第26話 にたものどおし❤

 迷家まよひがの屋敷の中には埃一つなく、全てにおいて清潔感があり、衛生観念が行き届いているように見えた。

 これは、似非調娘えせつぎこが偽物でありながらも管理者としての仕事をしっかりと果たしている証左でもあるのだろう。


 迷家は、ゴミまみれで悪臭が漂う常夜とこよとはまるで別世界だった。

 しわよせが全て常夜の方へ行っているような気がして来る。何となく世の中の歪みのようなものを感じてしまい、少し気が引けた。


 そして……やはり私には、常夜において似非調娘が感じていたのであろう怒りや渇望、鬱屈とした感情が少しだけ理解できてしまうのだった。


 常夜の惨状に心を痛めたツキミちゃんは、新鮮な食べ物を差し入れた。結界の外に出れないツキミちゃんは、それでもなんとか咎人とがびとたちを助けてあげたくて、一生懸命に思案した。その結果……。


 食べ物を物干し竿にくくりつけて、落としてよこした。


 ツキミちゃんはひたすら純粋にやさしいだけの少女だ。そこに悪意など微塵もなかっただろう。

 それをそのまま素直に受け取ることが出来たナツメ。


 だがしかし、その行為に複雑な感情を抱く者もいたに違いないのだ。

 表裏一体。すべての物事には、コインのように必ず表と裏がある。そしてコインは、ちょっとしたはずみで簡単にひっくり返る。


 だから、全てはその人の感じ方や、受け取り方次第。


 似非調娘は名門の出であり、ナツメは寒門の出だったという。それもあったのかも知れない。

 似非調娘が施しを増悪し、幼い調娘つぎこに復讐を誓ったまさにその時、ナツメはツキミちゃんの奉仕の心に感謝して、その人を慈しむことが出来たのだ。


 そんなことを考えつつ迷家の勝手口で靴を脱いでいると、似非調娘がすぐにスリッパを差し出してきた。私の靴を持ち上げながら言う。


「お履物は、正門の方にお持ちしておきます。お荷物は……」

「いい。自分で運ぶ」

「そうですか。ではどうぞ、こちらへ」


 迷家の屋敷に入り私が通された部屋は、応接間として使用されていると思われる座敷で、茶室のようになっていた。


 真新しい畳に障子。高そうな掛け軸――総じて、調和のとれた感じの良いデザインの和室だ。

 部屋の隅には上品な茶道具がまとめて置かれており、それがインテリアとしても機能しているように見えた。


 中央には小さな囲炉裏――茶の道では、と呼ぶのだったか――があって、鉄瓶が備え付けられていた。炉からは、ほのかに煙が舞い上がり、心が落ち着く炭の香りが漂っている。

 炉の周りには柔らかそうな座布団が敷かれていて、私はそこに座るよう促された。


「大変だったでしょう? 常夜の旅は。ここでは、どうぞごゆるりとお過ごしください」


 この似非調娘は、偽物とは言え、非常に立ち振舞いが様になっている。

 ありとあらゆる行動の所作の端々に、隠しきれない品の良さが滲み出ているように感じた。恐らくこういった場所での礼儀作法を熟知している。


 ドブネズミに成り下がる前は、きっとマナーに厳格な格式高い家柄の者だったのだろう。


 そして似非調娘は、単に礼儀作法に優れるだけではないことを私はすでに知っている。頭の方も、ナツメに負けず劣らず――いや、下手するとナツメ以上に回転が早いかも知れない。

 

 あまり自分のことを語りたがらないナツメがしてくれた、数少ない身の上話から察するに、ナツメと似非調娘は同時代に生きる継子つぐこだったようだ。

 似非調娘は、当代に並び立つものなしと謳われた飛び抜けて優秀な継子であったという。

 

「もっとも付喪つくもに近い男」と称されていたとか。


 なのに、なぜか明らかに格下であるナツメを恐れ、嫌っていた。


 ナツメコンプレックス――なんとなくだが、想像できてしまう。

 なぜなら私という人間の本質は、悲しいけど、ナツメよりむしろ似非調娘の方に近いと思うからだ。


 やはり、表裏一体なのだ。

 ナツメに恋い焦がれるのと、ナツメを恐れ遠ざけようとするのは、真逆のようでいて、実は根っこの部分にある感情は非常に似通っているように思う。


 似非調娘は、ナツメが持っていないものをたくさん持っていたはずだ。

 ナツメがどんなに望んだとしても、絶対に手に入れることが出来ないものをたくさんたくさん。


 だが、残念ながらナツメは……それらを望んでくれなかったし、欲しがってはくれなかったのであろう。


 昔もそうだし、今もそうだ。似非調娘は、調娘として圧倒的な力を手に入れたのに、それでもなお、無力なはずのナツメを恐れ警戒している――その理由は。


 似非調娘が持ち合わせていない何かを、ナツメが持っている気がするからだ。

 全てを失っているはずのナツメが、それだけはずっと変わらず持ち続けている。


 人々がナツメに惹かれ、周りに自然と人が集うのは、きっとナツメの頭がいいからでもなく、家柄や血筋がいいからでもなく、継子としての実力が高いからでもないのだから。


 ある意味で私以上にナツメに強く執着しているらしい似非調娘は、調娘としてのお役目を全うするべく、流れるように美しい所作で私を歓待してくれた。

 私も素直にそれに従う。


 私と似非調娘。その心の中心にはいつもナツメの存在がある。

 ある意味で似たものどおしの二人。例えるなら、女狐と古狸と言ったところか。


 似たものどおし――狐と狸の化かし合いは、いまだ予定調和。

 お互いに、勝負どころはここではないのだ。

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