黄昏を照らす者達Ⅲ

「ここに居たんだね、ミナ」


「ウルカ…」


 薄暗い崖淵にミナは立っていた。

 華奢な身体は風に吹かれて海へ落ちていきそうだった。

 今すぐにでも駆け寄りたかったけどじっと堪える。


「どうして、ここが分かったんですか?」

「先生がローブに発信機を付けてたんだ。それを頼りに」

「そう…」


 暗くてミナの顔が見えない。

 言わなきゃ、ミナに。

「ミナ…」

 スッと息を飲んでから口を開く。



「ごめんね」「ごめんなさい」


 あれ…。

 私とミナの謝罪が被ってしまった。


「あ、ええっと…」

「——なんで」

「ミ、ミナ?」

「なんでウルカが謝るんですか…ウルカを傷つけて、ウルカの思いを…踏み躙った私に…なんで…」


 あぁ、やっぱり。

 先生の言う通り、私は大馬鹿野郎だ。

「謝るよ、そりゃあ。私バカだからさ、ミナの思いとか考えずに、ただ自分の思いだけ先行してミナの心に土足で踏み込んだ」

 冷静になって考えてみれば、考えなしもいいとこだった。

「ミナの心を傷つけて、身体さえミナ自身に傷つけさせた。ミナは私を守りたかったんだよね?それを知らずに私ってば、本当情けないなぁ」

「そんな事ないです!」

 ミナの真っ直ぐな声が響いた。

「そんな事ない。ウルカだって私のことを思っての行動だったんですよね?ウルカのこと、悪く言わないでください。悪いのは私なんです。ウルカのいう通り、嫌だ嫌だと駄々を捏ねていた私のせいなんです」


 涼しい夜風が私たちの間を通り過ぎていった。

「ミナ…。ねえ、側に行ってもいいかな?」

「ダメって言ったら、どうしますか?」

「私はここから動かないよ。近づきもしないし離れもしない」

 近道はダメだ。こう言う時こそ回り道をするんだって、今日ので嫌というほど学んだ。

 強引に距離を詰めれば離れてしまう。

 焦って手を引けば2人とも傷ついてしまう。

 寂しいのも痛いのも懲り懲りだ。


 言葉はすぐには帰ってこなかった。

 波がザパンザパンと岩肌に打ち付ける音が響いていた。

 それは1分にも満たない間だったけど、時間は引き伸ばされて凄まじく永く感じた。

 怖かった。ミナに拒まれたらと思うと、怖くて仕方なかった。


 でも、ミナから帰ってきた返事は…


「良いですよ、ウルカ」


「ふぇ…?」

 また何とも間の抜けた声が出た。


「私もウルカの側に居たいです」

 ミナの声は震えていた。

「でも、約束してください。私が離れて欲しいと言ったら、そうしてください。ウルカを、もう絶対に、傷つけたくはないです」

「うん。分かった」


 私は何かに背中を押され急かされる様に駆け出した。

 走り出さずには居られなかった。

 海からの潮風を受けて前髪がメチャクチャになった。

 そして凄いスピードでミナのお腹に抱きついた。

 ミナは私の矮躯をしっかりとキャッチして勢いを受け流す様にクルッと回った。


 お互い、しがみつく様に腕を回して痛いくらいに抱き合った。

「ごめんね、ミナ!ごめんねぇええ!」

 私はミナの胸で泣いた。わんわん泣いた。

 一日に何回泣くんだろう。でも今日一番の嬉し涙だった。

「ごめんなさい、ウルカ!ありがとう…本当に、ありがとう…うぅ…」

 ミナも私の肩で泣いてた。声を詰まらせながら、ぐすんぐすんと泣いてた。

 潮騒を完全にかき消すくらいの声で泣き明かし、謝罪を、感謝を、伝え合った。



 どれくらいそうしてたか分からない。

 とにかくとっても幸せな時間だった。

 どちらとも無く抱擁を解いて、未だ2人の鼻を啜る音の中草地に座り込んだ。

 私の右手とミナの左手は、自然と繋がれていた。

 ランタンの灯は頼りなくて、夜の海を照らすことなんて到底出来ないけれど、私たちの間に置けばお互いの顔くらいは見える。

 2人並んで暗い海を眺めた。


 私は頃合いを見て切り出した。

「ねえミナ」

「なんでしょう」

「私の血、吸いたい?」

 ミナはびくりと肩を震わせた。

 やっぱりミナはこの話に弱い。

 今度は間違えない様に、寄り添うんだ。

「私はね、ミナに血を飲んで欲しい。そうしたら、ミナの特別になれる気がするから。今よりもミナに寄り添える気がするから」

「——私も……ウルカの血、飲みたいですよ…」

「…!——そうなんだ。ふふ、嬉しいなぁ」

 舞い上がる気持ちを抑えて言葉を待つ。

「でも…やっぱりできません。ごめんなさい…」

「そうだよねぇ…」

 まぁ、一筋縄に行くとは思ってなかったけど。

「——私、少しの間、家出するつもりでした」

 なんでだどうしてだと言う前に、私たちのあのお店を、帰る場所と認識してくれていてホッとした。

「なんでまた…」

「自分自身に向き合う時間が欲しかったんです。私が背負いながら目を背け続けた罪、それと向き合って、受け入れる。じゃなきゃまた同じことを繰り返す。そう思ったから」


 罪かぁ…。

 ミナがここに来た時も言っていた事だ。

 私はその時、「罪がどうとか関係ない!」って大口叩いてた気がするが、目を背けるだけじゃ解決を後回しにするだけなんだ。


「それまでは意地でもウルカに会うもんかって思ってたんですよ」

「え!?なんでぇ!?」

「ウルカと会ったら、貴女の血を飲みたくなっちゃうからですよ。それがどうしても嫌だったのに…。そうしていざ目の前にしたらこの様です。絶対隠さなきゃって思ってた思いもすぐ吐き出しちゃいました。私の決心なんてそんなもんだったんです」

 ミナは自嘲する様に笑みを浮かべた。


「ミナが人の血を飲めないのって、その罪って奴が原因なの?」

「はい。おそらくですが。すみませんハッキリしなくて」

「ううん、大丈夫。それに、私にしかできない事、分かったと思う」

「ウルカ?」

「ミナ、どうして血を吸うのが嫌なのか教えて欲しい。ミナのその罪ってやつについて教えて欲しい」

 私にしかできない事。

 ミナの心に寄り添って、ミナを苦しめるモノを一緒に受け止める。


「約束する、どんな理由でもミナへの思いは変わらないから。ミナが1人で考えるより2人で一緒に考えたほうが絶対いいよ。それに、『秘密は共有するのが家族』なんでしょ?」

「ウルカ…」

 せっかく乾いてきた目元にミナは再び涙を湛えた。

 ミナは涙を払おうとしたのか、肘から先の無い右腕をブンブンして顔に押し付けようとしたから、慌てて私が代わりに払ってあげた。


「——分かりました。話します。前みたいに、手、握っていてください。今度は話が終わっても離さないで欲しいです」

 ミナは私の方を見た。

 見るからに不安そうだった。

 私はぎゅっとミナの手を強く握った。

「うん。絶対」


 ミナはふぅっと息を吐いてから空を見上げた。

 銀髪が潮風で靡いて、微かな血の匂いを運んだ。



「私の姉を殺したのは、多分、私自身なんです」




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