第27話 よもつへぐい❤

 似非調娘えせつぎこは、調娘つぎことしてのお役目を全うするべく、流れるように美しい所作で私を歓待してくれる。


「今晩はここにお泊まりくださいませ。わたくしはお食事の用意をしてまいります」

「あんたの作ったものなんか食べたくないんですけど」


 我ながらちょっとあんまりな言い草だと思うが、これは作戦の一貫なので仕方ない。


「おや? ご説明は不要だと思っておりましたが? 何かしらお口にしていただかないと、常夜とこよから出ることは叶いません」


 しかし、似非調娘は腹を立てる様子を見せてはくれなかった。まあ、この程度で怒り、私に手を出し、禁忌を犯してくれるような簡単な相手では無いのは分かり切っている。


「あーはいはい。じゃあ一口だけ。無駄に作らなくていいから。勿体ないし」

「かしこまりました。では、お茶菓子でもご用意致しましょうか」


 ここまでは聞いていた通りの展開だ。

 私も似非調娘も、腹の中で何を考えていようと、お互いに与えられた調娘と稀人まれびとの役目を演じ続けるしかない。

 ないのだが……このままだと、私達の負けに等しい。

 似非調娘はそれが分かっているから、余裕綽々で淡々と仕事をこなし続けている。

 

 私がナツメやツキミちゃんと繋がっていることは知っているようだが、結局のところ双方お互いに危害を加えるわけにはいかないのだから、このまま何事もなく私を継子つぐこにして現世うつしよに還してさえしまえば、それで似非調娘の脅威はさる。

 残った二人は、結界を越えることすら出来ないのだ。


 何もせず、何も起こさない――が似非調娘にとってもっとも手堅く隙のない最善の戦略。

 対する私は、何かしないといけないのに、まだ何も出来ない。


 だから、何も出来ないなりに僅かな抵抗を試みるしかないのだ。


 わざとらしいくらいに、出来得る限り反抗的で敵対的な態度を取り続け、せめて相手に警戒心だけは抱かせ続けておきたい。

 ここはまだ、勝負どころではない。その時が来るまでに、少しでも似非調娘の精神力を削っておく。


 私はこの後、一晩迷家に泊まることになる。

 似非調娘は一晩中、私の行動を……さらに言えば天神様の細道にいるナツメ、ツキミちゃんを合わせて三人の行動監視をし続けることになるだろう。

 疲労度は圧倒的にこちらより高くなる。


 それで、少しでも思考の速度、判断の速度、反応速度が鈍れば御の字だ。


 勝負は最後の最後。

 無力だった私も黄泉竈食よもつへぐいの儀式を終わらせさえすれば、継白つくもを得て、妖言およずれごとを使えるようになる。チャンスはその時にしか無い。


 私が一体、継白に何を選び、どのような妖言およずれごとを使ってくるのか。

 似非調娘は間違いなく、私の妖言およずれごとを警戒しているはずだ。


 二度は通じない。一度きりのチャンス。奇襲。全てをそのタイミングにかける。


 私は似非調娘が出してくれたお茶菓子を一つだけ食べて、すぐに寝床を要求した。お茶菓子自体はこの世のものとは思えないほどに美味しかった。

 まあ、実際にこの世のものではないのだけれど。


 しかし食べた直後に、耐え難いほどの強烈な眠気が襲ってきたのだ。

 それはまるで、アップデートで新たな機能がインストールされた身体からだが、再起動を求めているような……。


 一瞬、薬か何かを盛られたのかと疑いかけたが、すぐにそれは無いと思い直した。

 なぜなら、そんなことをしても似非調娘に百害あって一利も無いことが明白だからだ。


 似非調娘の目的はあくまで、私をつつがなく現世うつしよに送り還すこと。私に危害を加えたと迷家が判定してしまえば、即、禁忌に触れたとして咎人へと堕ちてしまう。

 だから、薬を盛るなどという行為は絶対にできようが無いはずなのである。


 むしろ似非調娘は、ふらふらとする私を見て、慌てふためいていた。よろける私の身体からだを支えつつ、すぐさま客間へと案内してくれた。

 そこにはすでにふかふかの布団が用意してあった。さすがに手際が良い。


 あの慌てぶりからして、似非調娘は似非調娘で、ナツメが仕掛けた罠か何かだと思ったのであろう。私に何らかの危害を加えさせて、反則勝ちを取りに行こうと言う作戦――とでも思ったのかも知れない。


 だがナツメに、味方を犠牲にする作戦など考えつきようがない。

 それが恐らく、ナツメが駆け引きにおいて似非調娘に一番大きく劣っていた部分なのであろうが、似非調娘はそのことをまるで理解していないようだった。

 

 私にとってはこれほど当たり前のことであるのに、あれだけ頭の良いはずの似非調娘には、それが全く見えていなかったのだ。

 私は眠りに落ちる寸前、未だ圧倒的に不利な状況ながら、僅かな勝機を見い出した気がして、ふっと笑ってしまった。

 

 異常な眠気は恐らく、黄泉竈食で体質が変わるらしいので、その副作用か何かだったのだろうと思う。

 稀人が黄泉竈食をするところを、似非調娘もナツメも、それどころかツキミちゃんですら見たことはないようであったから、こうなることは誰も知らなかったのであろう。


 稀人に常夜の食物を食べさせさえすれば、それで体質の改善は完了し、黄泉竈食の儀式の条件はクリアされているはずだ。

 なのになぜか、ツキミちゃんの話を聞く限り、『一宿一飯させる』と決められているらしい。


 その理由がこの私の反応だったのだろう。常夜の食物を食べたら、それが身体からだに馴染むまでにはしばしの時間が必要で、しかも馴染むまでは立っていられないような状態になるからなのだ、ということがよく理解できた。


 私は、似非調娘の力を借りつつなんとかかんとか客間に付くと、用意されていた布団に倒れ込むようにして潜り込んだ。

 黄泉竈食による副作用と、疲れ切っていたせいもあって、私はすぐに眠りに落ちてしまった。


 なんだかとても不思議な夢を見た気がするが、月が綺麗だったことくらいしか、よく覚えていない。


 こんな時でもぐっすり眠れるのって、実は私のすっごい強みなんじゃ?


 そして……久しぶりの朝を迎えたのだった。本当に長い夜だった。随分久しぶりの夜明けである気がする。


 この程度で長い夜だったなんて、ずーっと夜の世界に閉じ込められているナツメやツキミちゃんの前では決して言えないだろうけど。


 今はおそらく、結界のこちら側は朝で、あちら側は夜という異常な状態になっているはず。

 だがそのおかげで、ナツメとツキミちゃんにも、ここまでは順調に作戦が進んだということは伝わっただろう。


 黄泉竈食の儀式を終わらせて継子となる資格は得た。


 さあ、ここからが本当の勝負である。

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