第31話 びーにいこう❤

 黄泉竈食よもつへぐいを終わらして、私の身体からだ常夜とこよの道具を使いこなせる体質へと変化しているはずだ。

 これで、私が継子つぐこになる準備は整った。 


 迷家まよひがは、準備が整った者に何か一つ贈り物をしてくれるという。それが私の継白つくもとして登録され、継白を通して現世うつしよことわりを覆しうる力、妖言およずれごとが使えるようになる。


 ――似非調娘えせつぎこは、ククリの妖言およずれごとを警戒しているはずだ。一体、どのような継白を選び、どのような妖言およずれごとを使ってくるのか、とな。


 と、ナツメは言っていた。

 選んだ継白によって使える妖言およずれごとは変わってくる。私の選択に全てがかかっているということだろう。

 私は、責任の重大さに少し身震いがする思いだったのだが。


 しかし……ナツメの言葉は、こう続いた。


 ――が、そんなことはどーでもいい。


 ナツメが言うには。



***



「どうせ何をやっても迷家内にいる調娘つぎこには勝てん。多少、妖言およずれごとが使えるようになったところでそれは何も変わらん。仕掛けるなら、その前だ」

「その前?」

「ふむ。ここで重要なのは、似非調娘が、妖言およずれごとを最も警戒してくるであろうということだけだ」

 

 私には、ナツメが言っていることがイマイチ理解しづらくて、首を傾げてしまった。そんな私を見て、ナツメはさらに詳細に作戦を説明してくれた。


「まずはその時までに、似非調娘の精神をギリギリまで削り、判断力を少しでも鈍らせておく。

そして勝負の時は、黄泉竈食を終わらした後、継白になる贈り物を選ぶまでのごく短い期間だ」

「んん? ごめん。どゆこと?」


 そのタイミングでは、あくまで準備が整っているだけに過ぎない。結局、体質が変化しているだけで、私にはまだ何の力も……。


「似非調娘はこの後、継白を得たククリが何らかの妖言およずれごとを繰り出してくるであろうことを警戒せざるをえない。その判断は何も間違っていない。唯一、ことわりを越えてくる可能性がある力。警戒はしなくてはならぬ。至極、正しい反応だ。ニャニャミャイだってそうする。だが、その行為が正しいということは――その行為を、必ずやらざるをえない、ということでもある」


 ナツメの瞳が鋭くなった。


「だからこそ、狙い撃てる」


 普段は可愛いらしい猫が時折見せる、消えつつある狩猟本能の残滓ざんし。そんな風にも見えた。


「正しいからこそ、意識と注意力のほぼ全てをそちらに向けねばならぬ。

その時にだけ訪れるわけだ。それ以外の選択肢から目を逸らしてしまう、似非調娘の隙。用心深い似非調娘の、一瞬の余所見が。それが、ニャニャミャイらにとって、唯一無二の勝機となりうるはず。

そのタイミングで一気に奇襲を仕掛け、冷静さを取り戻す前にそのまま勝負を決めてしまう。二度目はない」



***



 黄泉竈食を終わらしている私には、迷家にあるものなら何でも一つ、選んで持って還って良い――というルールが適用される。


 ルールには調娘であろうと逆らえない。そもそも調娘と迷家まよひがはルールの番人。よって、自らこそ誰よりもルールを遵守する必要がる。


 じゃあナツメ……始めるよ。これが、何も出来ない私の、精一杯の戦い方だ。

 ツキミちゃんはネズミじゃない作戦、開始!


「じゃあツキミちゃんの身体からだを……」


 私の言葉を聞いた似非調娘の顔がぐにゃりと邪悪に歪んだ。

 それは……明らかに勝ちを確信した顔だった。


 その顔を見て、ゾクリと悪寒が走る。

 私は直感的に悟った――やはり、このまま行ってしまっては駄目だ。

 ツキミちゃん。ありがとう。やっぱりツキミちゃんが私達の切り札だよ。


 プランAは放棄。プランBに移行。


 サブプランは全てが綱渡りだ。あまりに不確定な要素が多く、私ごときでは、やり切るのは困難だが。

 判断は、私の裁量に任せる。二人は私にそう言ってくれた。

 私が二人を信じているように、二人は私を信じてくれたのだ。


「……っていうのはリスクが大きいかもなんだってさー。迷家がどう判定するのかがツキミちゃんでも読み切れないって。その場合、私がツキミちゃんの身体からだを無理やり持ち出す形になるでしょ? 下手すれば、調娘に危害を加えようとしていると見なされるかも知れない」

