第25話 けむにまく❤
私は
戦いの第一ステージとなる、私と似非調娘との化かし合いが始まった。
私は宣戦布告のつもりで言い放つ。
「あのさ。あんたがその名前を名乗るの辞めてくんないかな? イラッとするんだけど。ツキミちゃんはあんたじゃない」
「おやおや。これはこれは何かお気に召しませんでしたか? ふむ……ツキミはわたくしではない?」
私としては、喧嘩を売ってやったつもりだったのだが……。
その言葉を聞いた似非調娘は、とくに腹を立てた様子も見せず、借り物である可憐で清純そうな顔を不思議そうに
憎たらしいのに、一々かわいいなちきしょー。
「どういう意味だ? ……まさかな。
似非調娘は、はっと何かに気づいたように目を見開いた。私を見る目が変わる。瞳に明らかな警戒の色が宿ったのを感じた。
「そうか。数百年にわたり現れていないという、完全なイレギュラー要素。
似非調娘は、改めて品定めでもするように私をじっとりした目つきで見る。
「よくよく考えてみると、
私の反応を伺うように、じーっと見つめて来る。自分の思考をわざと聞かせて、私を観察しているようだった。
「故に、咎人の
ぞくり、とした。たったあれだけの会話で……。
「なぜこんなことになった? どこから狂い始めた? 稀人が来訪し、名を尋ねたことにより、自らの名を思い出したのか?」
似非調娘は、苛つきを抑えようとするように親指の爪を噛みながら話し続ける。かなり神経質な性格に見える。
対象的に、ナツメは終始落ち着いているように見えるのだが、ナツメと似非調娘の論理の組み上げ方は非常に似通っている気がした。
ナツメも、事の始まりに戻って根本原因を考えると言っていた。
この二人は、一体どういう間柄なんだろう?
「今は、
ヤバい。こいつ、確かに頭の回転がデタラメに早いのかも。
あのナツメがいろんな情報を必死にかき集めて長時間かけてやっとのことで辿り着いたところまで。
私が発したたった一言だけを頼りに、わずか数瞬の間に辿り着いてしまった。
「つまり、あの
私もしかして……初っ端から勢い余って、いらないこと言っちゃった?
戦う気力が有り余ってしまった結果、それが駄目な方に出た。迂闊にもほどがある。
こちらの狙いがバレ始めている。
あのナツメが賢しいと評していただけのことはある。
ニャニャミャイなどはまるで足元にも及ばぬ――とかなんとか言ってたのは、てっきり奥ゆかしい性格であるナツメの謙遜なんだと思ってたけど。
ナツメに負けず劣らず、相当に頭が切れそうな相手。
こんな男相手に、本当に私だけでなんとか出来るものなのだろうか?
「嫌な予感がする。確かめて見るか」
似非調娘がぱちんと指を鳴らすと、突然空中にモニターのようなものが現れた。
な、なにコレ? これも
「どこの誰に何を吹き込まれたのか存じませんが……わたくしこそが調娘の
続けてもう一度ぱちんと指を鳴らすと、テレビのスイッチが入ったようにモニターに映像が映し出された。
そこには、ツキミちゃんが映っていた。
迷家の結界の前をウロウロとしているようだった。手持ち無沙汰な様子である。
ツキミちゃんは私たちの切り札であるが、結界がある以上はまだ何も出来ない。
「ツキミちゃん!」
「ほう……やはり、あの
「はぁ? イミワカンナイ。ツキミちゃんはツキミちゃんだっての」
似非調娘は、眉根をよせた。
「しかし……あの
似非調娘は、少し考えた後に私に語りかけてくる。
「そう言えば、稀人様が、何度かあいつと絡んでいるところをお見かけしましたよ」
「あいつ?」
この人……私に話しかける時だけ丁寧な口調で似非調娘モードになる。
似非調娘は調娘を演じ続けるだろう、とナツメは言っていったけ。
偽物だからこそ、本物よりも本物である必要があるのだろう。
不適格と、迷家に見限られでもしたらそこでおしまいだから。
また似非調娘がぱちんと指を鳴らした。モニターに映っている映像は、撮る対象を切り変えたようだった。
