黄昏を照らす者達Ⅳ

「私の姉を殺したのは、多分、私自身なんです」


 誰にも打ち明けたくはありませんでした。

 でも誰かに打ち明けたかった。

 正直言って、これを聞かされるウルカは困ってしまうと思います。

 彼女の顔を見るのは怖くて、ただ空を眺めました。


 §


「——根拠は?ミナがそうしたって言う根拠を教えて」

「急かさないでくれ。これを説明するには幾つか欠けている情報を拾っていく必要がある。先ずミナ君と彼女の姉、ルーシー・アンデルセンとの関係性だ」


 §


「———いいよ、続けて」

「私と姉は双子の姉妹でした。多分、言っていなかったですよね」

「聞いてないよ…」

「双子とは言っても姉と私には違うところも沢山ありました。姉は…活発で明るくて、誰にでも好かれる様な優しい人でした。一方私は生まれつき身体が弱くてあまり外には出られませんでした」

 似ているのは容姿だけ。

 性格も、生まれ持った能力も、才能も、全てが違っていました。

 言ってしまえば私は、姉の劣化版でした。


 §


「そんな事、初めて聞いたよ」

「隠していた、と言うより聞かれなかったから答えなかったんじゃないかい?」

「うぐ、まぁそうかも」

「アンデルセン家は元貴族の名家だからね、地方紙も彼女たちの事を時々取り上げていたよ。そこには確かに2人は双子だったことが記載されていた。しかし、ミナ君のことが書かれている記事は少なく、大部分はルーシー君に関する物だった。疑問に思って記事を遡ってみたら、彼女が生まれつきの病を患っていた事が分かった」

「今は吸血鬼の身体を手に入れてピンピンしてるけど、昔はそうじゃなかったんだね。だけど…これとさっきの仮説と何の関係が?」


 §


「——そんな事初めて聞いた」

 ウルカがむすっとした様な声色で言いました。

「ごめんなさい、詳しくは話していなかったですね」

「私には、全部話せって言ってたのに…」

 耳が痛いです。

「話しますから…。とにかく、そんな私でも、皆んな親切にしてくれました。とりわけ姉は私をいつも気にかけてくれていました。私はそんな姉のことが大好きでした」


 姉は私に足りないものを全て持っていて、姉が1人いれば足りていました。

 でも姉はいつも私を1人にせず、何処へ行くにも何をするにも一緒に居てくれました。

 不出来な妹が羨む暇がないくらい、姉は私に溢れんばかりの愛情を注いでくれました。

 それは本当に、何ものにも代え難い幸せな時間でした。


「…」


 しかし、幸せな時間にはいつか必ず終わりが訪れる事を私は知ることになりました。

「——あの晩の記憶はこの前話した内容そのままです。嘘はついていません。目を覚ましたら時には私は吸血鬼になっていて、姉は亡くなっていて、姉の血を吸いました」


「うん?じゃあ待って、ミナがお姉ちゃんを殺したって言うのは?」

「確かに記憶の上では話した通りです。でもその後、孤児院で目を覚ました時、私は直感しました。姉は自分が殺したんだと、自分が血を吸ったせいで姉は死んだのだと」


「???ごめん、よくわかんないんだけど、記憶では殺してないけど、直感では殺した気がするって事?だから、多分?」

「はい」

 ウルカが困惑するのは当然です。

 私の記憶はおそらくどこか間違っているか、何か重要な部分が抜け落ちています。

 私ですらよくわかっていません。

 ただ感覚として、自分が姉を殺した、と言う確信に近いモノが存在するのです。


「ウルカ、姉と私は双子でした。なのに吸血鬼になれたのは身体の弱かった私だけ。普通に考えたら逆だと思いませんか?」

「うーん、まぁ確かに…」

「私はこう考えました。姉も本当は吸血鬼に成れていたんじゃ無いかって」


 姉はいつも私より優れていました。

 吸血鬼になるに際しても、私に遅れを取るはずがない、そう思いました。


 §


「はぁーなるほどね。ミナが吸血鬼になれたなら、双子でしかもミナよりも健康だったルーシーは吸血鬼化しててもおかしくない、というか実際その可能性の方が高そう」

「双子なら眷属化の適正は同等だからね、あとは身体の方が耐えられるかと言う話になる。君から聞かされたミナ君の話からするに、彼女は間違いなく吸血鬼化直後に渇望を発症している。これは身体に吸血鬼の力を維持できるほどの余裕がない場合に起きる現象だ」

「すっかり失念していたよ。普通の渇望じゃないんだ。どれだけ血を飲んで魔力を取り込んでも治らない。身体を吸血鬼の力に耐えられる様に作り変えて安定化させるには、もっと莫大な魔力が必要になる。或いは…」

「吸血鬼が血を通じて取り込めるものは2つある。一つは魔力。そして、。なぁエルマ、私はこの結論を思いついた時言葉を失ったよ。もしそれが本当なら、ルーシー君は…」

「……はぁ。そっかぁ…だからミナは吸血が怖かったんだ…」


 §


「姉は私に対して、底抜けに優しかった。そんな姉なら渇望に苦しんでいる私を見て思ったかも知れません。『自分の命で妹が助かるならば』と」


 姉はその時何を思っていたんでしょうか。

 私を恨んでいるかもしれません。仕方のない事です。

 私はその姉の優しさに甘え、彼女を殺した。

 それが私の罪でした。


「——ミナのお姉ちゃん、本当にいい人だったんだね」

「はい。姉は愛情深い人でした。そしてそれ故に命を落とした。結局のところ、私にとって吸血は大切な人の命を奪った正しくなんです。そして血を吸いたいと言う気持ち、それはに等しいんです」