「な……に?」


 似非調娘は、今度こそ本当の驚きの表情を浮かべた。


「でしょ?」


 似非調娘は立場上、ルールの説明においては嘘をつけない。


「……そうかも知れません」


 似非調娘は、苦虫を噛み潰したような顔になった。神経質な表情を浮かべ親指の爪を噛みだす。

 ナツメの策を読み切ったと思っていたのだろう――いや、事実として読み切っていたのだ。


 似非調娘はすこぶる頭が良い。

 ナツメのこともよく知っている。ナツメが考えつきそうな作戦を推測し、それを看破し、先回りできる力がある。


 最初にナツメが必死に考え練り上げた作戦には、完全に辿り着いていた。


 あの勝ち誇った顔からして、迷家がどのような判定を下すのか、すでに迷家に確認済みだったのだろう。

 だからあえて、こちらの策に嵌められたフリをしていた。


 やはり、似非調娘は強い。

 あれだけ周到に用意して積み重ねても、ナツメが言う「一瞬の余所見」すら見せてはくれなかった。

 危なかった。ナツメだけでは負けていたかも知れない。


 しかし、ナツメには仲間がいる。

 こちらには迷家を知り尽くしているツキミちゃんがいた。ツキミちゃんのアドバイスが無ければ、ここで終了だったのかも知れない。


 決して奢らず、自分の力だけに頼らず、仲間を頼り、人の力を活かす。それが、似非調娘には無いナツメの強さなのだ。


「でも私、貰えるものは貰っとく主義なんだよねー。せっかくだし、違うもの貰っとこうかなー。じゃあそういうことで」

「何をおっしゃっておられるのです? 何もお持ちになっていないようですが。何でも良いので一つお選びになってください。よくよくお考えになって……」


 じゃあナツメ……今度こそ、始めるよ。

 ツキミちゃんはネズミじゃない作戦プランB!


「悪いんだけどさ、私、最初から決めてんの。私はさー、迷家内の『空気』を持って還るよ」

「迷家内の空気? 空気とは?」


 似非調娘は、目を瞬かせる。私の口にした言葉の意味が分からないらしい。


「稀人は迷家の中にあるものを一つ、どんなものであろうと、持って還ることができる。それが迷家のルール。唯一の例外は、調娘に危害を加えてはならないということ。だよね?」

「はい。そうですが……」

「空気って切れ目がないから、迷家の敷地内にある空気全部で一つってことになる。そういうことでいいんだよね……ルールの番人たる調娘さん?」

「はぁ? 迷家の空気を全部持って還る? だと? そんなこと出来るわけが」

「ほんと~にぃ? ツキミちゃんは出来るって言ってたけど?」


 私は、これみよがしにニマニマと笑った。


 ナツメ曰く。


 ――確かに今、迷家自体は似非調娘が掌握している。全ての事象についての裁定権が似非調娘にある以上、こちらの絶対的な不利はどうやっても覆らない。


 しかし、コチラ側が有利なことも無いわけじゃない。それは、こちらにはお嬢がいるということだ。

 迷家に関しての知識、情報量ではお嬢がいるコチラが大きくまさっている。


 そして何より重要なのは……似非調娘もニャニャミャイらの方が知識量でまさっているであろうと思っている、ということだ。


 これは、こと駆け引きに置いては、しばしばまさっているという事実そのものよりも大きなアドバンテージを生むことがある。まあ、これだけではまだ五分だとは言えんが、最初の突破口はここにしかあるまいよ――


 誰よりも頼りがいがあるナツメとツキミちゃん。

 二人がうんうんと頭を捻りながら、考え出してくれた作戦。悲しいかな、私は作戦立案にはほぼ関与できなかった。


 逆に言うと、アホの私が関与していないからこそ、自信を持って遂行できる!

 いや、言ってて本当に悲しくなってくるんだけど。

 私が出来ることは、二人の考えたことを、全幅の信頼を持って、最後までやり通すことだけ。


「じゃあ、調べてみたらー? 迷家に聞いてみたらいいじゃん? 調娘は、迷家に確認することが出来るんでしょ? ツキミちゃんが言ってたし」


 私は、ニタリと含みのある笑いを作りながら、自信有り有りな視線を似非調娘に投げかけた。

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