人喰らい
「ほうれ見ろ、お光!孤十郎!大手柄だ、大将首だぞう!わっはっはっは!これで当分は食うに困らぬ、腹いっぱい白飯を食わせてやるからな!」
この時の父の笑顔と空の色を、孤十郎はいつでも鮮明に思い出せた。
孤十郎の父、藤次郎はうだつの上がらぬ男であった。何をやらせても人並み以下で田畑に稲穂を実らせるのも物を仕入れて売り捌くのもまるで上手く行かず、親子三人で身を寄せ合って侘しく生きていくのがやっとの有様だった。そんな父でも母と子に向けた愛は本物であり、それだけで一家は幸せに生きていくことが出来た。
そんな日々がこの時を境に一変した。
村の寄り合いで出掛けていった落ち武者狩りで何のまぐれか、父がどこぞの領主を仕留めたのだ。よほど気が動転していたのか首も取らず具足も剥がさず、亡骸を荷車に乗せて家まで運んできた。母はその場で卒倒し、孤十郎はとにかく父が嬉しそうだったのを喜んだ。そして父の宣言通り孤十郎は白飯を腹いっぱい食べた。人生で一番幸せな一時だった。
次の日から父は働かなくなった。偶に落ち武者狩りに出ては小手柄を上げ、それ以外は寝て過ごすようになった。「なあに、また大将首を取ってくるさ」が口癖になった。そんな父を他の村人は疎み、一家は村八分になった。少しずつ 、少しずつ家は村の端に追いやられついには誰も寄り付かぬ山の麓に住むことになった。母は病に伏し恨み言一つ残さず死んだ。日に日に背中を丸め小さくなっていった父は、ある日出掛けて行って二度と戻らなかった。それ以来、孤十郎は山で落ち武者狩りをして一人で暮らしていた。父が孤十郎に遺したものは、それしかなかったのだ。
◇
ぎゅちっ、ぎゅちっ、ぎゅちっ、ぎゅちっ。
奇妙な水音混じりの異音と体の違和感と共に孤十郎は幸せな夢から目覚めた。
最初に目に入ったのは板張りの天井である。ああ、どこかの屋敷だと孤十郎はぼんやりと思った。屋根のある建物に上がったのはいつ以来だろうか。そして次に目に入ったのは自分に覆い被さり腰を振る脂ぎった男の顔であった。顔は紅潮し鼻息は荒く、下卑た喜びに満ちている。眼球だけを動かして辺りを見回すと、壁に掛けられた刀や槍、羽織などが目に入った。どうやらここは領主の城であるらしい。そういえばこの男は先程見た武士団の内の一人である。気付けば裸に剥かれており、自分の肛門に男の魔羅が忙しなく出入りしている。どうやら殺す前に部下の慰みとして使われているらしい。
「くひひっ」
肛門から伝わる快感をくすぐったく思いながら孤十郎はほくそ笑んだ。
ついている。またこの美しさのお陰で生き延びた。
孤十郎にとってこれは初めての事ではなかった。未熟な時分はこうして何度も捕らえられその度に死を覚悟したが、孤十郎を捕らえた男は皆こうせずにはいられなかった。そうして孤十郎は命を繋いできたのだ。
かか様、ありがとうございます。孤十郎は内心で母に感謝の祈りを捧げた。
「なんだぁ小僧。けつ掘られすぎて頭がおかしくなったのか」
「うぅうん、そんなこたぁないさ。けつも俺もまだまだ平気。その証に、ほぅら」
孤十郎は寝かされたまま頭の後ろに手をやり、ふぁさりと長い髪を床に広げてみせた。それから大きく足を広げて尻を少し上げ、具合が良くなるようにしてやった。
「おっ、おっおぉう、なんだぁお前すきものかぁ。そうならそうと早く言えよぉ」
その仕草に男は興奮し、より動きが加速する。今、孤十郎が置かれている状況は決して良くはない。時が過ぎるほど孤十郎の先行きは過酷になってゆく。ならばこの男一人に時間は掛けていられない。迅速に事を済ませるべく、腰をくねらせ尻穴を巧みに操り男に射精を促す。
「おっ、おっおっおっおぉうおぅおぅ!んんおおおおーぅ!」
絶頂に向けて声を上げながら蠢くその姿はおっとせいのようであった。
最後に一際大きな声を上げて孤十郎の腸内に男は射精する。
その刹那が狙い時である。
萎みかけた魔羅を逃さず、括約筋で一気に締め上げへし折る。
木を加工した自前の張型で鍛えた業前である。
「ぎぃっ!?」
男が苦痛に顔を歪めたその隙を逃さず、尻の筋肉と背筋を使って魔羅を梃子に体を跳ね上げる。そしてその勢いのまま男の首元に顔を寄せ――
ぞぶりと、喉仏を食い千切った。
「ぼびゅーっ、ぼびゅーっ、ぼびゅーっ」
男は何か言いたそうだったが、ただ首から息と大量の血液が吹き出るばかりであった。孤十郎はこの時のために日頃から木の根や動物の骨、果ては小砂利に至るまでを喰み、歯と顎を鍛え込んでいた。最初は頸動脈を噛み破ったのだが、暴れるわ叫ぶわで良くなかった。その点喉仏は良い。断末魔を封じられるというのは何より大きな利点だった。
尻から魔羅を引き抜き、孤十郎は何か使えるものはないかと室内を見渡した。まず何枚か掛けてあった羽織を手に取り、一枚は髪と体と尻穴を拭うのに使い、もう一枚は身に纏った。それから少し悩んで壁にあった脇差しを一本手に取った。自分が扱えそうなものはこれくらいだろうと。
さて、この部屋から出ればそこは即ち敵地であり孤十郎にとっての死地である。
忍んで出るか、駆けて出るか。
勝手知ったる土地ならばともかく、ここは作りも知れぬ城郭である。
孤十郎は後者を選んだ。
扉だけを静かに開け左右を見回し、後は足音高らかに駆け抜けた。
とたたたたたたと小気味よく音を立てる孤十郎の足音を聞きつけ、
どたどたどたどたと粗野に床を踏み鳴らし武士達が駆けつけてくる。
その足音の方を避けて走りながら、孤十郎は別の音に耳を澄ませた。
何事か、曲者ぞ、出会えぃ出会えぃ、例の小僧か、部屋にいた連中はどうした
ここで死んでおるぞ、決して逃がすな、殿にお知らせを、いいや知らせるな
城中に乱雑に響く武士達の声に、女の声が混じっているのを確かに聞いた。
その微かな声の方角に走り寄り、辿り着いた戸を開け放つ。
そこには、割烹着を着た女達が米びつやら包丁やらを抱えたまま突然の闖入者に驚き呆然としていた。
しめた。台所である。城の台所はそのまま外に繋がっている。
窓から差し込む陽の光に、孤十郎は希望の糸を見た。
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