第6章 刹那と久遠が交差する。
第24話 つきみちゃんはあんたじゃない❤
その迷家の敷地内に入るための入り口には、門のように鳥居が立てられていた。
この鳥居のことを、ナツメやツキミちゃんは裏門と呼んでいるようだった。
竹垣と鳥居には結界を張るための
私は抱きあげていたナツメとツキミちゃんの二人を地面に降ろした。
名残惜しい。ここからは一人で行かなくてはいけない。
小さな二人がどれだけ心強く、頼りがいがある存在だったか、改めて思い知らされた。
「ぱっと見じゃ良くわかんないけど、結界っていうのが張られてるんだよね?」
「ふむ。この通りさ」
ナツメは鳥居の下まで生き、手を伸ばした。すると、まるでそこに透明な壁でもあるかのように、ナツメの手が鳥居の向こうに入っていこうとするのが阻まれてしまった。
「パントマイムじゃないよね?」
私は、じとっとした目でナツメを見る。
ナツメはクスリと笑い、やさしげに笑った。
「馬鹿を言うな」
「そっか。これが結界。で、ここが裏門かー。ここだけは
ナツメは、こくりと頷きつつ言う。
「代わりというか……鳥居とは門なのだよ」
首をひねる私に、ナツメはゆっくりとした口調で言って聞かせてくれた。
「そもそも鳥居と言うものはな。神域と人間が住む俗界を区画している結界なのだ。神域に不浄なるものを立ち入らせないようにしている」
「んー? 注連縄と同じようなこと言ってない?」
ナツメは頷きつつ話を続ける。
「そうだな。同じような役割を持つものとは言える。だが、注連縄が神域との境界線を示しているのに対し、鳥居は単に境界であることを示しているというよりは、神域への出入り口を示すものである――という点が重要な要素になって来る」
ナツメが、鳥居をぽんぽんと叩いた。
「ここからなら出入りができる、と言うことだな。それ故に、一種の門と呼んでしまっても差し支えがないということさ」
「ふーん。だから裏門って呼んでるのか」
ナツメはいつものように、にゅっと爪を出して地面に達筆な字を書いて説明してくれた。『於上不葺御門』という謎の文字の羅列。
特定の種類のギャル――いわゆるヤンキーギャル等と言われる人種――は漢字にだけは滅法強かったりするものだが、私が憧れて目指しているギャルは残念ながらそっち系ではないのでちんぷんかんぷんである。
「そもそも、鳥居は別名として
なるほど、やっぱり門なんだ。
「鳥居は神社にあるものというイメージが強いだろうが、神社より鳥居を立てる風習のほうがより古くからあったと言われている。
最初は今と逆だった――と考えられるかも知れんな」
「逆?」
ナツメは、ふーむ……と唸りながら話す。
「つまり……神社という神域に鳥居を建てたのではなく、まず最初に何者かが設置していた異界へとつながるゲートがあり、かつてそれがあった場所に神社を建て、そこを神域として祀った、とかな」
「この迷家はどうなのかな?」
「さて? 残念ながら、ニャニャミャイごときには到底与り知れるところではない」
二人と別れるのがためらわれて、そんなとりとめのない
「よし、おっけ! じゃーツキミちゃんはネズミじゃない作戦、そろそろ決行しよっか! それじゃ、ちょっとだけ先に行ってるからさ。二人共、少しだけここで待ってて。すぐに三人揃ってあっち側に入れるようにするからね」
「なあククリ。何があってもククリだけは……」
「約束、したでしょ? 三人一緒。だからそういうのは無し」
「そうだったな。すまぬ」
私は鳥居の下を潜る。なんの抵抗もなく通ることが出来た。ナツメの時のような、結界的なものは一切感じない。
やはり、私だけが無事に入ることが出来るらしい。これが
不思議ではあるが、もはやその程度のことで驚くことはなくなっている自分がいる。
鳥居の向こうにいる二人に向かって、無事に通過できたよ、とピースサインをしてみせた。当然、ギャルピースである。
二人は、ニコリと笑い頷く。
さあ、迷家の敷地内に入った。ここからが私の仕事だ。
鳥居から、迷家の屋敷入り口まで石畳が敷かれている。
あの屋敷の中で、ツキミちゃんの
私は今後、円滑に作戦遂行するためには、地形をある程度頭に入れておいた方が良いだろうと、周囲を確認する。
敷地内には庭があり、四季折々の花が咲き乱れている。畑が作られている一角があり、野菜や果物が豊富に実っていた。
庭には放し飼いのニワトリが数羽いて、コケコケと鳴いている。頭をカクカクと上下左右に動かしながら元気よく歩き回っていた。
親鳥なのであろうニワトリの周りには小さな雛鳥のヒヨコたちもいて、ピヨピヨ鳴きながらニワトリの後を一生懸命ついて行っている。
仲良し親子という感じでとてもかわいい。
このニワトリたち――なんだか凄く幸せそうというか、能天気そうというか……それが、かわいいっちゃかわいいんだけど……でもさー。
ええっとぉ……ツキミちゃんが言ってたの……こ、この子たちのことなの?