 私は話を終えました。

 手はまだ固く結ばれていました。

「ミナ、話してくれてありがとう。そして、ごめんね。私、ミナがそんなに辛い事情抱えてるなんて知らなくて、何回も傷を抉る様なことをしちゃったと思う」

「やめて下さいウルカ、それは終わった話でしょう。それに謝って貰うためにこの話をした訳じゃないです」


「そうだね。分かった。じゃあ今の話、早速反論してもいい?」

 本当、ウルカらしいですね。

 私も何を言われてもいい様に、心を強く持つ必要がありそうです。

 ウルカの方を見ました。

 彼女は、いい顔をしていました。

 活力に満ちている気さえしました。


「はい、聞かせてください」

「ミナはさ、やっぱり勘違いをしていると思う。吸血は決して殺しなんかじゃない。もっともっと、優しいものだと思うんだ。今日ミナ、私の血を吸おうとしたよね。その時どう思った?」


 正直、思い出したいものではありません。

 だって本当に、ウルカを手にかける一歩手前だったから。

「怖かったですよ。ウルカを殺してしまうんじゃないかって」

「本当にそれだけ?」


 それだけ、じゃない。

 ウルカの言うとおりです。

 でも、言ってしまって、良いのでしょうか…。

「————嬉しかった、です。やっとウルカの血を飲めるって思って。嬉しかった…」

 俯きがちの答えると、不意にウルカに頭を撫でられました。

 ウルカにこうされるのは好きでした。

 とても安心します。


「私もね、嬉しかったんだよ。やっとミナに血を吸ってもらえるって。まぁ、あそこで食いつかれたら多分乾涸びちゃってたと思うけど…ってぇ!ごめんごめん冗談だって」

 全く冗談になっていません。

 私が分かりやすくげんなりすると、ウルカは慌てて私の髪の毛をわしゃわしゃと撫で回しました。

 髪に付いていた乾いた血が粉みたいになって降って来ました。


「ミナのお姉ちゃんも私とおんなじ気持ちだったと思うんだ。嬉しいってそう思ったんじゃないかな」

 嬉しい…。

 姉がもしそう思っていたのなら、それは救いになるのでしょうか…。


「だってさぁ、自分のいっちばん大切な人に血を吸ってもらえたら、自分はその人の命を支えてるんだって思えるでしょ?一緒に生きてるんだって、そう思えるでしょ?」


「ルーシーさんだよね?お姉ちゃんの名前。ルーシーさんはミナを見捨てて1人で生きるより、ミナの中で一緒に生きたいって、ミナを支えていきたいって、絶対にそう思ったはずだよ。だってお姉ちゃんだもの。ミナの今のお姉ちゃんの私がそう思うんだ、間違いないよ」


 なんでウルカは、私のずっと欲しかった言葉を知っているんでしょうか。


「だからミナは自分を責める必要なんてないんだよ。ルーシーさんだって、自分が喜んで吸わせた血のせいでミナが苦しんでるなんて知ったら悲しんじゃうでしょ?」


 なんでウルカは、私がずっと待ち望んでいた答えをくれるんでしょうか。


「最初っから、ミナが背負う罪なんて無かったんだよ。だって今ミナが背負ってるのは、大好きなお姉ちゃんから貰った愛情なんだから」


 心の奥で長い間つっかえていたモノが漸く取れた様な気がしました。


 私は姉を殺した。

 それは私が死ぬまで付き纏う呪いの様なモノかもしれません。

 既に起こった過去を変えることは出来ません。


 しかし、捉え方なら、事実との向き合い方なら変える事はできます。

 背負うべき罪を受け取った愛情と捉える事が出来ます。

 呪いを祝福と言い換えることが出来ます。


 ウルカの理論はとても都合のいいものでした。

 どこまでも楽観的とも言えます。

 でも私の様に過去に囚われ足踏みするよりもずっと良いように感じました。


「———流石お姉ちゃんですね」

「ん!?今お姉ちゃんって!」

 私が零したその言葉にウルカは大袈裟に反応して、私の顔を覗き込みました。

「はい。言いましたよ。ウルカ、こんな事言われたら困ってしまうと思うんですけど。貴女は、似ているんですよ、お姉ちゃんに」

 ウルカはきょとんとした様な顔をした。

 本当に分かりやすい人です。

「私に対してどこまでも優しいところとか、適当で楽観的なところとか、私の欲しい言葉をかけてくれるところとか、私のためならその身すら差し出そうとするところとか」


「だから本当に、ウルカの血を吸うのは怖いです。姉と貴女が重なって、あの時を思い出してしまうから」

「うん」

「でももし、吸血という行為が罪や殺しなんかじゃないって言うなら、姉が私を赦してくれるなら。私は、この恐怖を、克服したいです。歪んだ逆恨みを上書きしたいです。それが優しさや慈愛に満ちたものであるなら知りたいです」



「ウルカ、あなたの血が吸いたいです」



 貴女がランタンを片手に私の前に現れた時、私は、心の底から安心したのです。

 まるでこうなることが分かっていたみたいに。

 それは、暖かな灯りでした。

 私の内面の仄暗い闇を打ち払う希望の光でした。

 黄昏を照らす貴女がいれば、1人じゃ暗く怖い過去でも向き合える。

 そう、思えたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴァンパイアを絆す魔法 さとうきび @sugar256

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