第3話 てんじんさまのほそみち❤

 ネズミと別れた後、さらに少し歩いていくとまた曲がり角に辿り着いた。

 その突き当り、レンガで出来た壁の角の際に、ゴミ捨て場のようになっている一角があった。


 とは言え、ここがゴミ集積場だとか、ゴミ捨て場だなどと言う表記はないし、大量のゴミを一時的に保管しておくためのコンテナなどがあるわけでもない。

 故に、本当に正式なゴミ捨て場であるのかどうかは非常に疑わしい。

 

 よく見てみると、大量のゴミの中に埋もれるようにして、青いプラスチック製のゴミ箱がいくつか見え隠れしている。それで、なんとなく察せられた。


 きっと、始まりはこれだったのだ、と。


 ゴミ箱の周囲は、無数のゴミ袋で溢れかえってしまっている。

 到底ゴミ箱に入り切るはずのない量のゴミが、山積みになってしまっているのだ。


 恐らくは、こういうことなのだろう。

 道のすみっこの一番邪魔になりにくい場所に数個のゴミ箱を置いていた。

 するとゴミ箱に収まりきらない量のゴミが集まって来るようになり、ついにはゴミが溢れ始めた。次第に、周囲はゴミだらけになっていった。


 いつしかそこは、暗黙の了解としてゴミの不法投棄をしていい場所となった。


 ゴミ袋はなぜか、この辺ではもう使われていないはずの青いビニール製のものだった。その袋のうちのいくつかが破れていて、中のゴミが道に散乱している。

 数匹の野良猫や何羽かのカラスがいて、生ゴミを漁って餌を探しているようだった。


 どうにもここら辺一体は、本当に今は令和なのかと疑わしいほどにゴミの分別という概念が無いようである。

 燃えるか燃えないか程度の配慮すら1ミリも感じられない。


 食べ物や飲み物の残飯。それから使い古されているダンボール、古新聞などの紙くず。折れたプラスチック製の容器、割れたガラスの瓶、金属製の錆びた工具、陶器製の食器の破片などなど。


 さまざまなものがごちゃごちゃに、混在したまま一箇所にまとめて捨てられている。


 さらには粗大ごみまで一緒に放置されているようで、腐ってあちこちが折れている木製の家具や、フレームが錆びて折れ曲がった自転車なんかまである。


 そこは曲がり角の角――場所が場所だけに、全体的に暗い路地の中でも一段と暗くなってしまっている。

 もっとも目立ち難い場所にゴミをまとめて放置している――ということなのかも知れない。


 人は、見たくないものをなるべく見えづらいところに押し込めようとするものだ。処理しきれないから、せめて目につきにくい場所へと押しやろうとする。

 光の当たらない路地裏へと、そして、路地裏の中でも最も端の、最も暗い場所へと。

 しかしそれでも、日々の便利な生活の影で無限に生み出され続けるゴミの量があまりにも多すぎて、隠しきれなくなってきているのだろう。


 この路地には至るところにゴミがポイ捨てされているのだが、とくにこの一帯は飛び抜けて酷い。

 あまりにもゴミが大量にあるせいで、生ゴミとアンモニア臭――恐らく尿の臭い? それから動物の糞の匂いなどが混じり合ったキツイ悪臭が鼻にツンと来る場所になってしまっている。

 とにかく、長くとどまりたい場所では無いのだけは確かそうだ。


 どうにも匂いがきついので、手で口と鼻を押さえながら改めて周囲を見渡す。

 余りにものゴミの量に、ゴミ捨て場などと呼ぶよりは、ゴミ山とでも呼んだほうが正しい気がしてくるような有様だった。

 

 ん? ゴミ山?

 そう言えばあの話しかけてきたネズミ……。


 ――ゴミ山の賢者はとっても綺麗な子。まるで暗い夜道を照らしてくれるお月さまみたい。 


 とかなんとか……もしかしてこれがそのゴミ山? 


 生ゴミを漁っていた野良猫の一匹がこちらをちらりと見た。小さな黒猫の子猫で、整ったかわいらしい顔立ちをした子だった。


 闇夜のような漆黒の身体からだ。小さな顔には、淡い光を帯びた金色の真ん丸な瞳。

 その黒と金のコントラストがなんだか神秘的に見えて、夜空に浮かぶ満月を連想させた。


 ――何かあったら黒猫を頼って。きっと力になってくれる。


 そう言っていたネズミの言葉を思い出して、ちょっと喋りかけてみようかと思ったが……その瞬間に子猫がにゃーとかわいらしく、普通の子猫らしく鳴いたので、我に返る。

 なんだか妙に恥ずかしくなってしまった。


 何やってんだか……。


 誰に見られているわけでも無いが、気恥ずかしさで少し足早にゴミ山を離れる。


 その後も、相も変わらずくねくねぐにゃぐにゃと折れ曲がっている道を何度か曲がった頃、ふとあることに気づいた。


 いつの間にやら周囲の風景が一変しているのだ。

 ビルなどの近代的な建造物がなくなっていて、周囲に立つ建物は背が低い年季の入った感じの木造の平屋ばかりになっていた。電信柱なども木製になっている。


 まるでドラマで見たことがある大昔、昭和の風景だ。令和の時代に、まだこんな風景の場所が残っていたのだろうか?


