第15話 上杉 海に支配された静寂の戦場と忍びの極意

 試合が始まってから、神崎がドリブルミスをした。


 無防備なバスケットボールが転がり、何故か、静止する。


 球体のボールは摩擦力が少なく、そう簡単に泊まる代物ではない。


 それは、ボールに『限った話』ではない。


 無防備なボールに誰も近寄らない。


 そう、『選手たち』も止まっているのだ。


 そんなバスケの話がここには存在しうるというのだろう。


「こ、これはどうしたのでしょうか? 試合が始まっているのに、誰もボールを取ろうとしません!! これが世界レベルのバスケなのでしょうか!!? 皆様!! どうか、この緊迫した時間をご堪能してますか!!? 私は、私は非常にむず痒い気分です!!」


 実況が息を飲んで話す中、状況の整理が追いついていない。


 無理もない。


 彼らは傍観者で選手ではないからだ。


 だが、観客の中にも有能な見識を持つものがいる。


 クリスタルバスケで度々登場したオタクと呼ばれる男がそれを把握していた。


「お、おい、オタク!! これはどういうことなんだ?」


 オタクは伝説のレジェンズが誰なのか、何が遭ったのか、皆が忘れた情報を網羅している。


 そして、この状況に関しても持っている情報の数で解明することができる。


「今どういう状況かって? 神崎くんや相手選手が『ボール』を『扱えてない』ということ、詰まり、一見無防備なボールを取りに行こうとすれば、ボールが再び自ら動くかもしれない。そこに隙が生まれた時、一瞬でゴールを明け渡すことになる。そんなところだね。」


 そう、選手たちが言う『あいつ』とは、『ボール』のことをである。


 その黒幕は『上杉 海』である。


 もし、上杉 海が惨忍な性格なら流水を使って敵の選手を攻撃していただろう。


 アルは考える。


(さて、ボールコントロールが無限の技量を持つ神崎でもドリブルミスをした訳だが、どう攻めるべきか………)


 選手が一切動かない。


 しかし、斎賀高校が攻撃をスタートしている。


 24秒は刻一刻と時を刻む。


 24秒間何もしなければ、斎賀高校のペナルティとなる。


 アルは再び考える。


(このまま時が過ぎれば、ボールは俺達のものになる。よし、このまま静観だな。)


