてくる前までは、細い道が続いているだけだったはずだ。
広場には、藁葺き屋根の古びた屋敷がぽつんとたっている。屋敷は、茂った蔦に覆われていた。
もしかして、この屋敷って……。
ちょっとした庭が存在し、畑がある。放し飼いのニワトリとヒヨコも数羽見えた。
屋敷の敷地は竹垣で囲われていて、庭にある石畳の道が常夜と屋敷を繋いでいる。
屋敷の敷地と常夜の境目には門のように鳥居が設置してあり、竹垣や鳥居には
これ、注連縄……だよね? 確か、私が天神さまの細道に迷い込んだ入り口にも同じものがついていた気がする。
ナツメが、不浄なるものを寄せ付けない結界――と呼んでいたものがこれなのかも知れない。
いきなり広場と屋敷が目の前に現れて、驚いて目を瞬かせたが、次の瞬間にはもう……その屋敷は霧とともに消えていた。
そう言えば、ナツメはなるべく瞬きするなとか言ってたっけ?
「え? あれ?」
曲がり角の先が、先程までと同じく、道が続いているだけになってしまっている。
蜃気楼……的な?
私の困惑の声を聞いたナツメは、ゆっくりと片目を開いた。想定通りの反応だったらしい。
「見たか?」
「見た見た見た!」
激しく何度も頷きながら、肯定する。興奮が抑えられない。やはり蜃気楼なんかじゃないようだ。
「ニャニャミャイも、常夜に来てしばらくして、あの現象に気づいてな。少し離れた所からじっくりと全体を観察してみたくてここを棲家に選んだというわけだ」
「もしかしてあれが
ナツメは頷きつつ、もう一方の目も開いて語りだした。これでやっと話の続きが出来る、ということだろう。
「
同じ場所、同じ時間を繰り返すとはいっても、完璧には作られていないようなのだ。少し歪な作りになっている」
抜け道! でも、歪な作り――とはどういう意味だろう?
「どうもループさせる一瞬だけ、時空の継ぎ目とでも呼ぶべき物が生じるようだ。霧が立ち込めるその瞬間に、あの曲がり角の周辺にいた者だけがあの霧に巻かれる。ほとんど何も見えなくなるが、恐れず進む。霧が消える前に霧を突っ切ってその先に抜けることが出来れば、ループのその先へと行ける。
つまり、迷家のある広場へと迷い込む……という仕組みになっているようだな」
ふむ。大まかな仕組みは理解できた。だが、この話を聞いたら当然生じる疑問がある。
「霧が消えるまでに間に合わなかったら?」
「まあ、仕組みさえ分かっていればそう難しいものでもないのだが……間に合わなければ、霧が晴れた時にはいつもの道に立っているだけ、ということになるな」
なるほど。せっかく霧に巻かれる所までは行けたとしても、そこで歩みを止めてしまえば「なんだったの今の霧?」という感じで終わってしまい、またループに戻されてしまう――ということなのだろう。
しかし、だ。
私は、すらすらとループの仕組みについて話すナツメを見て感心した。
こともなげに話してはいるが、この仕組みを解明するために、ナツメは一体何度の挑戦を試みたのだろうか?
そもそも、あの霧が安全である保証もなかったはずなのだ。
「それを自分で見つけて、自分で調べて……自分で試したの?」
「ここに来て長いものでな」
小さな子猫にしか見えないのに。
勇気があって頭もいい。暗い夜道を照らしてくれる。お嬢がそう言っていたのを今更ながらに思い出した。
本当に、頼りになる子猫ちゃんである。
ナツメはすくっと立ちあがり、ふわりとゴミ山からジャンプすると、音もなく地面に着地した。くるりと振り返り、私を見る。
「よし。そろそろ行くか……次の継ぎ目が表れる頃合いだ。まずは再び霧が出るのを待とう」
相棒の背中。とても小さいけれど、大きい。
安心してついていこうと言う気にさせてくれる――頼りになる背中である。
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