第3章 ふさふさしっぽは紳士の証。
第11話 まったくすきがねーなぁ❤
ナツメは、身軽にぴょんぴょんと飛び跳ねてゴミ山を登り頂上に立つ。
そして、そこから前方にある曲がり角の先をちらりと見やると、私の方に向きなおった。
「ククリも登ってみろ」
「ええ? やだよきったない」
「……ニャニャミャイの棲家なんだが」
「あ……ご、ごめん」
「冗談だよ。なんであれ、不法投棄のゴミはゴミさ。肯定すべきものではない」
ナツメは
どうもこの路地裏は、公害や環境汚染が深刻化し、社会問題化していた昭和の時代を参考にして作られているようだった。
どう言う意図を持ってそうしたのかは謎ではあるが、かつては経済大国とまで呼ばれていた日本という国が、もっとも輝かしかったころの時代だ。
その華やかなる経済発展の裏側。
光が強ければ強いほど、夜の闇もまた、深くなるということであろうか。
「登って貰わんと話が進まん」
ナツメがそう言うので、私は仕方なく生ゴミの匂いとアンモニア臭がきついゴミ山に登ることにした。
ナツメの家だと言われたら、拒む訳にはいかない。ナツメもそれが分かっているのだろう。悟りを開いた生き仏のような性格をしているナツメだが、意外と交渉上手なところもあるらしい。
ゴミ山はいろんな種類のゴミが分別されずに、無頓着に積み重なっている。
ゴミ袋が溶けて、体に悪そうな色をしている液体が流れ出たりもしていた。
これはきっと、皮膚に触れても同じようになってしまうのでは無いだろうか?
どう考えても、未処理でそこら辺にポイ捨てして良いものでは無さそうに見える。
なんか物凄くヤバそうな感じなので、それだけは避けて通ることにした。
足を踏み入れてみると、これが中々に厄介な代物であった。
ゴミが無造作に積み上げられているだけなので、少し体重をかけただけでもすぐに崩れそうになる――と言うくらいに不安定なのである。
これではまともに歩くのすら難しい。
ナツメはよくもまあ、こんな足場の悪い場所を身軽にひょいひょいと登るものだなと思った。
「あのさー。ナツメは
「一見不安定に見えても、そう簡単には崩れんようにしてある。ニャニャミャイが登った道をそのままトレースするだけで良い。大丈夫だ。ニャニャミャイを信じろ」
「うう……ニャニャミャイを信じろ! とか言われたらさ……そう言うイケメンムーブ使って来るのはずるくない? 女の子なら誰だって、一度は言われてみたいやつじゃーん。やっぱ乙女心には効いちゃうよねー」
お嬢は、ナツメのことを綺麗なお月さまみたいと言っていた。
おそらくナツメの、澄んだ金色の瞳のことを言っていたのであろう。
ただでさえ、子猫というだけでも破壊的なかわいさを有しているというのに、その蠱惑的な甘~い瞳でじっと見つめてくるものだから、ふにゃーとなってしまう。
ついつい、言うことを聞いてあげたくなるのだ。
「分かりましたー。登りますー」
しぶしぶ登ると、確かにナツメの通った所は比較的安定していたし、崩れもしなかった。
頭の良いナツメがゴミ山を縄張りにしているだけはあって、それなりには計算されて作られているのかも知れない。
私が登り切るのを待って、ナツメが視線を曲がり角の方へと向けた。自然な形で、私の視線を同じ方向へと誘導する。
高所に登り、見晴らしが少し良くなったせいか、ゴミ山の頂上からは曲がり角の先がよく見えた。
「ククリには、この先がどう見えている?」
「へ? 曲がり角に見えるけど」
「どちらに曲がっている? その先はどうなっている?」
「う、うん? 右? かな。曲がり角の先はここと同じような道が続いてるだけだけど?」
「ほう……なるほどな……やはり」
「え? ち、違うの?」
確かにここは
なるほどなるほど。合点がいったぜ。
目に見えているものが真実とは限らない――と言う感じのパターンのやつか。アニメとかマンガとかでよく見るやつ。
どうやら私にも、だんだんと常夜のことが分かってきたみたいだ。
「違わんな。ニャニャミャイにもそう見える」
全身の力が抜けたような感覚に陥った。
「なんじゃそりゃ! ズッコケかけたじゃん。ただでさえ足場が不安定なのに脱力させないでくれる? なるほどな……やはり。とかなんとか、さも意味ありげに言ってたのはなんだったの?」
「言葉のとおりだ。念のため、同じように見えているかどうかを確認しただけだよ」
悪びれた素振りもみせず、ナツメはそういった。
こ、この駄猫め……わざわざこんな所にまで登らせといて。何がさせたいんだぁ?
「ニャニャミャイごときが常夜の全てを理解できているとは思えんのでな。
例えば、咎人は囚え、稀人は通す。そのような仕組みになっていてもおかしくはあるまい。結界がそうであるのだから。
もしニャニャミャイとククリの認識に大きな齟齬があるならば、ククリを危険に晒しかねん」
あくまで私のためを思っての行動だったようだ。
文句を言ってしまった自分が少し恥ずかしいじゃねーか。
ちきしょう……全く隙がねーなぁ……この紳士猫は。
「だがまあ……イケそうではあるか。では……少し待て。そのまま曲がり角の先を見ていろ。いいか? なるべく瞬きはするなよ」
そう言うと、ナツメ自身はお気入りのケロリン桶に入って、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしつつ、目を瞑ってしまったのだった。
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