 24秒が過ぎれば審判が笛を吹いて24秒のペナルティとなり、暗煌高校のスローインとなる。


 暗煌高校の誰しもが大喜びした。


 しかし、それは大きな勘違いでもある。


 アルがいざスローインをする時、このボールはちゃんとパスができるのだろうかと気付かされる。


 詰まり、パスミスになればドリブルミスよりもリカバリーが効かない。


 そう、このバスケは常に『保険』を掛けるバスケとなる。


「ある選手、パスをしました。しかし、非常に慎重なパスです!! まるで隙がありません!!」


 ボールを奪う隙も無ければ、奪い取ってもカバーされてしまう。


 信じられないほどに慎重なバスケを見せてくれる。


 しかし、攻めなければいつまで立っても得点を挙げることはできない。


「ピィーーーー!!」


 再び審判が増えを鳴らせば5秒のバイオレーションが取られる。


「く、くそ!!」


 上杉 海はアルたちに能力を先に使わせる。


 それが目的、アルはそう考えたが、上杉 海の目的はもっと他にあった。


「行け!! 武田 謙信!!」


 神崎がパスを出せば謙信が応える。


「御意!! この場は拙者が引き受ける!!」


 謙信は何も恐れずにドリブルを行い、敵を避けてゴールを奪い取る。


「き、決まった~~~!! 先取点は斎賀高校!! やはり、斎賀高校の先取点率は世界でも異常に高いです!!」


 続いて、アルたちが攻めるが、上杉 海の流水により、ドリブルミス、それを謙信が待っていたかのようにボールを奪い取って得点を決める。


 暗煌高校は手も足も出ない。


「なぜだ!! なぜ、斎賀高校にも流水を使える選手は居ないはず、なぜ………!!?」


 謙信がアルの疑問に答える。


「拙者は確かに流水の極意を知らぬ者、しかし、拙者の耳はお主の『心音』まで聞こえておる………」


 そう、武田 謙信は武田 拓哉の弟であり、兄譲りでずば抜けた聴覚を持っている。


 これにより、『心臓を支配』する力は兄の拓哉に匹敵する。


「貴様が呼吸をすれば、『心臓』は酸素を運ぶ、『心臓』が『気を抜け』ば拙者に『道を譲る』ことと知れ!! 最も、心の臓は拙者で乱れてはおらんかもしれんな………」


 謙信の言う通りで、アルは謙信にしぶとく付き纏う。


「貴様みたいなのが、このアル様に!!」


 アルは己に様を付ける俺様キャラであったようだ。


「そうよ! そうよ!! 私達のアル様が負けるわけないじゃない!!」


 観客のアルファンが姦しい。


「ふふ、拙者は忍び、兄は神速を極める者、スピードは兄に叶わぬが忍術は我の方が優れる。兄は風林火山のレジェンズならば、拙者は『色即是空のレジェンズ』であろう。時差ボケも覚めた。拙者の術に刮目せよ!!」


 謙信が二重三重の残像を残したと思えば、姿が消えた。


 アルが驚いて周囲を探れば謙信の姿はどこにも見えなかった。


「馬鹿な!! このアル様が雑魚を見失うだと!!」


 アルは前の試合で活躍してない武田 謙信や浅井 尚弥を軽視していた。


 どうやら、その認識を改めなければならない。


「忍びの極意は何人(なんぴと)にも悟られぬこと、兄は神速にて敵を欺く、我ら術を用いて任務を遂行する。詰まり、拙者こそが真の忍びである。」


 姿が見えたと思えば、謙信は得点を奪い取っていた。


 アルは驚いて空いた口が塞がっらない。


「謙信!! お前すげぇじゃねぇか!!」


 恭永が謙信の真価に驚くも絶賛して飛びついた。


 謙信は『ドロン』と煙を巻いて消えてしまえば、それを回避する。


「な、なんて生意気なやつだ!!」


 恭永が手のひらを返すようにして言う。


 謙信が現れればボールを奪い取っていた。


「戦場で隙を見せるとは、先輩としても関心できぬぞ………」


 その言葉に恭永は顔を赤くしてしまう。


「色即是空、色は即座に消え、無となる。故に、拙者も姿を消して無となる。公式からは『色のレジェンズ』と評されたが、無礼極まりない。まさか、兄を倒せるものが、この学校に居たとは思わなんだ。故に、斎賀高校は『上杉 芯』だけのチームではないことを知れ!!」


 暗煌高校に謙信が分身して、惑わしてくる。


 肝心の謙信は消えており、アルも翻弄されてしまう。


「同じく、斎賀高校に浅井 尚弥あり!! 暗煌高校もこれまでだ!! ………うっぷ、おえぇ~~~!!」


 浅井 尚弥は未だに時差ボケが覚めず、吐き気を催している様子、得点を謙信が奪えば、尚弥はロバートと交代、ロバートも名のりを挙げる。


「浅井 尚弥に変わって、アルテリア・ロバートがお相手しよう。よろしく。」


 暗煌高校が下から攻めれば見えない『上杉 海』の流水と姿を消した謙信からボールを奪われれば、上へパスしてもロバートがそれを許さない。


 斎賀高校はたちまち10点もリードしてしまう。


 共闘するロバートが謙信の思わに力に驚いていう。


「貴様ほどの選手が隠れていたとは、日本のお偉い様は無能だったと見えるな。」


 それに対して、謙信が謙遜する。


「拙者は不才の身、なれど斎賀高校には正義を感じた。遅れて参戦することを恥ずかしく思う。」


 それを聞いてロバートは笑う。


「俺が王ならお前を即座に用いたさ!! なんてね………斎賀高校は俺が勝たせる!!」


 二人の快進撃が止まらない。


 そう思った時、一人の男が動いた。


「何!!?」


 ロバートがダンクシュートを決めようとした時、ダンクシュートが失敗に終わった。


「ば、馬鹿な!!? 俺のダンクシュートが失敗しただと!!?」


 ゴールに直接打ち込むシュートが失敗することはない。


 誰かにボールカットでもされない限り、100%入るシュートと言えよう。


 しかし、ロバートは誰にも届かない天空の世界に君臨している。


 誰も彼を邪魔する者は存在しない。


 そして、ロバートには『目』が存在する。


「ば、馬鹿な!!? こ、この俺が、『     』の目を持つ俺が、ゴールを見失っただと!!?」


 審判が増えを吹けば、ロバートはトラベリングとなる。


 そう、暗煌高校との試合はまだ始まったばかりだ。

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