ぶっちゃけ、何も考えてなさそうにしか見えないんですけど!
今、目があった? いやあったのこれ? てか、このニワトリ、そもそもどこ見てるの? それすらよく分からん。
ブンブンと頭を振った。外見で判断してはいけないと学んだばかりじゃないか。
ナツメが、鳥類は眼球を動かすことが出来ないから、上下左右に首を振っているのだって言ってた。人間から見たら、少しアホの子っぽく見える動きにも、彼らからしたらちゃんと意味があるってこと。
カラスなんかは凄く知能が高いって聞くし。
とにかく私は、自分がやらなくちゃいけないことをやるだけ! 後はナツメとツキミちゃんがなんとかしてくれる。あの二人なら、絶対に大丈夫。
私は一人で頷き、石畳の上を進み、迷家の入り口へと到着した。
迷家は藁葺き屋根に漆喰の壁で出来ていて、緑の蔦に覆われている。
裏門と呼ばれてるだけはあって、こちら側にある扉には大きな玄関などがあるわけではなく、勝手口とでもいった様相の入り口になっている。
野菜や果物を育て、卵を生むニワトリを放し飼いにしている庭につながっている所から考えても、おそらく、入るとすぐそこが台所になっているのではなかろうか。
古い建築様式だし、ある意味見た目通りというか……インターホンのようなものは無かった。
扉をどんどんどんと叩きながら大きな声で中にいる者に呼びかける。
「たのもー」
気合が入りすぎて、道場破りみたいなヘンテコな呼びかけ方をしてしまったが、そのくらいの気概で望んでいるのだから良しとする。
「はい」
中からすぐに返事があった。ナツメが、似非調娘はいつもナツメを見張っているとか言っていた。
ということは、私が来ることは想定済みだったのかも知れない。
「どうぞ。開いていますのでお入りください」
裏門側はいつでも稀人が入れるようにしてあると言っていたから、通常時からして鍵などはかけていないのかも知れない。
応答してくれた声は、落ち着いた感じの低音ボイスだった。はっきりいってかなりのイケボである。声の感じからしてすでに声変わりを終えた後の男性と思える声質だった。
扉を開けると、やはりそこは台所のようであった。
想像どおり、裏門側は勝手口のようだ。台所には、目につく大きな
ふーん。これが噂の、
すぐに巫女服に身を包んだ少女が出て来て、出迎えてくれた。
目を奪われる。
七つまでは神のうちとはよく言ったものだと思う。神がかり、というやつだろうか。どこか浮世離れした神秘的な雰囲気を持っている。
庇護欲を唆られる、現実離れした愛らしさ。
年のころは四、五歳といったところだろうか。
可憐という言葉がぴったりの少女で、きめが細かく、透き通るような白い肌がその清純さを引き立てている。
髪は艷やかな黒髪のロングで、一本一本が絹のように滑らかであった。
なにコレ超可愛いかわいいカワイイ可愛いかわいいカワイイ……。
「ようこそお越しくださいました
その言葉を聞いてはっと我にかえる。可憐な容姿と恐ろしいほどに不釣り合いな低音イケメンボイス。
一見、非常に丁寧な対応をしてくれているように見えはするが……。
そうか――こいつがツキミちゃんの名前と
そして、このとんでもなくかわいい美幼女の姿が、本来のツキミちゃんの姿なのだろう。
「あのさ。あんたがその名前を名乗るの辞めてくんないかな? イラッとするんだけど。ツキミちゃんはあんたじゃない」
「おやおや。これはこれは何かお気に召しませんでしたか? ふむ……ツキミはわたくしではない?」
ツキミちゃんの名前はお前のものじゃない。それは私の宣戦布告――のつもりだったのだが。
だが、この不用意な開戦宣言は、初っ端から私が大きなミスを犯してしまったということに他ならないのだった。
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