今までツキミちゃんを映していたカメラを水平方向に動かしたように、モニターの中の景色が横へとスライドしていき、今度はナツメの姿を中央に捉えた。
ナツメは迷家の周りを覆う竹垣を虱潰しに前足でふみふみとしていて、何かを調べているように見えた。
そう言えば――ナツメは常に見張られていると言っていたが、この空中に浮かぶモニターのようなもののことを言っていたのだということが理解できた。
確か、迷家の持つ
調娘の大事なお役目の一つが、咎人の監視だとナツメが言っていたはず。
恐らく調娘は、天神様の細道の映像を自由に映し出して見ることが出来るのだろう。
だからナツメは、今までは下手な動きを見せることが出来なかった。
逆に言えば、似非調娘はそれほどナツメを意識しているということ。
「あいつ……何をしている?」
私はナツメが何をしているか知っている。
結論から言うと、ナツメは何もしていない。何かしているように見せかけているだけだ。
ナツメは自分が警戒されていることを知っている。
何かしらの意図のわからない不可解な行動を取れば、多少の混乱を呼べるかも知れないし、本当の狙いから気を逸らす効果も期待できる。そう言っていたからだ。
「ナツメ……」
「ナツメ? おやおや。いや、まさかこの者に新たな名前をお与えになったのですか?」
「それが何? あんたに関係ないでしょ」
似非調娘の顔がさらに厳しくなる。
「稀人とは、他界からの来訪者。新しい何かをもたらす者だと言う……故に、
似非調娘は、ぶんぶんと強く頭を振った。
「だが結局、今のところは何の力もない名前に過ぎぬ。あいつは肝心の
似非調娘は頭がいい。もっとも警戒すべきはツキミちゃんだと言うことは頭では、分かっている。
一見するとナツメのブラフは、効果があまり見られないようだったが……。
そもそも完全に無力だったナツメをずーっと気にしていたほどだ。
そこに、新たな名で呼ばれていると言う不確定要素が加わり――ナツメの不可解な行動に対する疑念を完全には払拭しきれてはいないようだった。
ナツメの打った手は、ほんの少しは似非調娘に焦りを与えたように見えた。
だがすでに、似非調娘はこっちの切り札がツキミちゃんであることにまで辿り着いてしまっている。
状況は最初よりさらに悪化してしまっているように思えた。
正直、これはナツメのせいじゃない。完全に私のミスだ。
ナツメの作戦はいわば奇襲であり、二度は通用しない類のもの。狙いを看過されたらそこで負け。
だからこそ、ナツメはあの手この手で本当の狙いを
なのに、私の軽率な発言や行動が、次々と似非調娘にヒントを与えてしまっている。
ナツメと似非調娘の直接対決ならこうも一方的に押されはしないのだろうが、いかんせんナツメの代理を私が努めているのがあまりにも痛すぎる……本当に自分が情けなくなった。
調娘がぱちんと指を鳴らすと、モニターは消えてしまった。
「しかし、稀人様と言えど、勝手なことをされては困ります。わたくしは常夜のルールを守り、秩序を保たなければなりません。咎人は人の形と一緒に名を奪われるのです」
はぁ……こいつもか。ほんとここのやつらってルールルールって五月蝿いなぁ。
「名とはその者の存在そのもの。咎人は、二度と自らの名前を呼ばれることは無く。彼らは誰からも認知すらされないまま、孤独に、永遠に、夜の世界を彷徨い続ける。そういう
本当は自分が咎人で、ツキミちゃんの善意につけ込み、名と
「あのさー、ちょっと言わせてもらっていい?」
「ええ。どうぞどうぞ。ご遠慮なさらず」
大きく深呼吸をして、似非調娘を睨みつけた。
「ナツメはナツメだしツキミちゃんはツキミちゃん。常夜のルールなんか知るかっつーの! そんなもん、くそくらえだし!」
「ほう……これはこれは……なかなか面白いお客様のようですね。ささ、中へお入りください」
似非調娘は借り物の綺麗な顔をぐにゃりと歪めながら、迷家の屋敷の中へと私を
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