第13話 だから、なに?❤
ゴミ山から離れ、曲がり角の前につくとナツメは足を止めた。ぺたんと壁際に座り込み、私の方を振り返る。
「しばし、ここで時を待とう。この先に行くのは霧が出始めてからだ」
「おっけ」
私はそそくさとナツメのとなりに移動して、壁にもたれかかるように背を預ける。
そして、おずおずとした口調でナツメに語りかけた。
「あ、あのさーナツメ?」
「うん?」
面と向かって言うのはちょっと恥ずかしくて躊躇ってしまう。
だから、となり――くらいがちょうどいい距離感に思える。これでも精一杯頑張った方である。
霧が出るまで少しの時間があるようなので、思いきってずっとさっきから考えていたことを告白しておこうと思ったのだ。
「霧が来るまで暇だし? ちょっと聞いていい?」
「構わん。説明不足だったか?」
「ちがくて。じゃ、じゃあ……単刀直入に聞くけど、ナツメってさ。
ナツメは、苦笑した。
「まさかな。なんの冗談だ」
良かった。さすがにそれは無いらしい。第一段階はクリアだ。
覚悟を決めて、私は大きく息を吸った。
よし、言うぞ。
「だよねー。じゃ……じゃあさ。わ、私と一緒に来ればいいじゃん? ほら、ナツメだけじゃ開かなくてもさ。私には、出口が開かれるんでしょ? その時に、一緒にさ。常夜から出て。……あ! そーだ!
言ってしまった。
顔が火照るのを感じて、あはははと笑いで誤魔化した。まともに前を見ていられなくて、俯いてしまった。
心臓がばくんばくんと五月蝿いくらいに高鳴っている。
なんだろこれ? なんで私こんなに緊張してんのかな? 私、別に変なこと言ってないよね? 大丈夫だよねこれ?
ナツメの場合。
普通に居場所が無さそうな野良の子猫ちゃんを見つけた時に、「うちにくる?」って感じで拾って連れて帰ってあげるのとは、全く意味合いが違ってくるような……こないような……。
何が言いたいかと言うとよーするにだ!
ぶっちゃけ、男の子を自分の家に誘っているような感じがちょっとだけしちゃうというかしないというか……そんな感じ。
だってナツメって、元は人間の姿をしていたらしいし? 中身はそのころのままっぽいんだよねー。
ことあるごとに猫じゃないとかって主張したがるし? つまりそれってナツメは、今でも自分はれっきとした人間の男の子だって言っているわけでしょ?
じゃあさ、これ――下手すると同棲のお誘いになってない?
とかなんとか思ってしまったわけです。
もしかしたら私が変なことを意識し過ぎなだけなのかも知れないけど。
「ニャニャミャイがククリと一緒に? ……そう言えば、相棒……なんだったか」
「そうそう! それな」
ナツメは私の誘いに少し驚いた様子だったが、しばし考え込むように目を瞑った。
私について行ったらどうなるのか? 想像を膨らませてくれているようだった。
良かった。とりあえず変な風には受け取られていないっぽい。
少し安堵しながら、ナツメの返答を待つ。
ナツメが目を閉じていたのは恐らく数秒のことだったのだろうが、その時間が妙に長く感じられた。ドギマギして、とても焦れったい。
ナツメは、何かしらいろいろ楽しそうな想像してくれたのだと思う。目を開けて満足げに笑ってもくれた。
「いいなそれは。いい。最高だ」
「ほ、ほんと?」
「ああ。ククリは本当に面白くて目が離せないやつだよ。まるで嵐のようだったな。ずーっと何十年も変わらぬ世界を一人で彷徨っていた名無しのニャニャミャイが、ククリと出会ってすぐに、ナツメになれた。吾輩は、ニャニャミャイになったのだ」
ん? 嵐ぃ? 良くわかんないけど、褒められてるってことでいいんだよねこれ?
「何せ、わざわざ自分から道に迷いたがったと言うのだから。そんなククリだからこそ――幾年かぶりの
「何者か?」
ふと、「稀人よ……」と何度も繰り返していた謎の声を思い出した。
「運命的な、何か、かな」
ナツメはお得意のもったいぶった言い方をしたが。
それってよーするに、私とナツメは運命的な出会いだったってことじゃん? それってやっぱり相棒ってことじゃん?
