(その3)

「起こったことをそのまま申し上げます」

むろん、うかつなことはいえないが、いつまでも秘めごとをひとり胸の中に閉じ込めてもおけなかった。

・・・役人の中では長老のような篠塚同心なら話をまともに聞いてくれるかもしれないと思った新吉は、ためらいながらも語りはじめた。

「十三のときに上州の在から上野山下の反物問屋の和泉屋さんに奉公にあがりました。和泉屋の旦那さんの遠縁にあたる幼馴染の俊太がご奉公にあがるのに、うちのおふくろが俊太の親に無理に頼み込んだのです。望まれて奉公にあがったわけではなく、いわば俊太のおまけみたいなものです。無我夢中で働いて四年が過ぎたころ、お店に押し込み強盗が入りました」

話が伝わっているか不安になった新吉は、篠塚を盗み見た。

うなずいた篠塚は新吉にお茶をすすめ、じぶんも湯呑を口に運んだ。

「丑三つ刻ごろだったと思います。俊太も入れてわれわれ小僧三人と手代の仙吉さんは、いつものように二階の反物置き場の奥に布団を並べて寝ていました。下でガタガタと物音がしたので目が覚めて階段を降りると、先に起きた仙吉さんが階段の下で、灯りのついた奥座敷をうかがっていました。賊はふたりで、ひとりが主人を刃物でおどして金の在り処をたずねました。主人がためらうと、いきなり刃物で切りつけ、賊のひとりが奥座敷に入り込んで銭函を持ち出し、強盗は出て行きました。あっという間のできごとで。仙吉さんが、主人が中廊下で突っ伏して死んでいるのを確かめ、番屋に届けに行きました。その間はとても不安で、二月の寒さもあって震えが止まりませんでした。奥座敷では内儀とお嬢さんのお絹ちゃんが抱き合って震えていました。やがて自身番の番人がやってきたので、あっしは二階に引き上げました」

そこまで話すと、

「そのとき俊太とやらはどうしていたね」

篠塚同心がたずねた。

「俊太ですか?・・・ああ、二階で布団を引っかぶって震えていました」

「主人に銭の在り処をたずねておきながら殺して、すぐに銭函を盗み出したということか」

「・・・ええ、まあ、そうです」

「話の腰を折ってすまなかった。それでどうなった?」

「どうもこうも、奉行所の詮議がありました。あっしは、押し込み強盗の手引きをしたとして奉行所に引き立てられ、どこで強盗と知り合っていくらもらったとか、そればかりを聞かれて・・・」

「強盗と知り合いだったのかね」

「め、めっそうもねえ」

「奉行所だって当てがなければ、いきなりお前を引き立てないだろうよ」

「俊太は遠縁ですし、もうひとりの小僧と仙吉さんと通いの手代の吉太郎さんはお客さん筋の雇人で、何の縁もゆかりもないのはあっしひとりだけです。それに・・・」

新吉が言い淀むと、素知らぬ顔で湯呑に手を伸ばた篠塚は、新吉の口から次のことばが出るのを静かに待った。

「・・・奉行所が、あっしの行李から銭を見つけたんです。大した銭ではないですが、丁稚が持つような銭ではありません。それで、奉行所は、それは盗賊を手引きして手にした金だと決めつけたのです」

「その銭って、お前の金かね?」

新吉がうなずくと、

「どこで手に入れた?」

篠塚同心がたずねたが、新吉は両手で耳を押さえて首を振った。

聞くことも話すこともできないということだろう。

しばらく待ったが、それ以上は聞き出せそうもないと思った篠塚は、

「お前は冤罪だというが、どうしてその銭が手に入ったかをいわなければ、どうにも申し開きはできないではないか」

親が子にさとすような口ぶりでいった。

・・・たしかにそれはその通りだ。

そうは思う新吉だが、その先はどうしてもいえなかった。

・・・やってねえものはやってねえ!

一途な思いだけが、新吉の中でぐるぐると渦まいていた。

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