 慌てて後ろを振り返ってみたが、もとあったようなビルはすでに確認できなくなっている。

 曲がり角の向こう側に消えてしまっていて、すでにここからは見えなくなってしまったということなんだろう。


 ここ、どこぉ?


 スマホのナビアプリで場所を確認しようとしたが、GPS機能の調子がおかしいのか、まともな位置情報が取得できていないようだった。


 ナビアプリの地図が、混乱しているかのようにぐるぐるぐるぐると回転し続けている。


 えー、マジでー? なんかこれ、バグってない?


 慌ててアプリを再起動してみてもだめ。思い切ってスマホ本体を再起動してみてもやっぱり直らない。


 それどころか、何かスマホ自体の調子もおかしくなっているようだった。

 地下や高層ビルの高階層ってわけでもないのに圏外になっているし、何より。


 え……どゆこと?


 時刻表示が完全にバグっていて、数字が増えたり減ったりを繰り返している。明らかに変な挙動をしていた。


 うへぇ……まじかー。ついてねー。でもまあ、そのうち広い道に出るだろうし、大通りに出たらさすがに電波も入るっしょ。


 気を取り直して再び歩きだしたが、ひたすら同じような道を進んで、似たような曲がり角に突き当たり、それを曲がるとまた同じような道を進んで――いつまでたってもこれの繰り返し。


 高いレンガの壁に覆われた狭い道で、頻繁に曲がり角があるので、周囲が全く見渡せず前も後ろもどこに繋がっているのか全く見通すことが出来ない。

 同じような風景の道が延々と続くので、だんだんと時間の感覚も麻痺してくる。


 もう、何回曲がったのかな? 定期的に似たようなゴミ山があって……。

 あれ? そう言えば、こんな感じのゴミ山は何回目?


 道を進んでいけばいくほど、そして曲がり角を曲がるたびに、どんどんと空は暗くなっていき、もはや完全に夜だとしか思えない暗さになっていた。

 空を見上げて見ると、すでに星が見え始めている。


 ええ? もう夜?


 スマホの時刻表示がバグっているせいもあって、どれだけ歩いたのか? どのくらいの時間がたっているのかさっぱり分からないけど、体感的に違和感があるほどの速さで日が暮れてしまったのは確かだった。


 さすがにおかしいと思い始める。多少の違和感はあるものの、すでに日が落ちているのだ。それなりの距離、それなりの時間歩いているはずだ。

 いくらなんでもこれだけ歩いていつまでたっても路地を抜けられないというのは……。


 何せ、一本道なのだ。いくら曲がり角が多いとは言え、普通ならすぐに抜けて大通りに出ているはず。

 ここまで、いつまでたっても抜けられないというのは、あまりにもおかしすぎる。


 また、ゴミ山に出た。


 やっぱ絶対変じゃね? つか、あのゴミ山にいる黒猫の子猫。さっき見た子と同じ子じゃない?


 月明かりを浴びてゴミ山の頂上に静かに佇む姿は、ゴミにまみれて薄汚れてしまってなお、優雅さを失っていない。不思議な引力を感じるこの子猫を、見間違えるとは思えない。

 子猫は、持ち前の神秘的な金色の目でじっとこちらを見つめていた。なにやら心配そうにこちらを眺めているかのように見える。

 

 ゾクリ、とした。

 直感的にある嫌な予感がして、レンガ壁に近寄り落書きを見る。この落書きもなんだか見たことがある気がする。


 ま、まさかぁ……ねぇ? ゲームのダンジョンか何かじゃあるまいしさー。


 必死に、自分の頭の中に浮かんだ突拍子もない考えを否定しようとしたが、どうしても疑念が湧いてきてしまう。

 

「ごめん。一個くらい増えてもいいよね?」


 腕に下げていた鞄からペンを取り出して、レンガの壁に遠慮がちに小さな印をつけた。


 なんだか気が焦ってきて、少し足早になった。何度か曲がり角を曲がる。さらにまた、眼の前の曲がり角を曲がる。


 きっと、この曲がり角の先には――やはりあった。


 また見覚えのあるゴミ山だ。見たことがある黒猫の子猫もそこにいる。

 私の想像通りの場所にゴミ山があって、子猫がいた。


 なぜか……まるで見てきたかのように、曲がり角を曲がると、そこにゴミ山があるのだろうと言うことが分かってしまったのだ。


 強い焦りを感じつつ、落書きだらけのレンガの壁に走り寄る。


 そこには――自分がつけた印があった。

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