などと、勝手に都合の良い方に解釈して、ちょっと嬉しくなったりしたが、そんなことよりも今一番聞きたいのはナツメの返答である。
「で、でさ。じゃあ、うちに来てくれ……」
しかし、ナツメは寂しそうに目を反らした。
「だが……残念ながら、そうはならん。ニャニャミャイはククリについてはいけんよ」
「えー、なんで?」
手応えがあったと思ったのに、一転して冷水を被せられた。
ショックを受けていることを悟られないように必死に平静を装う。
「ニャニャミャイは
またあの笑い方だ。自罰的で自虐的で。なんでナツメのような人が、こんな笑い方をしなければいけないのか?
「それ、やめてくれる? ナツメのその笑い方、大ッキライ!」
物凄く腹がたった。何に対してなのか……少なくともナツメに対してではない。
多分、そのルールとやらにだ。
「またルール? あっほらし。お嬢もそんなこと言ってたけど、もう聞き飽きたし。実際に、試したことあんの?」
「あるわけがない。そもそもニャニャミャイは何十年もここを彷徨っているが、稀人にあったのはククリが初めてだ。
道に迷わぬで済む時代になったと言うのに、自らここへ迷い込んで来る者がおるのだなと少し驚いた。どうやらククリは、少し酔狂に過ぎる所がある。これに懲りたら気をつけよ」
ナツメに怒ってるんじゃないはずなのに、怒りをぶつける相手が、今はこの愛すべき子猫しかいないのだ。どうしても口調が刺々しくなってしまう。
「ナニソレ? 私も常夜は大嫌いだけど、ここに来た事自体は良かったなと思ってんだけど!」
ナツメは怪訝そうに眉をひそめる。
「ククリが言うことは、たまにさっぱり理解できんことがある。大嫌いな場所に迷い込んで一体何が良いという……」
「だって、ナツメに会えた!」
ナツメの金色の瞳が、一瞬だけ潤んだように見えた。私の言葉に何か返そうとしてくれたようだったが、結局思いとどまり、きゅっと口を結んでしまった。
「全く……もの好きなことだ」
ナツメは、私が理不尽に怒りをぶつけても、静かに穏やかに、何より……やさしげな眼差しで対応し続てくれた。
凄く、凄く凄く大人だと思う。
本当は、年下のくせに。
「ルールを犯したのはニャニャミャイだ。ニャニャミャイは構わん。
だが、お嬢はな……。悔しいが、ニャニャミャイには何もしてやれん」
違う。私はお嬢のことだけじゃなく、ナツメのことも1ミリ足りとも納得していない。
ナツメの言っていることは、いつも正しいと思う。私はいつも間違ってばかりだ。
ナツメは自分で考えて、自分で答えを出して、納得して、今の自らの境遇を甘んじて受け入れている。
本当なら他人がとやかく言うべきではないのかも知れない。
ナツメの選択を尊重する。それが正しいのだろう。うん、正しい。
で? だから、何?
私は、ナツメのことが大好きだ。だけど、あの笑い方だけは大嫌いなのだ。
ルールがどうであろうと、それが正しかろうと、ナツメ本人がなんと言おうとも、絶対に、納得などしてやらない。
不機嫌極まりない私に対しても、ナツメは我儘な子をあやしつけるように、辛抱強く穏やかな口調で話し続けてくれた。
「世の中には守るべきルールというものがある。だがな。ククリの場合は、ニャニャミャイやお嬢とは違う。まだ間に合うのだ。お嬢もそれを臨んで……」
「さっきも言ったけどナツメはルールルールってうっさい! 私は、そんなのしったこっちゃない! ルールなんてくそくらえだし! やって見なけりゃ分かんないじゃん! ナツメもお嬢も両方私が……」
「ニャニャミャイには、やってみることすら難しい。ニャニャミャイは常に見られているからな」
「見られてる?」
「ああ、そうだ」
ナツメはそう言うと、小さなため息を漏らした。
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