第18話 規則と無力の反撃

 重力や引力を扱う人間がかつて存在していたのだろうか?


 重力は磁石よりも弱く、引力としても最弱である。


 そんなものが星を造ってしまうのだから、侮れない。


「最初はとても弱い力に気が付くこともできなかった。」


 アルがドリブルをしながら歩み始める。


「しかし、俺は俺の中で微かだが確かに実感できた。」


 そう、我々もそれを持っている。


 しかし、我々の持つ重力はあまりにも脆弱である。


 そよ風が吹くだけでも負けてしまうだろう。


「だから、俺はまず、蝋燭の火を消すところから始めた。馬鹿げてるだろう?」


 ここで言う馬鹿げているとは、わざわざ重力や引力を用いて日を消すよりも息を吹きかけて消したほうが遥かに早いという皮肉が込められている。


「力む必要もない。念じる必要もない。ただ、引力を少し使うだけ、それだけでできないことなど何もなかった。」


 アルがある日、1円を拾うと、次に10円、100円、500円と次々に集まってきた。


 肉を買うときもそうだ。


 アルが手に取る肉は新鮮なものばかり、悪人を捕まえさせようと思えば、それすらも簡単であり、短期な連中の気を静めることも簡単になってしまっていた。


「俺は心理学だとか道徳だとか、そういうものに関心もない。なぜなら、俺が『規則』なのだからね。」


 斎賀高校は成すすべもなく点を取られていく。


 動くことも許されず、小細工をしても意味がない。


「8点差になったけど、そろそろ自由にさせよかな?」


 その言葉に期待してしまう斎賀高校であるが、かつてないほどの屈辱だろう。


 悪人なら大喜びする。


 そんなところ、神崎は別のことを考えていた。


「いや、あの波を消させてやってもいいぜ?」


 神崎の言葉にアルは笑ってしまう。


「あっはっは、面白いことを言うね。あの波のせいで僕は本気が出せないんだよ? 体力を削るには前半からこの能力を使わせる。それが、上杉 海の狙いなんじゃないかな?」


 アルの言う通りだ。


 ここで、海に電話でもして、波を停止させてしまえば、アルの能力は試合が終わるまで確実に継続するだろう。


「だからよ………海に電話させてくれねぇかな? 動けねぇんだよ。」


 神崎の申し出に『なるほど』と思うアルは当然の返答をする。


「応じることはできないかな~。」


 どんなに馬鹿でも能力を中断するはずがない。


 神崎は続ける。


「体力を最も削る方法って知ってるか?」


 何の話だろう。


 アルは波を指さして答える。


「違う違う。己の最高の技を無力化させられることだ。」


 アルは理解が追いつかなかった。


「つまり、身動きが取れないこの状況下で、お前の重力を妨害すること、それを今してもいいが、それだとハンデがありすぎるだろう?」


 アルが波を見て言う。


「僕はこの状況で無力化されても卑怯なんて言わないさ。一つ言えることは、海がこの場に居なくて良かったっていうこと、皮肉な話、『竜巻』のエネルギーは『核』の比ではないなんて話を聞いたことがあるかい? 核エネルギーに勝る力がこの場に居ないんだからね。それだけでハンデじゃなくて、僕のアドバンテージなのさ!!」


 アルが問答無用で10点差をつける。


 その後も20点、30点と点差が着けられた。


 得点を決めるペースは落ちていったが、アルは第二クォーターまで能力を使い続けきった。


「はぁ………はぁ………な、なんとかハーフタイムまで持続することができた。少し休憩できる。」


 斎賀高校はハーフタイム中に対策を練らなければならないが、身動きが取れない中でどんな対策を取れというのか?


「質量がマイナスの物体を身につけるとか?」


 恭永がとんでもないことを提案する。


「そんな物質が存在するのですか?」


 毛利が訪ねてくると恭永は戸惑いながらも訪ね返す。


「それを軍師に聞いてるんだろ!!」


 毛利は『なるほど』と思い、ある研究の話をする。


「例え、『負の物質』というものを用いたとしても今の科学力では扱うことができないでしょう。不安定物質故に制御が困難です。突破口には繋がらないでしょう。」


 神崎は議論に参加せず、海に電話していた。


「………あぁ、そうだ。頼んだぜ。」


 知して乱れずと言うが、いくらなんでも無謀なのではないだろうか?


 敵の体力を削るのなら、正気とは思えない行いだろう。


「俺は至って平静だ。あれくらいなんとかできなくて芯や海の上に立てるか? 俺が主将になるためには、超えなきゃならねぇんだよ。」


 神崎は結構無策で動いていたが、最近はそうでもない。


 運任せで動くほど愚かでもなくなっていた。


「なにか、名案でもあるんですか?」


 毛利の言葉に神崎が答える。


「無策で突っ込んでいた頃の俺が恥ずかしいと思ってるよ。」


 そう、今では、毛利の真意まで見抜いてくる。


「いやはや、恐れ入りました。では、今回は神崎主将に任せてみますよ?」


 後半の第三クォーター、しかし、アルの様子がおかしい。


「これはどういうつもりだ?」


 神崎はアルがなぜご立腹なのか理解できなかった。


 しばらくしてから理解する。


「あ~、あれか、いや、不要だと思って電話してやめさせただけだが、それがどうかしたのか?」


 不機嫌なアルにとって自信過剰の神崎は癇に障ってしまった。


「いいだろう。俺の力が100%発揮される訳だ。お望み通り、最後まで一方的に得点を奪い取ってやる!!」


 先程までの重力とは桁違いと言ったところだろう。


 斎賀高校の出場選手は全員床に崩れ落ちてしまった。


「ば、馬鹿な!! しかし、これでもまだ全力ではないでしょう。我々が死なない程度に制御しているのか、精密な制御まではできないか、いずれにしても、凄まじい力です!!」


 毛利だけがなんとか立ち上がることができたが、神崎は立つことさえできなかった。


 こんな状況で神崎は何をしようとしているのか、それとも、正気の沙汰ではなかったのだろうか?


「さ、流石に、これでは何もできないのでは? 今からでも電話すれば海なら………いや、流石にもう間に合わないか………無念………」


 毛利もこれにはお手上げの様子、神崎も指一本動かすことができない。


 身動き取れないとはまさにこのこと、毛利も急いで打開策を考える。


 容赦なく全力で走ってくるアルを見て、完全に読みが甘かったと悟る。


「私が、読み間違えたせいです。もし、神崎よりも先手を取って、海に電話しておけば、阻止することができた。申し訳ございません。氷川主将………」


 神崎はその言葉に笑っていう。


「はっはは………その氷川主将が御堂に主将を託し、御堂がこの俺に託した。なら、俺を信じろ!! 毛利!!」


 その言葉と主にアルがフリーのシュートを外した。


「なッ!!?」


 これは偶然か?


 アルがシュートを外すわけがない。


 身動きも取れない斎賀高校、そんな中で神崎は何をしたというのか?

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