第9話 りがいのり❤

 ナツメの話は核心へと差し掛かった。つまり、お嬢がネズミになってしまった時の話である。


迷家まよひが妖言およずれごとの一つに、『絶対不可侵領域』と言うものがある。結界の一部、迷家へと繋がる門になっている箇所は、他と違って、調娘つぎこがこの妖言およずれごとの力を利用して張っているもののようだ。まあ、簡単にいえば、そこだけは出入りが可能にしてあり、結界の解除も可能。結界が壁だとするなら、そこは壁に作られている扉ということになろうか? そして、調娘の判断によって鍵の開け閉めが出来るように作られているということだな」


 どうやら結界には、一箇所だけ他の場所とは違う特性がある場所があるようだ。


妖言およずれごとって継子つぐこが使う魔法のようなもの、だっけ?」

「うむ。そうだ。常夜とこよの品である継白つくもを媒介として現世うつしよことわりを越えた力を行使する。所持している継白によって、使える力は様々だがな」


 ということは、だ。


妖言およずれごとって調娘も使えるの?」

「調娘の初代は、付喪つくもであったと伝わっている由縁の一つだな」

「じゃあ、やっぱり調娘っていうのは継子の親玉みたいなものだってこと?」

「親玉――というより、ある意味では、母親みたいな存在とは言えるかも知れん。調娘と迷家は、稀人まれびとに継白を与え、新しい継子を生み出す役割を担っているわけだからな」


 なるほど……母親かぁ……。


「じゃあ、迷家は調娘の継白ってことになるの?」

「ふむ? ……まあ……言われてみれば、確かに似たようなものではあるが。そもそも継白とは、平たく言えば、ただの常夜の品に過ぎん。それだけでは、それ以上でもそれ以下でもない。常夜の『もの』を現世うつしよの『もの』が使うことにより、現世うつしよ常夜とこよことわりから逸脱する。それが理外りがいとなり、ことわりを揺るがす力を持つ継白と成る。そして迷家も同様に、常夜にあるものだからな」


 ナツメは少し考え込んでいたが、気分を切り替えて話を続けることにしたようだった。


「『絶対不可侵領域』は、様々な禁忌を持つ代わりに調娘に絶対的な守りの力を与える妖言およずれごとらしい。

また、弾く対象も細かく指定できるというわけだ。人外の侵入を禁じる。とかな」


 それで、人は通れるけど人外は通れないなんて不可思議な状態になっているわけか。


「しかし、力のみなもと妖言およずれごとであるからには、迷家と、その力の担い手たる調娘のリンクが途切れれば、ほどなくして結界は消失してしまう。

お嬢が結界を越えて常夜側に入り込み、迷家の敷地内から離れてしまったことにより、迷家は調娘不在の空き家となり、迷家を守る結界が消失してしまったのだ」


 常夜の物である迷家と、現世うつしよの者である調娘の両者が揃って、初めて結界は成立する、ということか。

 そこが分断されたせいで、結界を形成していた力の供給源も断たれてしまった――つまり、電源のコンセントが抜けてしまったみたいな感じだろうか?


「先程のククリの言葉通り、調娘にとっての迷家は、継子にとっての継白に近しい。それが無ければ、調娘と言えどただの人だ。

調娘は、迷家の敷地内にいる限りは迷家の妖言およずれごとに守られて絶対不可侵の存在だが、一度ひとたびそこから出ればただの年端も行かぬ小娘に過ぎぬ」


 例えるなら、魔法使いが魔法の杖を手放してしまった、ということになるのだろう。


「その一瞬の隙を見て、彼の者は迷家に侵入。迷家のあるじ――すなわち調娘となりかわり、お嬢の名前と身体からだを奪取。そして迷家のシステムを掌握。即座に結界を形成し直した。その時結界の外にいたお嬢は調娘の立場と名前、自らの姿形を簒奪さんだつされ戻れなくなった。そして彼の者は……ドブネズミの姿をしていたというわけさ」


 これが、お嬢がネズミの咎人とがびとの姿になってしまったことの顛末らしい。


 ナツメの顔には、明らかに激しい怒りの感情が含まれている。基本的には思慮深く、慈愛に満ちた性格のナツメにしては、珍しいことだと思った。

 それほど、ナツメにとっては許せない出来事だったのだろう。


「彼の者は、調娘の地位を簒奪するために、お嬢を迷家の外におびき出したのだ。お嬢のやさしさにつけ込むという最も唾棄すべき方法でな。

お嬢は変わった調娘だった。彼の者は、お嬢をお嬢たらしめていた物を利用した」


 しかしナツメは、彼の者――ドブネズミの咎人に怒りを感じているのだろうか?

 それも何か違う気がした。


「それは確かに、今までの歴代の調娘には通じなかった手であろうよ。

調娘としてのお嬢の未熟さが呼び込んでしまった顛末なのだろうさ。

だが……ニャニャミャイには、それが悪いものだったとはどうしても思えぬのよ。

なのに今お嬢は、自分の優しさを自分の未熟さだったと後悔している。

全ての原因は! ニャニャミャイさえいなければ」


 多分、ナツメが怒っているのは……。


「それが……ニャニャミャイが、一番自分を許せぬ理由だ」


 自分自身にだ。


 穏やかなナツメとしては、ありえないくらいに熱のこもった感情の吐露だった。

 

 ナツメもお嬢も、こうなってしまった原因はネズミの咎人ではなく、自分にこそあると思っているようだ。

 だからこそ私は、余計にそいつを許せないと思った。


「ネズミの咎人? 今はそいつが、この先の迷家ってとこにいるわけ?」

「そうだ。お嬢の名前と身体からだを奪い、お嬢に成り代わってな。だが安心しろ。やつも調娘でい続けるためには、調娘でい続けなければならん。言ったであろう? 様々な禁忌があると。調娘は、稀人まれびとを歓待せねばならんのだ。

ククリは稀人。偶然開いた入り口から迷い込みはしても、出口もまた開かれている。調娘と言えど、ククリに対して妙な真似は出来ぬし、もしククリがあやつと相まみえることがあったとしても、あくまで調娘として振る舞ってくるさ」


 お嬢がネズミの姿になってしまった事の顛末を話し終えたナツメは、ふぅと小さく息を吐いた。話すだけでかなりの体力を消耗してしまったように見える。

 それほどナツメにとって、拭いきれない後悔と自責の念が、今も鋭く胸を突き刺し続けているつらい過去なのだろう。

 

 ごめんね。話してくれて、ありがと。


 私は、心の中でお礼を言った。

 ナツメが少し落ち着くのを待って、話を再開することにしよう。

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