第10話 すすむいったく❤

 ナツメにとって、お嬢が咎人とがびとになってしまった顛末は、癒えない古傷になってしまっているようだった。

 話し終えたナツメは、かなり憔悴してしまったようで……ナツメが少し落ち着くのを待って、話を再開することにした。


「少し話が長くなってしまったが、ニャニャミャイとお嬢については、まあこんなところだ。

ここまで知ってしまったからには、知らぬに還すということはもう無理になったな。ならば自らの手で選びとるが良い」


 ナツメは、満月のようなとっても甘い金色の瞳で、じっと私を見つめた。


「ククリがこの常夜とこよから出る方法は二つある。進むか戻るか。

進んで迷家まよひがを訪れれば、そこで一宿一飯の後、一つの贈り物をされて現世うつしよへと還る。だが、そこはもうククリの知っている現世うつしよとは異なる世界と言えるだろう。まさに、黄泉よみかまどめしを食う――というわけだ」

「うーん……なんかさ、浦島太郎の竜宮城と玉手箱の話みたいだよねー」


 私の言葉を聞いた瞬間、ナツメの目の色が変わった。もしかしてスイッチ押しちゃった?


「ふむ。いやいや……待てよ。あながち外れてはいないかも知れん。

浦島太郎の伽話おとぎばなしのモデルは古くは記紀ききにもある海幸山幸うみさちやまさちまで遡れるが、浦島の話の形をはっきりととるのはもう少し後のことになる」


 やばい……やっぱり完全にスイッチオンしてる。ナツメは興奮した様子で早口で捲し立て始めた。


「原文の一つとされる浦島子伝説うらしまこでんせつでは、浦島の行き先は竜宮城ではなく蓬莱山ほうらいさんだ。

蓬莱山とは中国に伝わる不老不死の仙人がすむとされる仙境せんきょうのことなのだが、日本では蓬山と書き『とこよのくに』と読ませることがある故、蓬莱山と常夜はしばしば同一視される」


 目がキラッキラに輝いている。この子は、本当にこの手の考察をするのが好きなようだ。完全にガチ勢である。


 知りたいことはもう、ほとんど聞かせてもらった。約束だ。今度は邪魔しないで思う存分話させてあげようか。


「蓬莱山は中国の東にあるとされるが、中国の東には常世島とこよじまと呼ばれる冠島かんむりじまがあるのだ。

常夜は『常世とこよ』とも書く。浦島は最後、玉手箱の禁忌を破り鶴となった。これはつまり、玉手箱とは継白つくものことであり、禁忌を犯し人の形を――」


 しかし、自らはっと我に返ったナツメは、恥ずかしそうにこほんと小さく咳払いして、何喰わぬ顔で場を仕切り直した。

 かわいいなあ全く。これを聞くのが嫌だなんて気の短いやつがいたものだ。


「ともかく、進めばククリは継白を得て、継子つぐことなり、その道を歩まされることになる。戻れば、今まで通りの生活に戻れよう。

進めば一つだけ得るものがあるが、様々なものを失うかも知れない。ニャニャミャイのようにな。戻れば得る物はないが、何も失わない」


 ナツメが改めて、再度じっとこちらを見つめてきた。私の返答を待っているのだろう。

 もう九割方、心の内は決まっているのだが。


「あのさー。これ、確認しとかなきゃなんだけど。なんで、私に声をかけてくれたの? なんで私の道案内をしてくれんの?」


 ナツメは少し恥ずかしそうにし、聞き取りづらいくらい小さな声でぼそっと言った。


「クリ……泣い……から」

「へ?」


 ナツメはぶるぶるぶるぶると身体からだを振るわせると、少しすねたような顔になって応えた。


「ククリが、道に迷っているように見えたからだが。ずっとここにいるニャニャミャイは現世うつしよの事情には疎くなっておるのだろうが……現世うつしよでは道に迷うことなどなくなり、ここに迷い込む稀人まれびとも、もう幾年も現れていないと聞いていた。

ニャニャミャイですら一度も見たことがなかった故、稀人が迷い込んだと聞いた時は半信半疑であったが。……迷惑だったか?」

「迷惑なわけないじゃん! そうじゃなくて、私が言いたいのは」


 どう言えば、いいのだろう?


「ナツメはさ、自分は何十年も出られなくて、ずっとここを彷徨ってんでしょ?」

「ふむ。確かにそれを言われるとな。頼りなく見えるのも無理はない。だがそれは道に迷っているからではなく、ニャニャミャイは結界のせいで……」

「そういう意味じゃなくってさ。自分は出たくても出られないわけじゃん」

「だからこそだろう? ニャニャミャイはずっとここにおるのだ。ククリよりずっと、ここに詳しい。このような身体からだになってはしまったが、道案内くらいならしてやれるさ」


 だから、そう言うことじゃなくってさ……。だって、私だったら。


 自分がそのような苦難に直面していて、それでもなお、こんな風に人を助けようなんてしただろうか? 助かるのはその人だけで、自分が助かるわけでもないというのに。

 なのにこの、自分を咎人だと蔑む子猫は、自分の行動に何の疑問も持っていない。

 

 だんだんとムカムカしてくる。なんかさー、おかしくね?


「そっか。じゃあ決めた」


 私が困っていたら助けようとしてくれる人。もしそんな人に出会えたとして、その人も困っていたとしたら、絶対に私が助けてあげるんだ。

 ナツメとお嬢を苦しめたネズミの咎人が、この先にいる。


「ではもう一度聞こう。進むか。進まざ……」

「どー聞いても進む一択なんですけど」


 ナツメは少し驚き、ひげをピクピクとさせる。


「なぜだ? ニャニャミャイのこのザマを見ておるのに」

「ぶっちゃけ私、ナツメみたいに頭良くないし、まだ、話ぜーんぜん飲み込めてないんだけどさ。それでも分かることはあるよね私にも。だってさー。なんか、いろいろムカつくんじゃん」

「何に?」

「だから、ここのルールとか禁忌とかってやつに。

大体さー、私、校則とかルールとかそういう系? 大っ嫌いなんだよねー。さすがに全部が全部とは言わんけど、ほぼほぼ無意味なやつばっかじゃん? ネイルの何が駄目なの? イミワカンナイ」


 ビール瓶ケースから腰をあげる。鞄をしっかりと持ち直した。


「ナツメもお嬢も、絶対いい子じゃん? そんなん私ですら一目でわかるっつの。で、その何? ネズミの咎人? クソすぎー。なのになんでこれ、逆になってるワケ? 

ルール作ったやつ、私よりバカなんじゃね? って話だし」


 進行方向は決めた。

 すっと曲がり角を指さして言ってやった。


「だから進む一択。早く迷家、連れてって」


 ナツメは、諦めたように小さくため息をつく。


「だから知らぬほうが良いといったのだ……。ククリは……お嬢と同じ種類の人間に見えるよ」

「なになに? それってもしかして、さっき言ってた、とても愛らしいとかってやつ?」


 ナツメは呆れたように苦笑をしつつも、やさしげに言う。


「なんだかんだでお人好し、ということだ」




――あとがき――

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