(その4)
新吉が長屋にもどると、布団に寝たままの長次が上目使いにこちらを見た。
「いいのかい」
長次の横に腰をおろすと、
「ああ、だいぶいい。死ぬかと思ったよ」
喉に包帯を巻いた長次は、かすれた声で答えた。
「ここに何年いるね?」
新吉がたずねると、
「お前さんより半年長いだけだ。ここに人足寄場ができるとすぐにやって来た」
長次はそれがどうしたという顔をした。
長次はそうとうな悪事を働いたのをかくして、わざと軽い罪で捕まってここへ逃げ込んだという噂があった。
「ここを出るあてはあるんかい?」
「いや、ないね。死ぬまでここにいるつもりだ」
「そんなことができるのかね」
「ああ、できるさ。ここは懲役刑はない。引き取り手のない無宿者とか、更生の見込みのない根っからの悪党とかならいつまでもいれるさ。もっともその先は無理くり伝馬町に送りつけられるかもしれねえが・・・」
この中年男なら何でも知っているだろうと目当てをつけた新吉は、
「いやね、さっき篠塚さんに、そろそろここを出る潮時だが更生の見込みがねえからダメだといわれちまってね。その上、罪なんか犯してもいねえのに更生のしようがねえなんて啖呵を切っちまってさ」
と憤懣をぶっつけると、
「ふ~ん、新さんは罪もねえのにここに放り込まれたんかい」
と長次は首をひねった。
「まっとうなお前さんが冤罪だというのなら、それはそうだろうが・・・」
いつもは五人ほどで暮らす薄暗い人足部屋は、今は新吉と長次のふたりきりだった。
「それで、ここを出てどうするね」
長次は蛇のような小賢しそうな目を向けた。
そう聞かれても、まだそこまで考えのない新吉は返事のしようがなかった。
「奉行所に訴え出て冤罪を晴らすか。それとも、罪におとしいれたやつを炙り出して八つ裂きにするか」
長次は軽口を叩いた。
嘲笑われたような気がした新吉は、少しむっとした。
「何なら助けてもいいぜ。お前は俺の命の恩人だ」
急に改まった顔になった長次は、
「たしかに冤罪なら更生のしようもねえやね。・・・だが知恵ってえものがある。どうしてもここを出たければ、腹も立つだろうが、更生したふりをするのもひとつの手だぜ。何もかも真っ正直であることもねえ」
と、ひとくさり講釈を垂れた。
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